31 次は咲音ちゃんの出番! いでよ、動物たち!
「さすがみつるさん! すごいですわ!」咲音ちゃんは目を輝かせます。しかし、みつる君は複雑そうな表情を浮かべます。
「……俺としては、料理で人を傷つけるよりも、料理で人を笑顔にしたいな。だから、こっちの技の方が俺向きかな。<レッツ=クッキング>!」
みつる君がもう一度フライパンを振ると、美味しそうなシュウマイが何個も出てきました。それを魔物たちに投げつけるのでしょうか。そう思っていた咲音ちゃんですが、なんとみつる君はシュウマイをリンちゃんに投げつけました。
「ええ!? なにをしているんですか!?」
弧を描くシュウマイに、リンちゃんが気づきます。
「ん? なにかしら。美味しそうね」
リンちゃんは迷いもなくぱくりと口に入れてしまいました。
「わああ! り、リンさん!!」
咲音ちゃんが悲鳴をあげます。
何かとんでもないこと、例えば中から肉汁があふれ出してけがをしてしまうなんて大惨事が起こるかと怯えていた咲音ちゃんですが、いくら時間がたっても何も起きません。
「あ、あれ? 特に何も起きませんね?」
「咲音っち。なんか危ないこと考えてたでしょ。そんなもの友達に投げないよ」みつる君はニコニコします。
「でしたら、あの料理は一体……?」
みつる君が答える前に、リンちゃんがびっくりした声をあげます。
「すごい! いつもより力が湧き上がってくる!!」
リンちゃんの体が淡く黄色く輝いています。雷の力がいつもよりも格段に上がっています。
そう、みつる君の技<レッツ=クッキング>は、味方の力を高める技なのです。
「これで九十九万九千九百万人力! いくわよ!! <リンちゃんの ゴロゴロサンダーボール>!」
電気を凝縮した球状の塊を作り出します。いつもならサッカーボールのボールくらいの大きさですが、今のリンちゃんは違います。
なんとなんと、運動会の大玉転がしで使うくらいの大きさにまで拡大しました。
「えーいっ!」
リンちゃん、思いきりボールを投げつけると、何十匹もの魔物が倒されていきます。
「いいわね! 気持ちい! ミッツンミッツン! もう一回!」
「いいよ! <レッツ=クッキン」
しかし、みつる君はくらりと体をよろめかせると、座り込んでしまいました。
「あ、あれ?」
「みつるさん! どうなされました!?」
「か、体が……。うごかない……!」
力の使い過ぎです。<レッツ=クッキング>はそこまで魔力を使いませんが、<クッキング=アンセーフ>は魔力を大幅に使ってしまう技なのです。
まだこちらの世界にきたばかりでうまく魔力を扱えないのか、みつる君はへとへとになってしまいました。
「こ、これじゃあ技が使えないっ!」
慌てるみつる君、そんな彼らにも魔物がにじりよってきます。咲音ちゃんは一瞬迷うように目を泳がせますが、何か覚悟したようです。息を大きく吸って、立ち上がりました。
「……本当は皆さんを傷つけたくはありませんが、仕方ありません。わたくしが戦わせていただきます」
咲音ちゃんは悲しそうに微笑みます。「先に謝っておきます。痛い思いをさせて申し訳ありません」
言葉こそ遠慮していますが、まるで勝利を確信しているかのような発言に、魔物たちがいきりたちます。
『何を言うか! 子供!』『お前にやられる前に倒してやる!』
魔物におびえることもなく、咲音ちゃんは「よいしょ」と掛け声を漏らし、小さな本を手に持ちます。表紙には『動物図鑑』と書いてあります。
本を開くと、咲音ちゃんはささやくように呪文を唱えます。
「みんな、わたくしに力を貸して。<カツオ>さん!」
絵本が桃色に輝くと、巨大な魚が絵本から飛び出してきます。カツオはぎろりと魔物たちをにらむと、魔物たちに体当たりしました。
ところで皆さん、カツオというと何を思い浮かべますか?
真っ赤な身が美しい刺身や、さっぱりとした味のカツオのたたきなどを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、鰹節を想像した人もいらっしゃると思います。
豆腐やお好み焼きの上でふわふわ揺れる鰹節は、なんだか可愛いですよね。
ですが、あの姿はかりそめの姿。本来の姿は、釘さえも打てるほどの強度を持つ恐ろしい食べ物なのです。
だからといって大本のカツオが硬くてかたくて仕方ないなんてことはありません。ですが、ここはミラクルランド。願っていることが叶う場所。咲音ちゃんが「きっとカツオさんも固いに違いないわ!」と思っていたら、それが敵う場所です。
そういうわけで、カツオは鋼鉄の体で魔物にぶつかります。
『いてえっ!』『ぎゃああ!』
カツオは魔物が集まる場所を狙って遊泳します。容赦なんてありません。
ちょうどすぐそばにいたリンちゃんは、「あの魚、とんでもなく強いわね……」と感嘆のため気をつきます。橙花ちゃんも小さくうなずき、「誘導ミサイルみたい」と言います。
一方で、みつる君はしげしげとカツオを眺め、小さくうなずきます。
「うん、身が引き締まっていて美味しそう」
「み、みつるさん! 捌かないでください!」
咲音ちゃん、必死にノーと訴えます。
みつる君や咲音ちゃんの頑張りで、どうにかこうにか態勢は整えられました。みおちゃんを守る橙花ちゃんのもとにも、魔物は近づけていません。
しかし、魔物の数が減った感じはせず、むしろどんどん増えていっているような気がします。
きっと、広間の外からどんどん魔物が押し寄せてくるからでしょう。
これでは、みつる君のように魔力切れしてしまうやもしれません。
橙花ちゃんはしばし考え、みんなに聞こえるように大声で言います。
「みんな! ここを出るよ!」
あくまでも彼らの狙いは魔王です。ここで時間と体力を使う訳にはいきません。
「っていっても!」リンちゃんは魔物を倒しながら叫びます。「どうやってここから抜け出すのよ!」
魔物たちだって、そう簡単には逃がしてはくれません。わらわらと魔物が押し寄せてきて、出口までたどり着けそうにもありません。
それでも橙花ちゃんは慌てません。魔物を排除しつつ、冷静に言います。
「リンちゃん、出口方向にサンダーボールお願いできる?」
「いいわよ、<リンちゃんの ゴロゴロサンダーボール>!」
リンちゃんの電気玉は出口方向にまっすぐ放たれました。魔物たちは大慌てで横に避けましたので、一瞬だけ出口までの道が開けました。
「よし、今だ!」
橙花ちゃんはまっすぐ杖を魔物たちに向けます。ぎゅっと杖を握り締めると、彼女の目が青く輝き、鹿の角が爛々と光を放ちました。
「時よ、<トマレ>!」
今まで攻撃を仕掛けてきた魔物は、ぴたりと停止しました。まゆひとつ瞬き一つもせず、毛の一本も揺れません。
「技が効いてる今の間に走って!」
「おっけー! いくわよリューリュー!」
橙花ちゃんもみおちゃん背負い、みんなと一緒に駆け出します。橙花ちゃんの技のおかげで、なんとかかんとか広間は抜けられました。広間に魔物が集まっていたおかげで、外に出ると魔物の姿は明らかに少なくなります。
吉人君は息を切らしながら、嬉しそうに声を上ずらせます。
「やりましたね! あとは魔王を探すだけですね!」
リンちゃんは軽々と橙花ちゃんの横に追いつきます。
「それで、魔王はどこにいるの?」
「塔のてっぺんだよ! とにかく階段を登っていけばいいから!」
「階段階段……。あった! あそこね!」
あたしが一番乗り! とはしゃぎながらリンちゃんはダッシュで走ります。ですが、階段手前についたら急ブレーキしてしまいます。
「あれ!? なにこれ!?」
劉生君たちもリンちゃんに追いついて階段付近までたどり着き、驚いた声をあげます。
「か、階段じゃない! スロープだ!」