5 魔王トトリってどんな子なの?
しばらくすると、橙花ちゃんが帰ってきました。「賑やかだね」とニコニコしています。
「雲を作ってきたよ。どうかな?」
キングサイズのベッドの雲が、橙花ちゃんの横で悠々と浮かんでいます。
「わーい! ふわふわ!」「ふわふわ!」
劉生君とリンちゃんは助走をつけて雲に飛び込みます。 二人が飛び込んでも、雲は優しく包み込んでくれます。
「あー、いいわね。気持ちい」「僕、なんだか眠くなっちゃった。ふわあ。ぐーぐーすやすや」
「こら、本当に寝ちゃダメでしょ」
劉生君の頬をつまむと、彼は眠い目をこすって大あくびをします。冗談ではなく、本気で眠いようです。
「さすが赤野っちだね……。俺なんて、すごく緊張してるのに」
経験の違いかなあ、とぼやくみつる君に、橙花ちゃんは小さく首を横に振ります
「いや、ボクだって緊張してるから、経験は関係ないよ。こんなこといったら元もこうもないけど、性格の違いの方が大きいかな」
「……ああ、そうだね」
みつる君は納得しました。
さっそく外に出ると、劉生君たち六人は雲に乗り、ふわりと宙に浮かびます。友之助君やみおちゃんたちは雲のすぐ下でお見送りです。
「それじゃあな、蒼」「元気でね、蒼おねえちゃん!」
「うん、みんなも元気でいてね」
「もちろん!」「うん!」
「喧嘩はしちゃダメだよ」
「しないしない」「みおもしない!
「勝手にムラの外に出ないようにね」
「いやそんなことしないって」
「知らない人に声かけられても付いていっちゃだめだからね。不審な動物がいたら大声をあげて逃げるんだよ。時計塔の近くなら魔物も寄ってこないから、そこまで全力で走るんだよ
。それから魔法の使い過ぎは禁物だよ。自分の限界をちゃんと理解して、節度を守って魔法を楽しんでね。それと」
「ええい、お母さんか!」
友之助君、ついつい叫びます。
「そりゃ、俺たちは頼りないかもしれないけどな、んなことしねえよ! ……信じてくれないかもしれないけどさ」
「ち、違う! 違うんだ友之助君! 君のことは信頼してるよ! こう、みおちゃんのことがあったから、変に心配しちゃっただけだなんだ……」
みおちゃんはキョトンとして、首を傾げます。
「……みおのこと? みおのことってなに?」
「あー、みおは気にしなくていい。ともかくだ。俺らのことは心配するな。お前の帰りを待ってるからさ」
橙花ちゃんや劉生君たちを安心させようと、友之助君はニコッと笑います。
彼の優しさと思いやりに触れて、橙花ちゃんも優しく微笑みます。
「……うん。それじゃあ、お願いね。みおちゃんも、友之助君の言うことをちゃんと聞くんだよ」
「ぜんしょするー!」「おい」
みんなは手を振って劉生君たちをお見送りしてくれます。劉生君たちもぶんぶん手を振って答えます。
「ばいばいー!」「またねー!」
友之助君やみおちゃん、他のムラの子達の姿が豆粒になるまで、みんなは手を振り続けました。彼らの姿が見なくなると、劉生君は雲の上に寝っ転がって、嬉しそうに微笑みます。
「友之助君ってかっこいいよね! お兄ちゃんみたい! 僕、友之助君の弟になりたいな」
橙花ちゃんはうんうんと頷きます。
「友之助君かっこいいよね。ボクも友之助君の弟になりたいな」
残酷なまでに素直な橙花ちゃんに、吉人君はそっと耳打ちしました。
「……蒼さん、そのことを友之助君に言ってはいけませんよ。おそらく悲しむでしょうから」
「え? そうなの? ……そっか。友之助君も、ボクを弟になんてしたくないよね……」
「悪い意味ではなく、いい意味で弟にしたくないんですよ」
「……いい意味……?」
橙花ちゃんは戸惑ったように首をかしげます。ここで鈍感道を突き進む橙花ちゃんに、分かりやすく説明してあげてもいいとは思いますが、ちょっぴり意地悪な吉人君は教えてあげませんでした。
「それはともかく、トリドリツリーの魔王について教えてください。知ることが重要ですもんね」
「……まあ、うん。分かったよ」
釈然としない様子の橙花ちゃんですが、気を取り直して、魔王について話し始めました。
「前に言った通り、トリドリツリーにいるのは、クジャクの姿をした魔王、トトリだよ。魔王の中で一番魔法が得意なんだ。魔王に捕まった子は記憶をいじられてしまうことが多いけど、記憶を改造する術を生み出したのも彼女なんだ」
「へえ、そうなんだ」
てっきり、魔王なら誰でも記憶をいじる術が使えると思っていました。どうやら魔王トトリが編み出して、他の魔王に伝えたようです。
「彼女?」みつる君は不思議そうに首をかしげます。「魔王トトリって女の子なの?」
「そう。年も一番若いよ。……だからかは知らないけど、他の魔王と比べるとやる気のむらがすごいんだ」
橙花ちゃんは苦笑いします。
「何回かあそこを攻めたことがあるけど、ボクと戦うのは彼女の手下ばっかりで、彼女自身は戦おうとしないんだ。たまにボクの前に出てきても、『めんどくさい』『子供を助けたいなら勝手にして』って言って何もしてこないんだ」
「すごいわね、あの性悪リオンと大違い!」
魔王リオンを思い出してか、リンちゃんは唇を尖らせてムッとします。橙花ちゃんはついつい笑って頷きます。
「そうだね。あの二体は性格も正反対だね。だからか、あの二体はすごい仲悪いんだ。マーマル王国上空の大気が乱れているのも、魔王トトリが勝手に入ってこないようにするためだし、トリドリツリーに行くために空を飛ばなくちゃいけないのも、魔王リオンが来ないようにするためだしね」
そういえば、と劉生君は思い出します。魔王リオンに見せられた過去の世界でも、魔王リオンと魔王トトリは口論していましたし、リオンも『城の周りに風を吹かしてやる』と怒っていました。
橙花ちゃんの言葉と照らし合わせてみても、あの過去の世界は間違ったことを映し出していないようです。
「……」
ならば、魔王ギョエイの側で泣いていたあの女の子も、魔王リオンと魔王トトリの喧嘩を仲裁していたあの子も、正真正銘、橙花ちゃんなのでしょう。
鹿の角が生える前は、橙花ちゃんも他の魔王と仲良くしていたのです。
今は、全然仲良くありませんし、むしろとんでもなく仲が悪くなってしまっています。
どうして喧嘩しちゃったのでしょうか。やっぱり、魔王が子供を誘拐しはじめたからでしょうか。
うーんうーんと悩む劉生君。そんな彼をリンちゃんはちらっと覗き見ていましたが、劉生君は考えこんでいて気づきませんでした。