14:家の近くではウロウロして欲しくない!
「アンジェリックさんは、黒の森を守っているだけです。みんな、この森の木を無計画に伐採し、獣の毛皮や肉を求め、狩りを行います。でもそれではこの森は壊れてしまう。動物は死に絶えてしまいます。アンジェリックさんはそれが分かるから、注意していただけなのです。でもアンジェリックさんは魔法を使えるから……悪い魔女だって噂が立っただけだと思います……」
ヴィクトルはいつも通りの表情を変えない顔で、私をじっと見る。
吸い込まれそうな程、透明感のある瞳。
サラリとアイスブルーの前髪が揺れる。
「君はアンジェリックについて詳しいのだな。彼女に会ったことがあるのか?」
ドキッ!としながらも、コクリと頷く。
「と、時々、ポーションを分けてもらうのです。今日は、御礼でリンゴを渡しに来ました」
そういえば、箒とリンゴを入れた籠は……。
「ああ、なるほど。リンゴと小さな箒が入った籠が、君と一緒に雪に埋もれていた。それはほら、そこに」
ソファの前のローテーブルに、籠が見える。ちゃんとハンカチも元通りにかけてくれていた。
「ありがとうございます。雪に埋もれた私を助け、ここまで連れてきてくれたのですね」
「そう言うことだ。……しかし、勝手に入ったとバレると、怒られそうだな」
「! だ、大丈夫だと思います。私も何度か、アンジェリックさんが留守の時にお邪魔して、リンゴとか、アプリコットとか、ベリーとか、いろいろ置いて帰ったことがあるので」
ヴィクトルは「なるほど」と家の中の様子を見て、頷き、視線を私に戻す。
「ところで君、名前は?」
な、名前!?
突然問われ、とても困る。
私の名前は北の魔女のアンジェリック……。
「ソアです。ソアと言います」
ソルシエールの「ソ」と、アンジェリックの「ア」を組み合わせ、ソア!
「ソアか。初めて聞く名だ。自分はヴィクトル・グランデェ。王立騎士団の上級指揮官の一人だ」
「王立騎士団の上級指揮官……」
初めてこの森に来た時は、まだ王立騎士団の騎士の一人に過ぎなかったのに。この約四年の間に、随分と昇進したのね。
でも今、ヴィクトルは十七歳。だが十九歳の彼は、王立聖騎士団の団長になっている。神聖力が発現すれば、その強さはすぐに認められ、異例の十代での聖騎士団の団長就任になるのだけど……。
「騎士団の上級指揮官ってすごいですよね? 騎士団の中には、十人しか上級指揮官がいないって聞いたことがあります。でも……グランデェ卿はさっき、神聖力があると言われていましたよね? どうして聖騎士団ではないのですか?」
ヴィクトルの新雪のような肌が、羞恥でほんのりピンク色に染まる。
「……神聖力を発現させることができていないから、聖騎士として認めるわけにはいかないと言われている。この身体に神聖力を宿していても、使えなければただの騎士とは変わらないと言われ……」
「聖域で鍛錬を積めば、神聖力が発現されると、聞いたことがあります。この森の中にも、聖なる泉と呼ばれる場所があり、そこは聖域です。……えっと、聖域だろうと、アンジェリックさんに聞きました。そこで鍛錬されてみては?」
「……聖域で鍛錬……。だが自分には役目があり、この森の魔物を倒すよう、言われている」
リュカの指示ね。
でも今のヴィクトルの実力なら、魔物退治はすぐに終わるだろう。一方、霧とゴーストで足止めを食らうリュカ達は、夕方まで毎日のように大騒ぎになっている。十分、鍛錬を積む時間があるはずだ。
それに。
聖なる泉は、この家から離れた場所にある。
最近、ヴィクトルが家から徒歩圏内の場所に出没し、ヒヤヒヤしていた。できれば家の近くではウロウロして欲しくない。何せ彼らは私を倒したいと思っているのだから。
その観点からも、ヴィクトルにはぜひ聖域で鍛錬をしてもらいたいと思った。
「グランデェ卿、明日、ご案内します、聖なる泉に。少し拝見したところ、卿はとてもお強いです。魔物の退治はすぐに終わると思います。退治を終え、時間になるまで、聖域で鍛錬をされるといいと思うのですが」