15:私の今後の平安のために!
まさか私が北の魔女のアンジェリックとは思っていないので、ヴィクトルはしばし考え込んだが、「そうだな。魔物はすぐに退治できる。その聖なる泉に案内してもらおう」と快諾した。
その後は、私に体が冷えていないか確認し、「大丈夫です」と答えると、すぐに家を出て行こうとした。だが昨晩作ったポタージュ・リエ、つまりは前世でいうところのコーンポタージュが残っている。とろみもあり、これを飲むと、体がとても温まるのだ。
雪解けの季節になったが、気温の上昇はまだ数日後。私が埋もれるぐらい、雪は残っている。そこでポタージュ・リエを飲むことをすすめ、ついでに黒パンしかないがと出すと、ヴィクトルは喜んで食べてくれた。
ヴィクトルは十七歳。前世で言うなら高校生だから、食べ盛りだと思う。しかもこの雪の中、魔物退治を一人でしていたのだ。お腹も空くと思う。
この世界では、ヴィクトルとは二歳しか年齢は違わない。私は今、十九歳で、同じ十代だ。それでも前世のアラサーの記憶がある。やはり見た目は立派な体躯をしているが、ヴィクトルもリュカ達と同じ、お子ちゃまとして見てしまう。
「あの、良かったらこのリンゴもお持ちください。蜜が詰まって、甘くてとても美味しいですよ」
「……いろいろありがとう、ソア。でもスープにパン、さらに御礼に渡すはずのリンゴまで、自分が貰っていいのだろうか?」
「! か、構わないですよ。アンジェリックさんは、もういいお歳ですから、そんな食べないんです。リンゴも二つあれば、十分です」
「そんなに高齢なのか……」とヴィクトルは呟きながら、でもリンゴもちゃんと受け取ってくれた。そして乗馬用グローブを手にはめ、自身の愛馬である青毛にまたがる。
「気を付けて!」
その姿を見送り、魔法の起動ポイントの近くにヴィクトルが近づくと……。
「Annulation」
魔法が起動しないよう、一時的に解除する。
ヴィクトルは、ヒロインの攻略対象であり、私を倒そうとしているメンバーの一人だ。でも私の身元はバレていない。何より、家からヴィクトルを遠ざけたいのだ。
こうして翌日。
私はヴィクトルを聖なる泉へ案内することになった。
◇
聖なる泉。
透明度が高く、そこに転がる丸石の姿が、くっきり見える。
周囲の木々が映りこみ、その周囲はアクアグリーンに見えていた。だが中央は空の色を映し、ターコイズブルーに見える。
黒の森の奥にあり、人は立ち入ることがない。
動物もあまり訪れることがない場所だ。
近寄ると、空気が変わったように感じる。
周囲の音が遠のくように思え、身が引き締まった。
背筋がピンと伸び、呼吸する度に、浄化されているように感じる。
泉が近づくにつれ、自分がこの世界と一体であると、実感していく――。
そんな場所だった。
「……ここは……、黒の森にこんな場所があったなんて……驚いたな」
ヴィクトルは昨日と同じ隊服姿で、馬を引きながら、立ち止まる。
馬もなんだか気持ちよさそうな表情をしていた。
「ここで鍛錬を積めば、きっと神聖力を発現させることができると思います。石の上にも三年と言いますが、グランデェ卿なら二年以内には発現できるでしょう」
「……ソアは預言者か?」
「いえ、勘です。でもこの勘、よく当たりますから」
この場所にヴィクトルを案内するにあたり、昨晩考えてみたのだ。
私はこの乙女ゲームの世界で、毎日周回するクエストの中ボス=魔女。周回するための存在だから、悪役令嬢のように断罪されて殺される……ことはないと思う。ただ敗北をすることにはなると思うのだ。
そうなった時。
誰と戦い、敗北するのが、一番痛くないのかを。
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完結のお知らせです。
日間ヒューマンドラマ文芸ランキング2位☆感涙(7/20)
『皇妃の夜伽の身代わりに
~亡国の王女は仇である皇帝の秘密を知る~』
異世界恋愛の話ですが、心の葛藤をしっかり描いたので
ヒューマンドラマです。
・中盤は怒涛の展開、終盤で全伏線の回収。
・きっちり断罪もあり、ハッピーエンド!
16話の公爵令嬢あたりから真骨頂になっていきます。
ぜひぜひ読んでみてください~
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何卒よろしくお願いいたします!