37 魔王リオン、最大の誤算! 小さな女の子の逆襲!
魔王リオンはその大きな口から赤黒い炎を吐きました。イワシはこんがりを焼けて、焼きイワシになってしまいました。
これには咲音ちゃんも、ムムッとします。
「イワシさんがこんがり美味しそうになってしまいますわ……!」
吉人君は炎を見つめて、怪訝そうに首を傾げます。
「そもそも、どうしてコレステロールで炎がでるんでしょうか……?」
コレステロールは、脂質、つまりあぶらの一種です。油と言ったら炎がつくと一気に燃える印象がありますので、おそらくきっとそういうところから由来しているのでしょう。
ちなみにコレステロールが高くなると、血管がつまってしまう病気にかかりやすくなります。血管が詰まってしまうと、頭や手足に必要な栄養分を運べなくなりますので、非常に恐ろしい病気にかかります。
コレステロールを下げるためには、いつもの定番、バランスの取れた食事と適度な運動です。特に甘いものの食べすぎは気を付けましょう。マーマル王国の子供たちのように、甘いものばかり食べていたら、脂肪を焼却せざるをえなくなります。
現在燃えているのは、脂肪ではなくイワシの方です。
咲音ちゃんが召喚した魚は次から次へと燃えてしまいます。これでは全て燃やされてしまいます。
ハラハラする劉生君たちでしたが、咲音ちゃんが頑張ってたくさんのイワシを召喚していましたので、イワシの勢いはなんとか維持できていました。
いい加減うっとおしくなったのか、魔王は舌打ちをします。
『魚の召喚主はそこの娘だな? 今すぐそれをやめさせてやる』
一呻りして、魔王は咲音ちゃんに襲い掛かりました。今まででしたら、劉生君以外の子が魔王の動きを読むことはできませんでした。
ですが、今は状況が変わっています。
魔王は瞬間移動しているわけではありません。高速で動いています。宙を舞うイワシをかき分けなくてはならないのです。つまり、魔王リオンの姿が見えずとも、イワシの動きにさえ着目すれば、彼の動きを読むことが出来るのです。
動きさえ分かるなら、こちらも対策できます。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げながらも、咲音ちゃんは魔王の攻撃から逃れることができました。
『ちっ、小癪な真似をっ!』
リオンは着地してすぐに咲音ちゃんに飛び掛かりました。おそらく、下に見ていた咲音ちゃんにしてやられ、腹が立ってしまったのでしょう。
しかし、そんな傲慢な考え方が、魔王自身に牙を向きました。
「いまだ!」みつる君は叫び、とっておきの呪文を叫びます。
「<クッキング=アンセーフ>っ!」
白くてつやつやしたお餅が出てきました。お餅は植物のようにぐんぐん伸びると、魔王の足に絡みつきました。
『なっ』
魔王はもがくも、何人もの人を遠くの世界に送った、美味しくも恐ろしいお餅の力を甘く見てはいけません。捕まってしまった足はどうあがいてもふり解けません。
「リューリュー! 今よ!」
リンちゃんが叫びます。
「おりゃあああああああ!!」
炎をまとった剣を、真っすぐに魔王に切りかかります。魔王リオンは防御力が低いので、この一撃で終わらせられることでしょう。
ですが、魔王も馬鹿ではありません。
『させるかっ! <メタボリックシンドローム>っ!』
「うわっ!」
唯一動かせるしっぽで劉生君の攻撃をはじきました。劉生君は「あぶっ!」と悲鳴を上げてしりもちをつきます。ちょっと痛いですが、劉生君は気力で立ち上がります。
一度だめなら、もう一度頑張ればいいだけです
「えいっ! <ファイア―バーニ」
そのときです。劉生君の視界がくらりと回り、そのまま膝をついてしまいました。
「なっ、どうして……!」
『お前の力が尽きたんだろう?』
ほっとした魔王は、緊張が緩んだからかニマニマと笑います。
『お前の力が尽きたんだろ? 残念だったなあ。さて、ここでお前らに重要なことを指摘してやろう』
魔王は胸をはって、劉生君たちにとって絶望的な事実を告げました。
『唯一攻撃手段を持っているのはそこのモヤシだけあったが、そいつだってもう力を使えない。つまり、お前らにはこのオレサマに傷一つつけることはできないということだ』
「……っ!」
確かに、魔王が宣言した通りです。リンちゃんも吉人雲も術は使えません。先ほど回復してわずかながら術を使えるようになったみつる君も、既に力は尽きてしまっています。
橙花ちゃんはまだ力が残っていますが、彼女は攻撃できる手段はありません。
魔王は高らかに笑います。
『これで完封だな。あとはこのうっとおしい餅を焼き尽くしてから、お前らをゆっくり調理すればいいだけだ。そこでおとなしくいておけ。いいな?』
ゆったりとのんびりと、魔王は餅を焼き始めます。まだ香ばしい香りがしますが、いずれ焦げた香りになってしまうことでしょう。
そうなったら、劉生君たちの身が危機的な状況に陥ります。
「くっ! 蒼ちゃん! どうにかならないのよ!」
リンちゃんがもどかしげに言います。今に飛び出して、魔王に一蹴り浴びせかけたいと心の底から願っていました。
それでも橙花ちゃんは唇をかみしめてリンちゃんを止めます。
「……駄目だ、術を使えない状況で突っ込んでも、魔王の<メタボリックシンドローム>で倒されてしまう」
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「……それは……」
揉めに揉める子供たちを、魔王は至極楽しそうに眺めます。
丁寧に仕掛けた城の細工をスルーしてこの部屋に来られたときにはヒヤリとしましたし、餅に足を取られた時にはこれで終わったかと身震いしましたが、天は自分に味方してくれたようです。
念のために用意しておいた最終手段も使わずにすみそうです。
それもそうか、と魔王は自分で納得します。魔王の中でもバランス能力に長けている自信がある自分が、こんな子供集団に負けるわけがないのです。
魔王は自身の勝利を確信していました。
その傲慢さと他者への無理解が、魔王の油断を産むこととなりました。
そう、魔王は小さな小さな女の子の存在を忘れてしまっていたのです。
「ライオンさんっ!」
可愛らしい高い声が部屋に響きます。
「みおはね、蒼おねえちゃんたちを守るのっ!」
みおちゃんは胸いっぱいの手裏剣折り紙をばらまきました。
「いっけー!!」
色とりどりの手裏剣は魔王に次々と突き刺さります。
『があっ……!』
完全に気を抜いていたのでしょう。魔王は抵抗もできず、苦しげに呻きます。目を大きく開け、はじめてみおちゃんの存在に気付いたかのように彼女を視界に入れます。
『小癪なっ! <コレステロール>っ!』
炎にまかれ、手裏剣が燃えていきます。
「ああっ! みおが作った折り紙燃やした! ひどい! ……もう怒ったぞっ!」
みおちゃんは緑色と赤色の折り紙を手に取ると、パパパッと何かを折りました。
「じゃーん! スイカ!」
緑の皮と真っ赤な身のスイカが出来ました。みおちゃんがぎゅっと折り紙を握ると、なんともみずみずしいスイカが現れました。
美味しそうなスイカを、みおちゃんは「はいっ! あげる!」といって、劉生君にあげました。
「へ? ありがとう」
受け取ったとたん、スイカはきらきらと輝き、劉生君のなかに溶けていきます。
「わあ! な、なに?」
「お兄ちゃんにね、元気をわけてあげたの」
「あ、本当だ」
失っていた劉生君の力が戻っているのを感じました。
「それであのライオンさんを倒して! ほら! いっけ!」
「うん! 分かった!」
劉生君はキッと魔王をにらみます。
「これで、終わりだ! <ファイアーバーニング>!!!!」
『この……!』
今更必死になって餅から逃げようとしますが、もはや手遅れ。燃える炎の剣に、魔王はなすすべもありませんでした。
『ぐああああ!!』
劉生君は完全に力が回復したわけではありません。火力だって弱く、小さく、普通の魔物さえも足すのがやっとなくらいの力しか残っていませんでした。
それでも、守りが弱い魔王には、効果はてきめんでした
『がつ……あっ……』
魔王はよろよろと体を震わせるも、力尽きて倒れてしまいました。