40 大切な親友に、ほんのちょっとの隠し事
「……ュー、リューリュー!!」
リンちゃんの声に、劉生君はわずかに体を動かします。
「ん……」
どうやら現実世界に戻ってきたことです。夢見心地でぼんやりと目覚めますが、あるものを見てすぐに覚醒しました。
「な、なにこれ!?」
瓦礫が散乱しているのはまだ分かります。そっちに驚いたのではありません。なんと、劉生君の周りには真っ赤な光でできた木のようなものが生えているのです。
「リューリュー! 大丈夫なの!?」
遠く上の方でリンちゃんが心配そうにのぞき込んでいます。
「大丈夫だけど、なにこれ!?」
赤い木は触っても手が痛くなるわけではありませんし、棘みたいなのがついているわけでもないようです。
それどころか、劉生君が落ちないように枝葉が伸びているようにも感じました。
ひとまず、今の時点での危険はないようです。ホッと安心した劉生君は、「っ、そうだ!」と叫んで木から体を乗り出します。
「橙花ちゃん! 橙花ちゃん!」
「……だい、じょうぶだよ、劉生君」
橙花ちゃんは腕をさすりながら、劉生君を見上げます。
「それにしても劉生君。一体この力はなんだい?」
橙花ちゃんは困惑したように木々を見ます。劉生君と同じように、橙花ちゃんも赤い木のおかげで地面に叩きつけられずに済みました。
「君にここまでの力が残ってたんだね……」
「え? 僕は何もしてないよ」
「へ? けど、この力は君の……」
そんなことを言っているうちに、突然、木が光を失って消えてしまいました。
「「……え?」」
橙花ちゃんは地面すれすれの場所にいましたので、そこまで影響はありませんでした。一方の劉生君は、それなりにじめんから離れた場所で木に受け止められていました。
ですので、劉生君は真っ逆さまに落ちていき、思いっきり背中を打ちました。
「うぎゃあ! あぐ! いぎゃい!」
「劉生君!?」
「うええん、痛いよお、うええん」
劉生君はぎゃんぎゃん泣いてしまいました。
「それはそうだよね! 結構上から落ちたもんね!」
橙花ちゃんがオロオロしていたら、上のマシュマロからリンちゃんたちが降りてきました。なぜかカエルに乗っています。
「リューリュー!!! 大丈夫!」
リンちゃんがすぐに劉生君に駈け寄ります。みおちゃんもカエルをもとの折り紙に戻して、劉生君の方に行きます。
「泣き虫おにいちゃん! 怪我無い?」
「ひっく……。分かんない……」
目立った痛みはありませんが、全身が痛いです。
吉人君は心配そうに劉生君を見つめてから、みおちゃんに「何か劉生君が回復しそうなものを折れますか?」と訊ねました。
「いいけど……。リンおねえちゃんのぴょんぴょんカエル崩しちゃってもいい?」
「うん、もちろん! また折り方教えて頂戴」
どうやら先ほどのカエルは、リンちゃんがみおちゃんに教えてもらって作ったぴょんぴょんカエルのようです。
みおちゃんは折り紙を元の正方形に戻して、クッキーを折りました。劉生君が受け取ると、わずかに傷が癒えました。劉生君はほっとして、みおちゃんに礼を言います
「それにいても、あの赤いのは一体なんですかね……?」咲音ちゃんは首を傾げます。
「植物のことはあまり詳しくはありませんが、あのようなものは見たことありませんよ。もしかしてミラクルランドの植物ですか?」
「……いや、違うよ。……あれは……」
橙花ちゃんはちらっと劉生君の方を見ます。
「? どうかしたの?」「……なんでもないよ」
橙花ちゃんは微笑みます。
その笑顔は、過去の彼女よりも作り物じみていました。
あれから、劉生君たちは橙花ちゃんにゲートを作ってもらい、現実世界に帰ってきました。
日もだいぶ短くなり、空はオレンジ色に染まっていますし、「うさぎおひし」も流れています。
流れる黒い雲を見上げて、みつる君は呟きます。
「もうこんな時間かあ。ミラクルランドはずっと青空だったから、時間間隔分からなくなるよねえ」
吉人君も頷きます。
「ええ。そうですね。あっちの世界も朝焼けや夕焼けがあれば風情もあるのでしょうが、ありませんし」
「え? そうなの?」
「おや。蒼さんから聞いていなかったんですか」
「そうだよね、咲音っち?」
咲音ちゃんもキョトンとして首をたてに振ります。
「ええ。あそこは奇跡が起こる世界で、みつるさんとわたくしが持ってきた大切なものが力になってくれるとしか教えていただいておりません」
「そうですか。では、色々と追加で伝えなくてはいけませんね」
吉人君はリンちゃんへ意味深に目くばせします。
「そうね。けど、また明日にしましょ。ほら、リューリューの門限に遅れちゃうから」
「うっ、ごめんね、みんな」
「いいのよいいのよ」
一旦ここでお開きになりました。劉生君とリンちゃんは他の子に別れをつげ、帰路につきます。
リンちゃんは大きく伸びをして、晴れ晴れとした笑みを浮かべます。
「あー! 終わった終わった。ギリギリだったわね! あのリオンってやつはホント性格悪かったわねー。魔王ギョエイが優しいってのが納得できちゃうもん」
そこからリンちゃんは魔王リオンがいかに陰湿で傲慢かを語り出しました。気のすむとこまで話し終えると、「リューリューもそう思うよね!」と同意を求めてきます。
けれども、劉生君はあいまいに返事をするだけでした。
「……どうかしたの? 体調悪い?」
「あっ、ううん。そうじゃないよ。……魔王リオンって、本当に悪いだけの人なのかなって思ってさ」
「そりゃそうよ」リンちゃんは考えるのも嫌そうにします。「あんな小さい子を人質にとったような奴なんだし」
「……そうだね」
リンちゃんの発言は正しいことくらい、劉生君にも分かります。
けれども、同時に劉生君の頭に浮かぶのは、角の生えていない橙花ちゃんと楽しそうにおしゃべりしていたリオンの姿でした。
「……ねえ、リューリュー。もしかしてさ、……あたしに何か隠し事してる?」
「え!? いや、そんなことっ、そんなことないよっ!」
「隠し事してるわね」
一生懸命否定したのに、速攻でバレてしまいました。リンちゃんはジト目で劉生君を見ます。
「話してみなさいよ」「えー、えっと……。あっ! もう家までついちゃったな!」「え、あ、ちょっと!」
劉生君は逃げるように「じゃあね!」といって、家の中に逃げました。