12:この季節の周回は休んだら?
冬が終わり、春が始まろうとしている。
雪解けが始まり、トウヒの木にこんもり積もっていた雪も、滑り落ちるように落下していく。
冬の間、ツタは枯れていた。だが霧とゴーストと雪で、リュカ達を撃退できている。この森の一帯は、冬になると雪がこんもり積もる。そこで剣を手にしたリュカが大暴れすれば、木に積もった雪が、勝手にドサッと落ちてきてくれた。
リュカは何度も雪を頭から被り、雪だるまになっている。
さらに霧とゴーストに加え、一面が銀世界だと道に迷う。私と戦うまでもなく、迷子になり、必死に帰還することしばし。魔法で作っておいた雪の落とし穴にも、おかしいぐらい落ちてくれる。
もう冬の周回は休んだら?と思うが、頑張っている。
そんな中、ヴィクトルだけは、雪に愛されているようで。
ドサッと木から落ちてくる雪に巻き込まれることもなく。作っておいた雪の落とし穴に、落ちることもない。逆に雪を利用し、魔物を追いつめている。
例えば槍の先ぐらい鋭利になったつららに、見事矢を命中させ、その下を通った魔物の背に落とす――なんて神技もやってのけていた。その時のキリッとした横顔。氷河のように冴え冴えした瞳は一点に向けられている。冬の陽射しは、彼のアイスブルーのサラサラの髪を煌めかせていた。
そんな神技を今日も披露するヴィクトルのことを、離れた場所から眺めていた。
もう数日すると、気温が一気に春に変わる。そうなれば、今はまだ残っているこの辺りの雪も、あっという間に解けてなくなる。そうなると、あのつららを使った神技も見られなくなるのね。
そんなことを考えながら、牧歌的にヴィクトルのことを眺めているのかと言うと。
そうではない。
正直、リュカ達は放っておいても、雪の罠に勝手にハマってくれる。
だがヴィクトルは……。
雪の中でも馬をうまく操り、森の奥へと入って来る。
最近は、私が家から徒歩で向かうことがある河の辺りまで、足を運ぶようになっていた。
無論、家の周囲には魔法をかけてある。そう簡単には通過できないようにしていた。それでも自分の喉元に鋭い剣が近づいていると思うと、落ち着かない。
もしあの木を超えて、こちら側にくることがあれば。
魔法を発動させ、強制的にあの場から退去させるつもりでいた。
本当は箒に乗りたかった。
だがヴィクトルは目もいいし、この距離では気づかれてしまう。それこそ矢を向けられたら、私はいい的になるだろう。
仕方ないので箒は魔法でサイズを小さくして、籠にリンゴと一緒に入れていた。そして今、徒歩でヴィクトルの様子を確認している。これは万一にもヴィクトルに見つかった時、言い訳できるようにと考えた結果だ。
つまり。
森に住むおばあさんにリンゴを届けに来た、というわけ。おばあさん=北の魔女のアンジェリックと思わせるつもりだ。
なにせこれまで一度も、周回する彼らの前に、私は姿を見せたことがない。それでいてまさに百戦錬磨で彼らを苦しめている。相当強い魔法使い=ベテラン=老婆のイメージができあがっていることは、想像に難くない。そこを利用し、もしもの時に身バレしないように考えた結果が、このリンゴが入った籠だった。
ちなみにいつものラベンダー色のドレスは、ツイード生地に変え、厚手になっている。ディープロイヤルパープルのローブも、ウールで襟元にはふわふわの毛もついていた。
「おいっ、北の魔女のアンジェリック、今日こそお前を倒してやる! 姿を現せ!」
思いがけず近くでリュカの声が聞こえ、驚いてそちらを振り返ってしまった。
だが振り向いたそちらは、私の魔法による霧で、白くもやって何も見えない。道に迷ったリュカ達が、家の近くまで来てしまったのかしら。それは困るわ。
でもこんな時のために、家から森の外へ向け、吹雪を吹かせる魔法をかけていた。家の近くに来ようものなら、この魔法が発動し、リュカ達は吹雪の足止めを食うはず。
するとまさにリュカとジャックの「もう春が近いというのに、なんなんだ、この吹雪は!」という怒りの声が聞こえてきた。
これで大丈夫ね、と前を見た時。
私の目の前には、トウヒの巨木が迫っている。
リュカ達に気を取られながらも、ゆっくりと歩いていた。
なぜ、立ち止まらなかったのだろう……と思うが、もう遅い。
ぶつかると思った時には、木の幹にぶつかり、そしてその瞬間。
ドサッと木から雪が落ちてきた。