1 恥ずかしい! 劉生君、渾身のミス!
キンコンカンコン、と鐘がなりました。中休みの時間です。子供たちはわいわいがやがやとお喋りしながら、我先にと校庭や体育館、図書館や中庭へ遊びに行きました。
しかし、彼、赤野劉生君は違いました。
「……うー……」
劉生君は机に突っ伏しています。
あまり休み時間が好きではない子なのでしょうか? いいえ、違います。彼だっていつもなら他の子と同様にはしゃいで遊びに行きますが、どうやら今日は違うようです。見るからにこの少年は落ち込んでいます。
そんな彼にそっと近づいてくる女の子と男の子がいました。活発な女の子道ノ崎リンちゃんと、優等生な男の子鐘沢吉人君です。
「……リューリュー、気にしすぎちゃ駄目よ」「そうですよ、赤野君。誰でもある失敗です」
二人とも気を使ってくれています。
一体何があったのか。それを知るためには、少しだけ時間を戻してみましょう。
そう、それは国語の授業中でした。
先生は黒板にチョークで「呪文をとなえる」と書きました。「となえる」の部分を赤字で線を引いてから、生徒たちに問いかけます。
「それでは『となえる』の漢字を答えてもらいましょうか。それでは、赤野劉生君。前に出てきてください」
「っ! はい!」
劉生君は緊張しながら前に出て、チョークで漢字を書きました。書き終えて先生の顔をみると、なんとも微妙そうな表情を浮かべていました。
「あー……。これは違うね」
「えっ!」
『となえる』は、漢字で『唱える』と書くのが正解ですが、劉生君が書いたのは口の字を三つ書いた不思議な文字でした。
「二本ほど足りないな」
先生がついつい笑ってしまうと、他の子も笑ってしまいました。別に蔑みをこめたものではなく、先生の言い回しが面白くて笑っただけですが、劉生君は自分の失敗を笑われてしまったと思いました。
前に出ることすら苦手なのに、こんなに笑われたらたまったものじゃありません。劉生君の顔はゆでダコのように赤くなりました。
早く自分の席に戻りたかったので、劉生君は急いで教卓から離れました。ですが、急いでいたからでしょう。誰かの手提げ袋に引っかかって、すっころんでしまいました。
その転び方がこれまた芸術的な転び方だったのです。足は真っすぐ宙を向き、体はプロペラのようにくるりと回転しました。
金メダル級のすっころびに、教室は爆笑の渦に包まれ、劉生君は耳から何まで真っ赤っ赤になってしまいました。
そういうわけで、劉生君は落ち込んでいるのです。
「ほら、リューリュー。気晴らしにお散歩しよ?」
「……」
劉生君、小さく首を横に振ります。
「……そ、そうだ! 今日はミラクルランドに行く日だし、ミッツンとサッちゃんと話し合いにいこうか」
「それがいいですよ。まだ説明しきれていないこともありますし」
読者の皆様に説明する必要もないでしょうが、一応解説しておきましょう。
ミラクルランドとは、ずばり、異世界です。
ただの楽しいだけの異世界ではありません。魔王に支配され、子供たちが苦しい目にあっている、波瀾万丈な異世界なのです。
劉生君たちは学校が終わった放課後に異世界へ行き、魔王退治に励んでいます。
給料が出るわけでもなく賞状がもらえるわけでもありませんが、異世界ミラクルランドを救うため、劉生君たちは頑張っているのです。
この前も、劉生君とリンちゃん吉人君、他クラスの鳥谷咲音ちゃんと林みつる君と一緒に、お菓子の国マーマル王国の魔王を倒したところです。
絶好調な五人ですが、実はみつる君と咲音ちゃんはまだミラクルランドに一回しか来ていない初心者です。
ミラクルランドの子供達のリーダー的存在、蒼井橙花ちゃんから基礎的なことは教わっていましたが、まだまだ伝えておかなければならない事がたくさんあります。
別に今ではなくても、公園のエレベーター(こちらも、説明しなくてよいと思いますが、念のため解説です。劉生君たちは公園にある古びたエレベーターから異世界ミラクルランドに向かうことができるのです)に行く途中で伝えればよいのかもしれません。
ですが、劉生君の気を紛らわせるために、みつる君咲音ちゃんに教えにいこうと二人は提案しました。
すると、劉生君の表情がパッと明るくなります。
「ミラクルランド! そうだ! 今日行くんだもんね!」
一気にテンションが上がります。
「それじゃあさっそくみつる君たちに会いに行こう! 先行ってるね!」
上がったテンションのまま、劉生君はダッシュして行ってしまいました。
残された吉人君は目をぱちくりさせます。
「なんというか……。切り替え早いですね」
「あれがリューリューのいいところよ」
リンちゃんはほっとしたように息をついて、吉人君にウインクしました。