23 劉生君と橙花ちゃんの大喧嘩! 似た者同士は喧嘩する
「そ、そんなこと言わないでください! おいしいですよ!」
咲音ちゃんが勧めますが、「嫌だ」の一点張りです。ついには、「そんな変なもの食べたくない」と怒ってしまいました。
「みおちゃん。咲音ちゃんがせっかく作ってくれたのに、そういう言い方してはいけないよ」
さすがに橙花ちゃんが説教をすると、もっとむくれてしまいます。
「いやったらいや! もう食べない!」
「みおちゃんっ」
「蒼ちゃん、ストップストップ」
声を荒げそうになった橙花ちゃんを、リンちゃんが宥めます。
「そういうふうにいったら、食べられるものも食べれなくなるわよ。まだ二回もチャンスがあるんだから、落ち着いて落ち着いて」
『そうだぞ、時計塔ノ君。そうカリカリするな。かわいそうだろう?』
「お前にだけは言われたくない」
鋭い声色でぴしゃりと言います。
「ボクに嫌がらせするためだけに、みおちゃんの辛い記憶だけをわざわざ残してたくせに」
『お? ばれてしまったか』
魔王は耳をぴんと立てて、上機嫌な様子で目を細めます。
『感謝しろよ。この作戦のためだけに、鳥のお姫様に頭を下げたんだからな。本当なら、あんな怠惰で無責任な女と口もきくどころか、顔すら合わせたくなったんだ』
「そんなのボクの知ったことじゃない」
『はっはっは。冷たいなあ、お前は』
魔王は橙花ちゃんのことを冷たいと表しましたが、彼のやっていることと比べると何十倍もマシでしょう。
彼は橙花ちゃんを傷つけ、確実に勝利するためだけに熱心に動き回っていました。
たくさんの子供がいるマーマル王国の中で、食べることが苦手なみおちゃんをわざわざ見つけ出して計画を立て、彼女の記憶を半端に残したのです。
冷酷で、残虐な恐ろしい魔王です。今なら、橙花ちゃんが「魔王ギョエイよりも性格が悪い」と言っていたのも納得がいってしまいます。
『オレをあーだこーだいう暇があったら、さっさとゲームを再開してほしいな。でないと、うっかり起爆させるぞ?』
魔王はぱちりとウインクをしました。
「……」
橙花ちゃんは魔王を一睨みすると、軽く舌打ちをします。
本当は技の一発くらい食らわせてやりたいところですが、この状況ではできません。魔王の手のひらで踊るしかないのです。
怒りを抑えようと橙花ちゃんは軽く首を振り、まずはみおちゃんに優しい声色で謝ります。
「ごめんね、きついこと言っちゃって」
「いいけど……。蒼おねえちゃんたち、どうかしたの? さっきからピリピリしてて怖いよ」
「……大丈夫。みおちゃんは気にすることないよ」
みおちゃんの頭をなでてあげます。咲音ちゃんも、にこにこ笑顔になってくれます。
「わたくしも、少し押し付けすぎましたね。申し訳ありません。次はもっといい料理作って見せますから!」
熱く燃える咲音ちゃんですが、みおちゃんは覚めていました。
「みお、ごはん食べたくないから別にいいよ」
「うっ……。ですけど……」
「いいもん。好きじゃないもん」
つれない態度です。もちろん一番悪いのは魔王で、次に悪い人を見つけるとしたらみおちゃんの親御さんなのでしょうが、みおちゃんのやる気のなさを見ると、先行きが思いやられててしまいます。
『まずは一回目失敗だな。さあ、次は二回目だ。どうする?』
「……」
橙花ちゃんは魔王を睨みつつ、みんなに小声でささやきます。
「次、駄目だったら、ボクは門を作るから、すぐに逃げ込んで」
「そんなっ。僕は絶対にそんなことっ」
すぐに反発する劉生君の唇に、そっと人差し指を当てます。
「特に劉生君。君は絶対に逃げないとだめだよ。あいつに何されるか分からないからね」
「いやっ」
ぷい、と劉生君はそっぽを向きます。
「橙花ちゃんを見捨てて逃げるなんて、絶対に嫌」
「……劉生君」
橙花ちゃんはなんとか説得しようとしますが、劉生君は首を縦にふろうとはしません。見かねたリンちゃんは二人の間に入ります。
「まあまあ。リューリューも落ち着いて落ち着いて」
「絶対嫌だからね」
「はいはい。分かったから。それと、蒼ちゃん。リューリューにこれ以上何言っても無駄だから、諦めた方がいいわよ」
リンちゃんはやれやれと言いたげに肩をすくねます。
「リューリューはこうと決めたことは絶対に曲げないから」
「そうそう!」
劉生君、自信満々に頷きます。
「……」
それでも橙花ちゃんは複雑そうにしています。彼女だって、こうと決めたら絶対に曲げないタイプの子なのです。口には出しませんが、次駄目だったら、絶対にみんなを逃がさなければと脳内で考えています。
『話し合いは終わったか? それならさっさと始めてくれ』
爪をとぎつつ、魔王リオンは急かしてきました。このまま何もしなかったら、それこそ起爆しかねません。けれど、いい案も思いつきません。
またもやみんな黙ってしまいました。しかし、ここでみんなの姉貴分、リンちゃんが声をあげます。
「ここは力を合わせてやってみるしかないわね」
どんな困難でも、みんなで力を合わせればどうにかなるはずです。リンちゃんはじめ、劉生君たちはフィッシュアイランドでそう学んでいました。
「ようし、それじゃあまずはみんなの好きな食べ物をいうのよ。そうしたら、何かいい案が出てくるかもしれないしね。じゃあまずはあたしから。そうだなあ、フライドポテトかなあ。はい次、ヨッシー!」
「僕はコーンスープですかね」
はいはい、と劉生君が挙手します。
「僕はお寿司が好きだよ! あとね、ハンバーグカレー! 咲音ちゃんとみつる君は?」
「わたくしはクロワッサンですかねえ」「俺はオムライスかな。おいしいよね」
リンちゃんはしっかりとみんなの好みを脳内でメモします。
「うんうん。吉人君がコーンスープ。サッちゃんがクロワッサン。ミッツンがオムライスね。リューリューは相変わらずお寿司とハンバーグカレーなのね。それで、蒼ちゃんは? 何が好きなの?」
「ボク? 好きなものか……」
すぐには出てこないようで、頭をひねって考えます。
「果物が好き、かな。ミカンとか……。あっ、ミカンゼリーも好きかも。ゼリーは結構好きかな。ヨーグルトも好きだよ」
「どれが一番好きなの?」
「一番……。一番かあ……。一番は……菓子パンかな……」
「菓子パン!? 菓子パンなの!?」
意外な庶民的な食べ物に、リンちゃんびっくりです。あまりにびっくりしてしまったからでしょう。橙花ちゃんが顔を赤らめてぶんぶん首を横に振ります。
「やっぱ今のなし! ゼリーにする! ミカンのゼリー!」
「いや、別にいいわよ。菓子パンでも」
「忘れて! 一旦それは忘れて!」
もしこれが劉生君や吉人君だったら全力で菓子パンネタで虐めるのですが、相手は純真そうな橙花ちゃんです。リンちゃんは手を緩めてあげることとしました。
「じゃあ、蒼ちゃんはミカンのゼリーね。うーん、見事にバラバラね……」
劉生君も首をひねります。
「うーん。この中にみおちゃんの好きなものはあるかなあ。……こう、食べ放題みたいに全部の料理が並んでたら、それのどっかにみおちゃんの好きな食べ物も紛れ込んでそうだけど」
吉人君も深く頷きます
「ええ、そうですね……。下手な鉄砲も数ありゃ当たるといいますし、チャンスの数が多かれば多いほどみおちゃんの好みに近づけると思うんですが、あと二回ですしね……」
みんなが悩んでいた、そのとき。
「……あっ!」
リンちゃんがポンと手をたたきます。
「そうじゃない! みんあの好きなものを並べたら、どれかみおちゃんが好きなものもあるかもしれないじゃない!」
「……まあ、道ノ崎さんの言う通りですけど、残念ながらチャンスは三回までですよ?」
読地租君が諭すように言いますが、リンちゃんは「そんなのわかってるわよ」と笑みを浮かべます。
「チャンスが一回なら、その一回を最大限使うってこと!」