8 お邪魔します! 時計塔のムラ!
蒼ちゃんからいろいろと教えてもらっているうちに、雲が地面に到着しました。
吉人君は周りの風景をみて、意外そうに呟きます。
「ここは現実世界とそう変わらないのですね」
木々に囲まれた原っぱにはタンポポや小さな青い花、桃色の細長い花が咲いています。色とりどりのテントが散らばって設置されていましたので、三人はまるでキャンプ場のようだと感じました。
蒼ちゃんもうんうんと頷きます。
「そうだね。時計塔の周りは君たちの世界とそう変わらないよ。
なんて話をしているときでした。テントの中から誰かがひょっこり顔を出しました。
劉生君たちよりも小さい女の子です。彼女は怪訝そうに覗いていましたが、蒼ちゃんをみるなりパッと表情を明るくさせました。
「あ! 蒼ちゃん! 蒼ちゃん!!!」
彼女はテントから駆けだすと、蒼ちゃんに抱き着きました。
「蒼ちゃん、蒼ちゃん! よかった、よかったよ!」
「よしよし。大丈夫大丈夫。ちゃんと戻ってきたから」
蒼ちゃんは優しく笑って、泣き出してしまった少女の頭を撫でてあげます。
他のテントの入り口も次々と開き始めました。みんな不思議そうにこちらを見て、蒼ちゃんを見つけると慌てて出てきました。
「蒼! 無事だったのか」
「よかった、魔物にさらわれちゃったときにはどうしようかと思ったよ!」
「全く、寝込みを襲うなんて、ひどい奴らだよな!」
二十人くらいの子供たちがわらわらと蒼ちゃんの周りを囲みます。
蒼ちゃんの無事を祝う子供たちでしたが、ふと、一人の子が劉生君たちの方を見ました。
「それで、その子たちは誰?」
三人は元気よく挨拶します。
「はじめまして。あたしは道ノ崎リン!」
「僕は鐘沢吉人と言います」
「赤野劉生です!」
子供たちは口々に挨拶を返してくれました。
「はじめまして! 新入りさん? 蒼ちゃんが助けてあげたの?」
「いや、違うよ」
蒼ちゃんはニコニコして答えます。
「ボクが助けたんじゃない。助けてもらったんだ。この三人にね」
「えっ! そうなの!」
「すごい!」
羨望の眼差しが三人に向けられましたが、吉人君は慌てて首を振ります。
「いえ、違いますよ。彼女を助けたのは僕たちではありません」
「そうそう! あたしたちじゃなくて、リューリューなんだから」
「ええ!?」
劉生君は目を白黒させます。
「そ、そんな、僕は全然、何にもしてないよ! あれもたまたまで……っ! ほ、ほら、きっとリンちゃんと吉人君のおかげでもあるって!」
劉生君は必死に色々と言っています。それが『自分よりも友達の方を褒めてほしい』一心であることくらい、リンちゃんも吉人君も見抜いています。
普段は『全く、仕方ないんだから』『赤野君のそういうところはもったいないところですよ』と流すところです。
しかし、どう考えても劉生君のおかげでみんなが助かったというのに、ここまで謙遜されるとさすがに嫌味なものです。二人もそう思ったのでしょう。ちょっとムカッと来てしまいました。
そうとなれば、嫌がらせ大作戦のはじまりです。リンちゃんと吉人君はニヤリと笑い合うと、あからさまに声を張り上げました。
「いいえ! 違うのです! あたしたちは、彼のおかげで助かったのよ!」
「さかのぼること数十分前、僕たちは突如異世界に飛ばされてしまいました」
「そこで出会ったのが巨大なオオカミです! その口は大きく、子供なんか丸のみにできるくらいあります!」
「さらにさらに足にはこれまた鋭い大きな牙! あれで引き裂かれたらひとたまりもありません。この大きな時計台だってすぐに切り刻んでしまうでしょう!」
二人の誇大表現に気づいているのは蒼ちゃんと劉生君の二人だけです。劉生君は「……そんなに大きかったっけ? 大きさは普通の犬のサイズだったような……?」と呟いていますが、他の子は本気にしてしまって怯えています。怖がりの子なんかちょっと涙目ぎみです。
彼らの熱弁はまだまだ続きます。吉人君は切々と訴えかけます。
「僕たちは駆け出しました。後ろには巨大なオオカミ。目の前には知らない道。どこに行ってもいいか分かりません。ですが逃げなくてはオオカミに食べられてしまうでしょう。無我夢中で逃げ回りました。しかし、そのときです。なんとこの僕、木の根っこに足をひっかけてすってんころりん! 倒れてしまいました」
「せまるオオカミ! よだれをだらだらとたらして、今にも彼に襲い掛かろうとしています」
「そのときです。一人の勇者が幻の剣『ドラゴンソード』を引き抜いたのです!」
「彼はたった一振りで凶悪なオオカミを倒しました。そして、あたしたちにこう言ったのです。『怪我はなかったかい? 君たち。大丈夫。僕が全部終わらせたからね』と!」
「そして、オオカミに捕らえられていた彼女を救い出したのです!」
「そんな気高き勇者が、今あなたたちの目の前に!」
「そう! その彼こそ!」
「白く赤く輝く『ドラゴンソード』を持ちしヒーロー!」
「「赤野劉生君です!!!!」」
「わー!!!」
「すごい!!!」
「かっちょいいい!!!」
「お兄ちゃんすごい人なんだ!!」
子供たちは大歓声を上げてヒーローを見つめます。
一方、ヒーローと称された彼は、足がすくんでしましました。
「そ、そ、それは言い過ぎだよ二人とも! あ、あと僕そんなかっこいいこといってな」
「さあ! 清く気高きヒーロー、赤野劉生を称えなさい!」
「彼こそ、この世界を救うヒーローなのです!」
二人は劉生君の声をかき消すくらい大声で言います。
子供たちの熱狂はすさまじく、「握手してください!」「ヒーローかっこいい!」といって子どもたちが劉生君の周りに集まってきます。
一方、世界を救うヒーローと称されてしまった彼は、涙目で二人に叫びました。
「ひどいよ二人ともおおおおおお!!!」
子供たちに揉まれる劉生君と、ほくそえみハイタッチをするリンちゃんと吉人君。盛り上がりに盛り上がっています。
ですので、「ボク時計台の方に行っているね」なんて声も当然届いていません。
「……仲良きことは、美しき。……かな?」
蒼ちゃんは首を傾げながら時計台の方に歩いていきました。