28 楽しいは美味しい、美味しいは楽しい!
「……っっ!」
目をまん丸にしてもがく劉生君に、リンちゃんがびっくりします。
「ちょ、どうしたのよっ! ほら、牛乳っ」
ごくごくと飲んで、なんとかかんとか飲み込みました。
「ふう……。ありがと! リンちゃん!」
「どういたしまして。それで? どうしたの?」
「そうだ! ハンバーグの中にね、」
「うんうん」
「チョコレートケーキが入ってたの」
「どういう状況!?」
よくよく見てみると、ハンバーグの中にケーキの欠片が練りこまれていたのです。
「逆にすごいわね!? サッちゃんでしょこれやったの」
「あら、正解ですわ!」
咲音ちゃんは照れくさそうに頬をかきます。
「どうして分かったんですか? もしかして、リンさんは探偵さんなのですか?」
「いや、こんなことするのサッちゃんくらいしか思いつかないから」
「わたくしのことを分かってくださってるってことですね。嬉しいですわ!」
「わかってるというか、サッちゃんが分かりやすすぎるというか……」
優しいリンちゃんでさえ、咲音ちゃんの謎料理にはドン引きです。けれども吉人君は「天然なところもいいですね!」なんて言っています。
「……ヨッシーってさ、やっぱ馬鹿よね」
リンちゃん、ついつい吉人君にもドン引きします。
「ちなみに、わたくしがハンバーグの中に入れたのはチョコだけではありませんよ!」咲音ちゃんはパチリとウインクします。「全員のハンバーグにいろんなものが入っているんですよ!」
なんと、食べてびっくり、ドキドキハンバーグだったようです。
みんなが一斉にスプーンを止めます。固まるみんなの中で、みつる君は頭を抱えます。
「……もっと俺が注意していれば……!」
後悔先に立たず、です。
「よ、よーし、あたし、食べてみるわよ!」
勇敢なリンちゃんがハンバーグを口にしました。その瞬間、
「すっぱ!!!」
リンちゃんは体をぶるりと震わせます。
「なにこれ!? レモン!?」
「正解ですわ! お肉は酸味が入ると柔らかくなるんですものね!」
「だからってレモンまるまる一つ入れないでよ!」
劉生君もおそるおそる口にます。一口目は「おや? もしかしておいしい?」と思いましたが、妙な甘ったるさと弾力のある甘いものが口の中で踊りだし、思わず顔をゆがめました。
「……もしかして、マシュマロがはいってる……?」
「正解ですわ!」
咲音ちゃんは得意げに胸をはります。
「隠し味にチョコを入れるでしょう? それと同じです!」
リンちゃんは「隠せてないじゃない」と適切な突っ込みをいれます。
「……」
橙花ちゃんはそっとハンバーグを二つに割ってみます。開けてびっくり、中にはミカンがごろりと入っています。
「……」
橙花ちゃんはそっとハンバーグを元に戻します。
「……蒼さん。見なかったふりしましたね」吉人君はそっと耳打ちすると、橙花ちゃんは青い顔で首を横に振ります。
「……ううん。どうしようか考えてるんだ。……本心では、食べてあげたいんだ。せっかく咲音ちゃんが作ってくれた料理だもん。けど、体が拒否してるんだ」
「……その気持ち、すごくよく分かります」
「……吉人君。どうしよう……」
「……僕にも分かりません……」
絶望している二人の横で、みおちゃんがおそるおそるハンバーグを一口分切り分け、ぱくり、と口にしました。
「わあ! みおちゃん!」橙花ちゃんが慌てます。
「大丈夫かい!? もし食べられなさそうだったらペッしてもいいからね!」
咲音ちゃんがくすりと微笑みます。
「そんなに心配なさらないにでください! 人が口にしても害のないものをいれていますから」
「ん……」みおちゃんは顔をしかめて、何かをくちから 出しました。
金色に輝く大きなコインです。
「害ある!!! 害あるよ!!!!」
「そう思いますよね? 実はそのコイン、チョコレートなんです! よく噛んでみるとわかりますよ!」
みおちゃんは試しにかじってみて、びっくりしました。「本当だ! チョコだ! バナナ味のチョコ!」「そうでしょ! 面白いですよね!」
「……」
みつる君は「そもそもハンバーグの中にチョコを入れること自体おかしい」と思いましたが、今に始まったことではないので何も言いませんでした。
とんでもハンバーグにみんなはびっくり仰天していましたが、最強と名高いカレーの力を借りることで、(あまりにもひどい場合はみつる君の巧みな技でリメイクしました)どうにか全て食べられました。
リンちゃんは食後のアイスクリームを食べながら、満足そうにおなかをさすります。
「いやー、いろいろあったけど、美味しかったわね!」
劉生君も頷きます。
「うんうん! おいしかったね! いろいろあったけど!」
吉人君も頷きます。
「そうですねえ。ひとまずは一件落着、ですかね」
「ですね!」
『……おい』
額に青筋を立て、魔王リオンは低く呻ります。
『元々の目的を忘れてはないだろうなっ』
劉生君とリンちゃん、咲音ちゃんの三人は、「ああっ!」と手をたたきます。料理が楽しくてすっかり忘れてました。
リンちゃんは血相をかえて、他のみんなにこそこそと話します。
「ど、どうしよう。みおちゃんが好きな料理をつくれてないじゃない!」
慌てるリンちゃんに、これまたあたふたしながら劉生君が必死にフォローをします。
「で、でも、ハンバーグカレー好きかもしれないよ! ハンバーグカレー嫌いな子供なんていないもん!」
しかし、吉人君は小さく首を横に振ります。
「……厳しいのではありませんか……」
確かに、ハンバーグカレーは子供も大好き、大人も大好き、みんな大好きです。
ですが、みおちゃんは普通のこどもではありません。ハンバーグカレーもあまり好きではないことでしょう。
吉人君は小さな声で橙花ちゃんに訊ねます。
「……どうしましょう」
「……そうだね。ボクがなんとか魔王を足止めするから、その隙に」
彼らが行動を起こそうとするよりも早く、魔王が鋭く叫びます。
『わが配下の者よ、姿を現せ!』
突如、扉から何十もの魔物が広間に入ってくると、武器を劉生君たちに向けました。さっきまで劉生君たちの笑顔が響いていた空間も、一瞬で殺気あふれる殺伐とした場になり果ててしまいました。
「くっ……」
橙花ちゃんは杖を握り締め、冷や汗を流します。さすがの橙花ちゃんも、魔王やこの数の魔物と戦いつつ、劉生君やみおちゃんたちを逃がすことはできません。
リンちゃんは魔王をキッと睨みつけます。
「ちょっと! 子供六人にこの数は卑怯よ!」
『ふん、知ったことか。前らの世界にはこういうことわざがあったな。そう、勝てば官軍だ』
「ないわよそんなことわざ!」「そうだそうだ!!」
「……いや、ありますよ」
勝てば官軍とは、つまり、勝者こそ正義!! 敗者はキャンキャン吠えるのみさ! という意味です。
『それに、スルをしようとしたのはそっちだろ? 先生や親に教えてもらわなかったか? ルールを破ったらいけないと』
魔王は勝ち誇った笑みを浮かべます。
『さあ、そこでおとなしくしてろ。今から可愛い可愛いそこのガキとお話しをせねばならないんだ』
魔王はゆったりとした足取りで、みおちゃんのすぐ近くにいきます。
『お前は何も気にしなくてもいい。自分の心の思うがままに応えよ。お前の好きな料理は一つもなかった。そうだろう?』
「……」
みおちゃんはうつむきます。彼女らしくなく、答えに悩んでいるようです。
『……どうした。さっさと答えんか』
しっぽを地面にたたきつけ、魔王は苛立って先を促します。それでも、みおちゃんは悩むように、口を開きます。
「……味は、すごくいまいちだったよ」
咲音ちゃんのハンバーグも微妙な味でしたが、みおちゃんが切った野菜も形がバラバラなせいで食べづらかったですし、みんなでわちゃわちゃしながら作っていたせいか料理もぬるくなっていて、そこまで美味しくはありませんでした。
劉生君たちは息をのんで互いに顔を見合わせ、魔王は勝利を確信して高らかに吠えます。
『そうだろう。ではさっそく処刑の準備を』
「……でもね、」
みおちゃんは、ぽつり、ぽつりと話しだします。
「すごく、楽しかったの」
みんなで料理をして、みんなでご飯を食べて、みんなでおしゃべりして。それがすごく楽しくて楽しくて仕方なかったのです。
「だからね、味はいまいちだったけど、」
彼女は、ふんわりと微笑みました。
「すごく、美味しかったんだっ!」