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ロングハウスにフライは住んでいた。
カナセは学校でクラーク博士の話を「よく聞いていた」。
「人をおとなしくさせたければ、悲しむ人がいれば、その人の3倍悲しみ、怒る人がいれば、その人の3倍怒ればいいのだという」
授業が終わっても先生に挨拶は欠かさなかった。
学校を出る頃はいつも上機嫌だった。
二人で駅のホームで育てた野良猫。
「そろそろ名前付けてあげないとかわいそうじゃないかな?」
「僕らが飼ってるわけじゃないんだから、その方がかわいそうだよ」
猫は気高い生き物だ。人間は傅かなければならない。
電車が来る度、人々の噂が聞こえてくる。
「BAC・・」
「フライはどう思う? あの事件」
フライは持って来た餌を食べている猫の背中を遠慮がちに撫でている。
「お前はティーチャーズチルドレンじゃないか」
「何それ、ティーチャーズって」
「先生の話をよく聞くってことだ」
「そんなの当たり前じゃない」
食べ終えた猫はまだ口をクチャクチャやって立ち上がったフライを見ていた。
何の前触れもなしに猫は身を翻し、ホームの下に走っていってしまった。
見ているとその陰で顔を洗っているようだ。
カナセはフライを見ていた。小さい子はみんな斜視だというが、それも先生から聞いた、フライはとりわけ斜視だった。
「デラウェアなんじゃないかな?」カナセは冗談を言った。
「Darling Dearだよ。DDだ」
カナセは寒くて顔が赤くなっている。「右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい」とクラーク博士が言っていた。
「どう? その頃の人生は」
カナセの言葉にフライは驚いたように振り返った。
「日本に帰ろう」
ロングハウスに帰ろうとするフライをカナセは砂場で呼び止めた。
「何だいそれ」
「タイムマシンは日進月歩で進んでるのよ」
カナセは拳銃型のタイムマシンをフライに向けて、タイムトリガーを引いた。
フライの姿は時の彼方に消えた。
カナセも自分のこめかみにタイムトリガーを当て引いた。
砂場に、タイムトリガーだけが猫のように残された。
「あらゆる可能性を・・」
BAC殺人事件のラジオは消えていた。
カナセはまたタイムマシンを組み立てていた。
フライとカナセはまだ出会っていなかった。
あなたの横から私の坂まで時間稼ぎの風が吹き抜けていく。