2 レッツティーチング! みつる君とお喋りお喋り!
リンちゃんたち二人が一安心している間に、劉生君はみつる君と咲音ちゃんの教室についていました。
扉からひょっこり覗いてみると、みつる君が後ろの席でぼんやりとしていました。誰かと話しているわけでも、本を読んだり宿題しているわけでもりません。
何しているんだろうなあ、と首をかしげながら、劉生君は大声で呼びました。
「みつるくーん! おーい!!」
みつる君はびくりと肩を上げると、劉生君の方を振り返ります。彼の姿を見ると、みつる君はバタバタとこちらに来てくれました。
「赤野っち。どうしたの?」
「ミラクルランドについて話し合いしようと思ったんだ!咲音ちゃんはいないの?」
「掃除当番だから、教室にはいないよ」
「そっかー……。ねえねえ、みつる君。どうかしたの?」
「……え? なにが?」
「なんかみつる君、ピリピリしてるよ」
まるで魔物が潜む草原に佇んでいるような雰囲気です。そう指摘すると、みつる君は気まずそうに視線を泳がせます。
「あー……。なんでもないよ。赤野っちの気のせいじゃない?」
「そうなのかなあ」
誤魔化しているようにも思えましたが、それを尋ねる前にリンちゃんと吉人君が追いついてきました。
「リューリューったら、ミラクルランドのことになると突っ走るわね」
「『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の次に熱心ですよね」
二人はくすくすと笑います。劉生君はむうっと頬を膨らませます。
「だって……。ミラクルランドのみんなを助けたいし。それに、眠り病の子も助けたいし……」
「……へ? 眠り病?」
みつる君はぽかんとします。
「眠り病って、あの?」
リンちゃんは元気よく頷きます。
「そうそう、あの眠り病よ」
眠り病とは、去年の二月から発生している恐ろしい奇病です。原因は不明、感染経路も不明、発病者の地域もバラバラでしたが、唯一分かっているところは、子供ばかりが病にかかっていることでした。
だがしかし、劉生君たちはある重要な共通点に気が付きました。
眠り病にかかってしまう子は、ミラクルランドで魔神の呪いにかかってしまっていることです。
「眠り病にかかる子はね、ミラクルランドで呪いにかかってる子だってことよ! その呪いをかけてるのが、魔神ってこと! ちなみに、蒼ちゃんから魔神のことを聞いてる?」
「魔王の親玉……。なんだよね。あっ、どんな姿をしてるかは教えてもらってないな。何かの動物なの?」
みつる君の問いかけに、リンちゃんはぴたりと固まります。しばらく考え込むと、救いを求めるように劉生君を見ます。
「……なんだっけ?」
「……」
劉生君も固まり、考え込み、救いを求めるように吉人君を見ます。
「……なんだっけ」
「……」
吉人君は固まり、少し考え込み、満面の笑みでみつる君を見ます。
「なんでしたっけ」
「……」
みつる君は心の中で、咲音ちゃんに救いを求めました。残念ながら咲音ちゃんは真面目に掃除をしていたので、助けにはきてくれませんでしたが……。
悪戯(嫌がらせ?)が成功してご満悦な吉人君は、まじめに返事をしてくれました。
「魔神の正体は橙花ちゃんもムラの子も知らないようですよ。分かっているのは、魔王の親玉で、眠りの呪いを子供にかけるってことだけです」
「謎のボスってことなんだね……。それで、どうやって眠り病の子たちを助けるの?」
「至極簡単です。魔王を倒せばいいんです」
リンちゃんも大きくうなずきます。
「全部の魔王を倒せば、眠り病にかかった子たちも助けられるわよ!だから、頑張ってるってこと」
「……そうなんだ、それじゃあ、俺たちは責任重大ってことだね」
「ほんとね! だから燃えるってもんよ!」「ものよ!」
リンちゃんと劉生君がノリノリではしゃぎます。吉人君も口には出しませんが、自信満々に頷いています。
一方のみつる君は少し気おくれしているようです。
それはそうでしょう。普通の学生生活をしていて、子供たちを救うなんて宿命を負うなんてありえませんから。
「……えっと、大人に相談しなくてもいいのかな? そうしたらもっといい案が思いつくかもしれないし……」
「……それはどうですかね」
吉人君は表情を曇らせます。
「そもそもミラクルランドのことを大人が分かってくれると思えないんですよね」
「エレベーターに乗ったら誰でもいけるんだから、信じてくれるんじゃないのかな」
「あ、言い忘れてました。あの世界は子供しかいけないようなんです。ですので、大人はミラクルランドにはいけませんよ」
「それだったら、……そうだね。大人は信じないよね」
子供の可愛い空想だと一蹴されるならまだしも、気でも病んでいると心配されたら、たまったものではありません。
「……わかった。ちょっと怖いけど、俺、頑張ってみるよ。あの世界の子たちを助けるためにもね……」
「うん。そうだね。咲音っちには俺から伝えておくね」
ちょうどそのとき、チャイムがなりました。するとリンちゃんは「あっ!」と叫んで手を叩きます。
「そうだった! 今日の黒板当番あたしだ! ヨッシーもだよね!? 消し忘れてる!」
「あー、そういえばそうでしたね」
「先にクラス戻ってるわね!」
二人はクラスへ駆け出していった。劉生君ものんびりと後を追いかけようと、みつる君に「また放課後!」と声をかけました。
「……うん、そうだね。もう授業始まるからね……」
「? どうしたの、みつる君」
みつる君は嫌そうにしています。もしかして、次の授業はテストでしょうか。劉生君が尋ねると、みつる君は小さく首を横に振ります。
「ううん、違うよ。……クラスでレクリエーションするんだ」
「そうなの! 楽しそうだね!」
「……」
みつる君は無言でうつむいてしまいました。
「……あんまり楽しくないの?」
劉生君が小声で問うと、みつる君は小さく頷きます。
「……もしかして、いじめられたり……?」「それはないよ、それは」
慌てて否定します。
「ただ、ちょっと、……居辛いだけで……。ごめんね、変な心配させて。それじゃあ、また放課後ね」
「……」
黒板当番ではないとはいえ、チャイムが鳴りましたので、早くクラスに戻らなくてはなりません。そうしないと担任の先生に「おやあ、遅かったですねえ。それじゃあ、最初の問題は赤野君に解いてもらいましょう」なんて言われるかもしれません。
それでも、劉生君はその場を動きません。
「……赤野っち、どうかしたの?」
「……あともう少しでクラス替えだよね」
「え? うん。今は12月だから、あと三か月くらい?」
「だったらさ、僕、神様にお祈りしとくね。今度はみつる君と一緒のクラスになれますようにって! そうしたらさ、給食を一緒に食べれるでしょ? 体育の授業だってペア組めるでしょ? それに、授業の合間にお喋りもできるよ!」
「……けど、道ノ崎っちや鐘沢っちたちとの方が、赤野っちも嬉しいんじゃないの」
思わずそんなことを口に出してしまい、みつる君はすぐに後悔しました。
劉生君とはごくごく最近友達になったばかりです。そんな自分が、リンちゃんや吉人君と肩を並べられるわけがありません。
そんなこと、頭では理解していました。それでも、劉生君の言葉に嬉しくなって、ついつい分かり切った質問をしてしまったのです。
「ごめん、変なこと聞いちゃった。何でもないよ」
無理に否定されても、肯定されても、傷つくのは自分です。みつる君は慌てて弁明しましたが、その前に、劉生君は口を開きます。
「そんなことないよ!」
劉生君はにっこり笑います。
「リンちゃんも大好きだし、吉人君も大好きだし、みつる君も大好き! 咲音ちゃんも大好き! 橙花ちゃんも大好き! だからね、みんなと一緒のクラスになりたいんだ!」
劉生君はむうっと頬を膨らませます。
「橙花ちゃんもこっちの学校に転校してくれないかなあ……。そうしたら一緒にバレーボールできるのに」
「……蒼っちは、俺たちと同じ年じゃないから、厳しいんじゃないかな」
「駄目なのかなあ。何とかならないかな。こう、飛び級の逆な感じでさ!」
「飛び級の逆は留年じゃない……?」
「じゃあそれ! 橙花ちゃんには留年してほしい! そうしたら同じクラスになれる!」
「……ふふっ、無茶苦茶だね」
みつる君は噴き出します。
「……?」
劉生君はキョトンとしました。別に受けを狙っての発言ではなかったので、ちょっぴり困惑しました。
けれども、どんより暗い顔をしているよりも、笑顔のみつる君の方が何千倍もいい表情をしています。劉生君は嬉しくなりました。
「それじゃ、ミラクルランドに行ったら、橙花ちゃんに聞いてみよっか! 留年できそう? ってさ!」
なんて話をしていると、冷たい女性の声がふってきました。
「何の話をしているかは分からないけどね、赤野君」
劉生君たちの体育の先生、かつ、みつる君の担任の先生が、ぎろりと睨んでいました。
「今は早くクラスに戻った方がいいんじゃないの?」
「あっ!!」
劉生君は青ざめます。チャイムがなってから大分時間が経っていますので、明らかに遅刻です。
「ごめん、みつる君! ばいばい!」
劉生君はダッシュします。
「こら! 赤野君! 廊下は走った駄目でしょ!」
劉生君は早歩きになります。
頑張って早歩きしていましたが、所詮、早歩きです。教室に戻れたのも遅くなってしまいましたし、先生には「おや赤野君。遅かったですね。では、この問題を解いてください」と言われていまいました……。