29 劉生君、勝利! しかし魔王は……?
みおちゃんの体が光に包まれました。光はキラキラと輝くと、ぱりん、と割れました。橙花ちゃんはすぐさまみおちゃんに駈け寄り、ぺたぺたと体を触ると驚きの声をあげます。
「……呪いが解けてる!」
「ええ!? そうなの!?」
橙花ちゃんの言葉は嘘ではないようです。現に、ニヤニヤ笑っていた魔王の表情が一変し、目を見張っています。
『なっ! そんなことありえない! ありとあらゆる美味を集めたこの国の料理よりも、あんなゲテモノが美味しいだと!?』
うろたえる魔王に、みおちゃんは笑顔で頷きます。
「うん、美味しかったよ」
『……』
魔王は信じられませんでした。いや、魔王だけではありません。リンちゃんや吉人君で差も驚いています。
しかし、みつる君は「やっぱりねえ」と満足しています。
「つまり、料理は味だけじゃないってことなんだよ。それよりも雰囲気が必要ってこと」
咲音ちゃんはキョトンとします。
「雰囲気ですか?」
「そうそう。ほら、例えばさ、学校でおにぎりを食べるよりも、友達とキャンプに行って食べるおにぎりの方が美味しく感じるでしょ?」
「ああ、確かにそうですね! 美味しく感じます!」
「それとは逆に、おしゃべりしながら食べるおにぎりと、お母さんと喧嘩したあとのお寿司だったら、おにぎりの方が美味しい気がするよね」
「あー、そうですねえ……」
みつる君の例えは他の子もしっくりきたようです。リンちゃんも「弟たちを怒ったあとのご飯は砂噛んでるみたいになるわよね。わかる」と頷いています。
みつる君は優しい声色で、みおちゃんに微笑みます。
「みおちゃんはおいしいものを食べていたけど、楽しい環境で食事がとれなかった。だから、どんなに味が良い料理でも、美味しく感じなかったんだ。そうだよね、みおちゃん」
「んー、みお、よく分からないけど、おうちでご飯食べるの嫌だったよ。でもね、さっきは楽しかった!」
みおちゃんは嘘偽りのない、満面の笑顔をしています。時折みおちゃんから発せられていたトゲトゲしさもありません。年相応の女の子にみえます。
リンちゃんもついつられて笑顔になります。
「やったじゃない、ミッツン。もしかして、全部わかってて料理作ってたの? すごいわねえ」
「いやー、……そこまで考えてなかったような気がする……」
みおちゃんのせいというより、既製品だらけの料理に不満があったから、自分で調理すると訴えたのが本音でした。
それでも他の子からすると謙遜に聞こえたのでしょう。橙花ちゃんはニコニコ笑います。
「みつる君ったら、遠慮しなくてもいいよ。ありがとう。これでみおちゃんが傷つくこともなくなった。本当にありがとう」
「いやいや、遠慮じゃないって。たまたまだよ、たまたま。そりゃあ、『もしかしたら一緒に楽しくご飯を作れば美味しく食べれるかなあ』なんて思ってはいたけど……。そ、それにさ、蒼っちが色々教えてくれて良い案を思いついたんだから、蒼っちのおかげだよ」
みつる君は照れたように頬を書きます。
「やっぱりさ、誰かを喜ばせたり、楽しませるためには、まずその人を知ることから始めないといけないもんね」
劉生君は嬉しそうなみおちゃんたちを眺めて、一人思います。
劉生君が考えた案は、あくまで『自分』が好きな料理ばかりでした。リンちゃんや吉人君たちと力を合わせて考えた料理も、『みおちゃんの年代の子』が好きな料理をぼんやりと思い浮かべて、失敗していました。
みつる君だけが、『みおちゃん』が好きな料理を見つけるために、みおちゃんのことを知ろうとしていました。
そのおかげで、みおちゃんが本当に美味しいと言ってくれる料理を見つけ出せたのです。
力を合わせるだけじゃ駄目で、その人のことをしっかり知らなくちゃいけない。
劉生君はそう気づくことができました。
小さな子供が一歩成長しましたが、(おそらく)大人な魔王は自分の思い通りにならずにイライラとしていました。
『調子にのるな、ガキども』
魔王は低く唸ると、牙をむき出しにします。
『オレは湯集だからな。こうなることすら想定済みだ』
「なーにが想定済みよ」
リンちゃんが威勢よく噛みつき、吉人君は眼鏡をくいっとあげます、
「僕らが勝利したわけです。約束通り、僕らと戦ってもらいますよ」
劉生君たち五人は武器を構え、魔王を睨みます。臨戦態勢を整える彼らですが、魔王は不機嫌そうに耳を横にぴんと張ります。
『……ふん。なぜオレがお前らのようなガキ相手に戦わねばならない』
橙花ちゃんは冷たい目で魔王を一瞥します。
「そういう約束だったでしょ? 諦めてボクらと戦いなよ」
『……ああ、そういえばそんな約束だったな。だがな、時計塔ノ君よ』
魔王はにやりと笑います。
『そんなものを守る道理なぞない』