38 劉生君たちの誤算! 魔王リオンの最後の切り札!
「や、やった……!」
劉生君は歓喜の叫びをあげます
「やった! 倒した! 倒したよ!」
リンちゃんも吉人君も、嬉しそうに喜びます。
「よくやったわねリューリュー!!」「さすが赤野君!」
きゃっきゃと抱き合う三人の横で、みつる君は安心したようにしゃがみこみます。
「よかった……。一時はどうなることかと思ったよ……」
「お疲れ様です、みつるさん」
咲音ちゃんはいつもよりも嬉しそうに微笑みます。橙花ちゃんもほっとして、みおちゃんの頭を優しくなでます
「ありがとう、みおちゃん。君のおかげだよ」
魔王が油断していた彼女が頑張ってくれたからこそ、あの危機的な状況で勝利を収めることができたのです。
みおちゃんも誇らしげに胸を張ります。
「えへへ、みおはね、すごいんだもんね! 友之助おにいちゃんよりもすごいもん!」
橙花ちゃんはハッと息をのみます。
「友之助? みおちゃん、友之助君のことを思い出したの?」
驚く橙花ちゃんに、橙花ちゃんは目をぱちくりします。
「うん……。あれ? みお、どうして友之助おにいちゃんのこと忘れてたんだろ? あれれ?」
「……そっか」橙花ちゃんは安堵のため息をつきます。「魔王の術が解けたんだね」
「魔王の術?」
「みおちゃんは気にしなくてもいいよ。……一緒にムラに戻ろうね。友之助君が待ってるから」
「うん!」
二人はぎゅっと抱きしめあいます。橙花ちゃんなんてうっすら目が潤んでいます。それくらいみおちゃんのことをずっと心配していたのでしょう。
はた目からみているだけだった劉生君も、ついつい笑顔になりました。
劉生君たちは自分たちの勝利を喜び、安心しきっていました。そのせいでしょう。地面に伏した魔王が顔をあげて魔力を集めていたことに気づきませんでした。
『……ふ、ふははははっ!』
今にも消えてしまいそうな魔王は、狂ったように吠えました。
『このオレサマがっ! こんな子供風情に負けるだとっ! ありえないありえない。そんなこと認めるわけにはいかないっ!!』
咄嗟に橙花ちゃんは魔王の前に躍り出て、みんなを背にして守ります。
「どう喚いても現実は変わらない。魔王リオン。お前は負けたんだ。素直に消えてもらおう」
「そうだそうだ!」リンちゃんが猛烈な勢いで同意します。
「あたしたちを甘く見てたからこうなるのよ!」
『黙れ』
魔王はよろよろと立ち上がります。
『こうなったら奥の手だ。本当は、時計塔ノ君が本領を発揮した時に使おうと思っていたが、ここで消えるくらいなら使ってやろう!』
渾身の力を込めて、魔王は叫びます。
『<コレステロール>!!』
「うわあ!」「きゃあ!」
魔王が今まで使ってきた<コレステロール>とは桁違いの火力です。
橙花ちゃんはみんなを近くに集め、杖をふります。
「時よ、<トマレ>!!」
劉生君たちに燃え広がろうとしていた火をなんとか食い止めました。しかし炎は彼らの周りの者を焼き尽くし、溶かしていきます。
さて、ここで皆さまに前提条件の確認をいたしましょう
彼らが今いる場所は、ありとあらゆる食べ物があふれる国、マーマル王国のお城、マーマル城です。
マーマル城はお菓子でできています。右にあるのは洋菓子の塔、左側にあるのは和菓子の塔。
そして、劉生君たちがいるここはアイスの塔です。
いくら奇跡の国ミラクルランドでも、熱を加えればアイスは溶けてしまいます。
つまり……。
「蒼さん! 大変です!!」
吉人君は顔を真っ青にさせます。「城が、溶けてます!!」
橙花ちゃんがその事実に気付くと同時に、劉生君たちの足場が崩れました。
「ぎゃあああ!!!」「お、落ちる―!!!」
視界のはしで、魔王が狡猾に目を細め、赤い光となって消えていくのが見えました。魔王は無事倒せたようですが、そんなことに意識を向ける余裕はありません。
捕まる場所もなく、逃げる場所もなく、劉生君たちはどんどん下に下に落下していっています。
「うえええん! 落ちちゃう! 落ちちゃうよ!!」
劉生君は絶叫し、みつる君は焦りに焦ります。
「これどうすればいいの!? もう駄目!? 念仏唱えるしかない!?」
「そうだわ!」リンちゃんはみおちゃんの方を見ます。
「あのペガサス出せない!? そうすれば落ちずに済むわ!」
しかし、みおちゃんはふるふると首を横に振ります。
「ごめんね、みお、あのお馬さんの折り紙使っちゃったの! 手裏剣作るのに折り紙足りなかったから、もうないの」
「二つとも!?」
「……うん」
「万策尽きたわ!」
リンちゃんはやけになって叫びます。ちなみに咲音ちゃんは「まるで鳥になった気分ですわ!」とはしゃいでいます。こんなときでも笑顔を絶やさない咲音ちゃん、尊敬を通り越して恐怖を感じます。
橙花ちゃんは橙花ちゃんで、落下しながら懸命に頭を働かせていました。
地面につく寸前にみんなの時間を止めて、落下の衝撃を和周りの障害物の時間を止めてどこかに着地したほうがいいのかもしれません。
必死に考えていると、橙花ちゃんの目にあるものがうつりました。
「よし、あれを使えば……!」
橙花ちゃんは、ちょうど真下にあったふわふわマシュマロに術をかけました。
「時よ、<トマレ>!!」
魔王お気に入りの座布団、マシュマロがぴたりと宙で止まります。その上に、子供たちが落下してきます。
「あぶっ」
柔らかなマシュマロに包まれ、どうにかこうにか痛みもなく着地できました。
「よ、よかった」
劉生君がほっとしたのもつかの間でした。
「リューリュー、危ないっ!」
劉生君たちが無事に助かったとしても、城は倒壊していっているのです。劉生君の真上に、飴で作られたシャンデリアがふってきたのです
「……あっ」
『ドラゴンソード』ではじけばよかったのですが、唐突な出来事に、劉生君は動けませんでした。ただ怯える目で降ってくるシャンデリアを見つめることしかできませんでした。
「っ! 劉生君っ!!」
きっと、魔王ギョエイに射された時のような痛みが来るに違いありません。そう覚悟していましたが、劉生君が感じたのは強く腕を引かれたような痛みと、全身を包み込む柔らかいマシュマロの感覚だけです。
「へ?」もしかして、うまい具合にシャンデリアが他の場所にずれてくれたのでしょうか。おそるおそる目を開けると、マシュマロの一部がシャンデリアを巻き込んで落下していくところでした
……橙花ちゃんと、ともに。
「橙花ちゃん!」
劉生君は気づきました。
彼女は自分をかばって、落ちてしまったのだと。
「橙花ちゃんっ!!」
手を伸ばしても、届きません。そもそも橙花ちゃんは気絶してしまっていて、こちらに手を伸ばすことはできません。
このままでは、橙花ちゃんは地面にたたきつけられ、大怪我を負ってしまいます。もしかしたら、考えうる最悪な状況に陥るかもしれません。
そんなの、嫌です。
橙花ちゃんを助けないと。
あの子を守らないと。
――蒼を今ここで殺すわけにはいかないのです。
「ちょ、リューリュー!」「赤野っち!?」
制止の声は、なぜか劉生君の耳に届きませんでした。
彼の頭にぐるぐる回るのは、橙花ちゃんを助けたいという強い思いと、――彼さえも理解できない狂気をはらんだノイズだけ。
内なる思いと誰かの意志に導かれるまま、マシュマロから飛び降りました。
崩れ行く瓦礫の中で、劉生君は橙花ちゃんの体をぎゅっと抱きしめます。そのまま二人は急速に落下していきます。
あと少しで地面にぶつかる、その寸前。
世界が、真っ赤な光に包まれました。