IT DO RUM
IT DO RUM
北部のプランテーションではニンゲンストライクが盛んだった。
ヒワコはニンゲンストライク農場で働かされていた。農場の横にはニンゲンストライク、そして草刈りをしている男がいた。
今日、農場でハンバーグの話を聞いた。遠くで、ある一家が不審に続く自殺を起こしたという。そして誰もいなくなっただ。その一家心中は食中毒と見られ、食べていたのはいずれもハンバーグだという。残された部分には毒も何も検出されなかった。
プランテーションで唯一の楽しみはペタンクだけだった。北部のプランテーションではニンゲンストライクが盛んだった。ヒワコのように雀の涙の賃金で働かされ、それも誤魔化されるのは常だった。
やっと辛い仕事が終わり、常滑に帰る頃、ヒワコはよく浦島太郎の浦で一休みした。一張羅のコーンセーターは汗を吸い込んで臭かった。
この浦は史跡で古代のタイムマシンの波を残しゴメも近付かない。
常滑に帰ると鰻の寝床の街角がどこまでも続いている。間口が狭く奥が長いこの街は街行く人々も疎らだった。
ヒワコにはプスロという母親がいた。プランテーションから逃げ出して会っていない。
ヒワコは振り向いた。
ターンってどこかで雷の音がした。雨が近いのだろうか。
雨が降り出す前に帰ろうとしてもなぜか足が上がらなかった。間もなく、地面が薄暗くなり雨のカムフラージュが始まった。銀の綿だ。
涼しい風が吹き抜ける。ヒワコの上の空が、竜巻のように渦巻いたかと思うと落ちてきた。
風に巻き込まれヒワコは一瞬目を閉じた。
目の前には男が立っていた。周りは知らない景色だ。
「君は時を越えたんだ」なぜか男は舌打ちをした。
「僕はセブン。時間旅行に、さ、出かけようってわけだ」
セブンにヒワコは聞いた。
ここはどこなのか、時を越えたら自由になれるのか。
「考えてもみてくれ」セブンはヒワコの目の前でヒワコの顔を指差した。
「タイムマシンはテセウスの船だ。タイムマシンで歴史が塗り替えられた世界でも地球といえるのか。そういう大きな問題を抱えてるんだ」
セブンはここが過去なのか現在のどこかなのか未来なのかも言わなかった。
「色々こまるんだ、色々と」セブンは呟いた。
「お手伝いはするよ。君はここでは赤ん坊以下だ。いつでも戻れるようにここ南部の生活を覚えてもらう。大方、プランテーションから来たんだろう」
「私、もうプランテーションに戻りたくない」
「まずはブリストン夫妻に紹介する」
セブンが連れて来た所は気持ちのいい清潔感のある家で、中ではブリストン夫妻が待っていた。
ミセスはヒワコを風呂に連れて行き、セブンはミスターと何か話していた。
ヒワコは初めて熱いお湯に浸かった。ミセスは、出ると清潔感のある服を手渡し、ダイニングで待っていてくれと言った。ヒワコはコーンセーターをその上から被り、タオルドライをしながら風呂場を出た。
ミスターとミセスがヒワコの着ていた服を洗濯にかけながら顔を見合わせた。
「これ、全部垢か」
ヒワコの浸かっていた湯は黄色い。
「ここはシンクロニシティー」と食事の席でミスターは言った。
「君たちの間では啓発の南部と言われてるかな?」
ヒワコは食べるのに集中して聞いていなかった。
「そんなに急いで食べても誰も取りませんよ」
ヒワコはセーターに落ちたカラメルを舐めて、笑った。
「あの竜巻は?」食後のお茶をいただきながらヒワコは聞いた。
「それはハンドレッドマイルズクラブから話があるだろう」ミスターは身を延ばしてラジオをつけた。
「ハンドレッドマイルズクラブ?」
「君をここまで連れて来たセブンのことだ」
ラジオからはフライデイトークトークナイトがやっていた。
「全くひどい話だ」ミスターは鼻で歎息を点いた。ミセスは聞かないようにしているみたいだ。
あのハンバーグの話だった。
翌日、セブンからその話を聞いて謎が解けた。
「保有者になれ」
セブンの話ではハンバーグを食べても引きつけを起こさないようにするんだ、ということだった。それがプランテーション出身じゃないという印になると。
「考えてもみてくれ。君にはここが未来だか過去なのかという話はしないよ。そんなことしたら君は歴史を変えるだろう。だから言わない。君は一生目を終えた、そう考えていてくれ」
「一つだけ教えて。私のお母さんを知らない?」
「どんな名前?」
「プスロ」
セブンはしばらく考えていた。
「竜巻では来てないようだが」
「そう」
「考えてもみてくれ。君がこの時代の肉を代替肉に替えたらどうなる。失業者が溢れる。もしもここが過去ならね、未来でももう代替肉は使われていないことになってるかも知れない」
「あなたの言いたいことは分かる」
「多元的なんだ。この世界はね、君が思っているより」
ヒワコはハンバーグを食べた。中は生焼けなのかと思ったがそうではなかった。
「それだけでいい」セブンが途中で止めた。四分の三が残された。
それでヒワコはシンクロニシティーに放された。
急に腹が痛くなり、鰻の寝床を探した。街を見て回る余裕もなくヒワコは不思議な白い物質でできた街の中を駆けぬけた。
うんこはなかなか出なかった。野糞をするのは特に気にならなかったがシンクロニシティーではどうなのだろうと気にしていたからだ。
出たのは血糞だった。あの毒入りのハンバーグを食べたせいだ。
「ひどいもんだぜ、食中りだ」後で街の清掃員が見つけて一種の絶望を感じるのをヒワコは知らなかった。
ブリストン夫妻の元へ帰るとセブンがいた。
「伝言だ。人の悪口言うと口が腐るよ」
それはプスロの口癖だった。
「今はダマコと名前を替えている。言えなくてごめん」
母親は罪悪感が取れる前から喜んでいたのだ。
「私、プランテーションに帰るわ」
セブンはヒワコを外へ連れ出した。
「いいじゃないか。ニンゲンストライクをやってペタンクをやって逞しく生きるんだ」
ヒワコはこめかみを揉んだ。
「私、ニンゲンストライクくらいしかできないし」
「草刈りの練習をしていたらいいじゃないか」
あっ、とヒワコは思った。プランテーションで草刈りをしていた人を思い出したからだ。
「時を越えた人って何人いるの?」
セブンは笑って答えなかった。その口には金の破片、歯並びがあるのにヒワコは初めて気が付いた。
「これが我がハンドレッドマイルズクラブの旅客券だ。君に預けとくよ。プランテーションに戻りたかったら、或いはここへ戻りたかったら使いな。また会えるかも知れないな」
青い旅客券をセブンはヒワコに渡した。
ヒワコは竜巻を待つ間にニンゲンストライクに来た。自分で金を払って入るのは初めてのことだった。
10人のピンがレーンの奥に並んでいる。ヒワコもその内の一人だった。
「一投目」ヒワコは走り出した。
レーンを駆けぬけると一気に並んでいる男たちに突っ込んでいった。
「すもう」のように次々、男たちを倒していく。自分が組み伏せられるまで。
「二投目」また席に戻ってまたレーンを駆けぬけた。一度目に倒れたピンの人たちは奥の暗闇に吸い取られていく。
ヒワコは泣きながら闘っていた。
違う、私は、時間から逃げたいのだ。
「三投目」最後のピンが残っていた。ヒワコは向かっていった。
鰻の寝床を歩いていくと銀の綿が垂れ込めてきた。玉手箱のように煙が落ちてきた。
「会わせて」
時は私たちを抱きしめてあまりある。
鰻の寝床を風が吹き抜ける。
袖が広がって。