8 迷子の迷子の小鳥さん
巨大な大樹からは、これまた大きな枝が生えていました。街の大通りぐらいの太さと大きさですので、多くの鳥や子供たちが行きかっています。
枝の先には、花葉のように、たくさんの楽器が実っています。
歓声を上げる子供たちに向かて、橙花ちゃんが説明をします。
「ここのエリアは、一層ドレミだよ。みんなにとって、なじみ深い楽器が育っているんだ」
トリドリツリーは、四層に分かれています。
一掃ドレミ、二層ファソ、三層ラシド。
それから、魔王がいる最終層です。
「上のフロアに行くためには、それぞれのフロアを守る三羽烏を倒さなくちゃいけないんだ」
劉生君は若干怯えながら、橙花ちゃんに尋ねます。
「えっと、その三羽烏ってどこにいるの?」
「それはボクにも分からないんだ。だから、しばらく探索しないとね」
「探索!」「探索ですか」
リンちゃんと吉人君の目がきらきら輝きます。
「情報収集って重要だもんね! なら、あたしはあっち行くわ!」
「敵を知るのはうんたらかんたらですものね! 僕は向こうへ」
「二人とも。ストップ。そこで止まって。動かないで」
三度目ともなると、橙花ちゃんも冷静に対処します。
「ここのフロアを守る三羽烏はけんかっ早い鳥だから、下手に単独行動をしては危ないよ。いい?」
「「はーい」」
「よし」
橙花ちゃんは満足げに頷きます。
「それじゃあ、劉生君に咲音ちゃんとみつる君。まずはあっちの方にいこ……って、いない!?」
なんと、三人の姿がどこにもなかったのです。
「ちょ!? リューリュー!! リューリュー!」
「どこいったの!? まさか誘拐!?」
リンちゃんはおろおろとあたりを探し回ります。けれど、近くには三人の姿がありません。
「リューリュ、ミッツン、サッちゃん……! みんな!」
橙花ちゃんは唇をかみしめます。
「ボクがもっと注意してたら、みんながいなくなることもなかったのに……」
怒りのあまり、橙花ちゃんの頭の角が眩く輝きます。
リンちゃんは慌て、橙花ちゃんは輝き、二重の意味で見てられない状況です。ですので、唯一冷静な吉人君が必死に宥めます。
「蒼さん、道ノ崎さん、落ち着いてください。焦っていては何も生みませんよ」
「……うん」
橙花ちゃんはまだ心配そうでしたが、角の光は落ち着いてくれました。一方のリンちゃんはまだまだ落ち込んでしまっています。
「あたしがテンション上がって、リューリューのこと見てなかったせいでこんなことに……」
「とにかく、僕ら三人でまとまって探しにいきましょう」
「……うん」
リンちゃんは不安そうにうなずきました。
リンちゃんたち三人は劉生雲たちのことを探し始めます。一体、劉生君たちはどこにいのだろうか、もしかして鳥の魔物にいじわるされているのかと、不安な気持ちを抱いています。
一方、探されている側の劉生君たちはというと……。
「わあ! みてみてこれ! ハトの形してる笛だよ!」
「わたくしのも見てください! 大きい貝の笛ですよ!」
盛り上がっていました。
「ね、ねえ、二人とも」みつる君は体を縮こませてキョロキョロします。
「みんなとはぐれちゃったみたいだけど……」
劉生君はニコニコ笑います。
「またまたあ、みつる君ったら。リンちゃんたちならそこにいる……って、いない!?」
橙花ちゃんと全く同じ反応をして、リンちゃんと同じようにパニックになりました。みんなは鳥の魔物にやられてしまったのだと主張する劉生君ですが、みつる君は消えるような声でこう答えました。
「……多分、違うと思うよ……」
ここで、皆様になぜ劉生君たちがはぐれてしまったのかをお伝えしましょう。
きっかけは、些細な事でした。
鳥も音楽も大好きな咲音ちゃんは、少しでもこの光景を思い出の中に収めようと周りを見渡し、鳥のさえずりに耳を傾けていました。
劉生君も咲音ちゃんと一緒に鳥たちを眺め、時折鳥の名前を教えてもらっていました。
「あの鳥さん、足が黄色くて可愛いね。カモさんの子供かな?」
「ふふ、違いますよ。ムクドリさんです」
「へえ。動物園にいるのかな?」
「劉生さんの近くにもいますよ」
「そうなの!? 気づかなかった」
「今度、一緒に探しに行きましょう」
「うん!」
なんてことをお喋りしながら、二人はてこてこ歩いていました。
このときはまだ、リンちゃんや吉人君、橙花ちゃんの側を離れていませんでした、あたりの風景を眺める程度だったのです。
そんなとき、みつる君が興味深そうにある鳥を見つめていました。
「……あの鳥……。ねえ、咲音っち。あの鳥ってなんて名前だっけ?」
「ガンさんです! カモさんの仲間ですよ」
劉生君はまじまじと観察してみました。
言われてみれば、カモのような見た目をしていますが、カモよりは大きいようですし、首がすらっと伸びていて美人さんです。
ガンは、鍵盤ハーモニカを抱えて、クリスマスの定番ソングを演奏していました。羽がまるで人の指のように器用に動いています。
劉生君と咲音ちゃんは感嘆していましたが、みつる君は二人とは少し反応が違いました。
「ガン、かあ……。今の日本じゃ食べるの禁止されてるんだよなあ……」
みつる君の目が、きらりと光りました。その眼からは、いい意味で称すると、強い好奇心と憧れ、そして料理人精神が見え隠れしていました。
悪い意味で称すると、調理したい欲であふれていました。
咲音ちゃんは慌ててみつる君の前に立ちふさがります。
「駄目ですっ! 罪のないガンさんをいじめてはいけません!」
「うーん、けどさ、これが最後のチャンスかもしれないし」
みつる君はずいっと咲音ちゃんの横を通り過ぎようとします。咲音ちゃん、今度はぷりぷり怒りながらもう一度前に立ちふさがります。
「駄目ったら駄目です! そもそも、あの子は魔物さんですよ! 魔物さんを食べたらおなか痛くしますよ!」
「そうだよなあ。本物じゃないんだもんねえ」
考え込むように腕を組みます。これでみつる君の蛮行も止められるかとほっとする咲音ちゃんでしたが……。
「逆に魔物ってどんな味か食べてみたいよね!」
みつる君はより一層ワクワクした様子で顔をあげました。
「だ、駄目!!」「ちょっとだけでも」「ちょっとでも駄目ですって!」
みつる君が一歩進むたびに、咲音ちゃんが前に立ちふさがり、もう一歩みつる君が進むと、またまた咲音ちゃんが邪魔をする、なんて流れが続くこと、複数回。
気づくと、命の危険を察知したガンは飛びだっていました。それに気づいたみつる君は「あー、せっかくのチャンスが!」と嘆き、咲音ちゃんは「やりました! 魔物さんの未来をすくいました!」と喜びました。
ひとまず喧嘩(?)が終わり、安心した劉生君は、にこやかに「よかったね!」と答えます。
それから、元気が出た咲音ちゃんは、仕切り直しとばかりに、鳥さんや楽器のことを劉生君に教え始め、ようやく周りが見えるようになったみつる君は、自分たちが迷子になってしまったことに気づき、青ざめたのでした。
回想が終わりましたので、現在の劉生君視点に戻りましょう。
「どうしようどうしよう。そうだ、探しに行かないと!……そうだ!」
劉生君は、ミラクルランドにいればどこにいても見ることができる時計塔に着眼しました。
「お父さんがいってたよ!時計の針の向きで、方角が分かるって!それさえ分かれば……」
時計塔は、相変わらず三時のまま、固まっています。
「ダメじゃん!使えない!」
「そもそも、方角がわかっても、地図がないと無意味じゃない……?」
みつる君、そっと突っ込んでから、落ち込む劉生君をなだめます。
「多分、蒼っちたちも探してくれてると思うから、俺たちは動かない方がいいよ。そしたら、見つけてくれるよ」
迷子センターがあればそこに行けばいいですが、トリドリツリーにはそんなものはありませんので、ひとまずは動かず、橙花ちゃんたちが探しに来るのを待った方がよい。そうみつる君が説得すると、劉生君は不安そうにしながらも頷きます。
「うん、分かった。動かないでおく。……早く見つけてくれないかなあ」
「……ごめん。俺が鳥に夢中だったから、こんなことになって」
「ううん。みつる君は悪くないよ」
「でも、はしゃぎすぎたよ……」
落ち込むみつる君に、咲音ちゃんは頑張って励まします。
「みつるさん! せっかく鳥さんや楽器がたくさんあるのに、暗い顔ばかりしてはいけませんよ! そうだ、少し待っててくださいね!」
咲音ちゃんは小走りで枝の先に行くと、カスタネットを摘み取ってみました。
「はい! わたくし、歌います!」
カスタネットを叩きながら、みんながよく知る、明るい歌を歌います。
音程もバッチリ、リズムもバッチリです。
「僕も歌う!」
劉生君も咲音ちゃんの歌声に合わせて唄います。
「ほら、みつる君も!」
「あはは。うん」
みつる君も低い声で歌います。
劉生君とみつる君は音程も合っていませんし、リズムも合っていません。けれど、二人ともすごく楽しそうです。
歌い終わるころには、みつる君も笑顔になっていました。
「咲音っちの歌は上手だよね」
劉生君もうんうんと頷きます。
また歌いたいな、咲音ちゃんにお願いしよっかなと思っていた劉生君でしたが、声をかけようとしたとき、劉生雲のすそがぐいっと引っ張られました。