21 リオンの策略! 決戦の日は、思ったより早くなりそうです!
『困難な壁であったとしても、乗り越えようと前へと進むあ。ああ素晴らしい。これにはオレも感動したよ』
魔物たちがさっと道の端により、深く頭を下げます。魔物たちの間を通ってやってきたのは、魔王リオンです。彼は格下の魔物どもには一切目もくれず、まっすぐ劉生君のもとに向かいます。
『いいしのべを手に入れて良かったじゃないか、時計塔ノ君よ。ああすまん。言い間違えた。お友達、だったか? はっはっは』
「嫌がらせをしに来ただけなら、さっさとどっか行ってくれない?」
優しい橙花ちゃんはどこへやら、みつる君や咲音ちゃんが怯えてしまうほどの殺気をむき出しにします。
『そのことだが、こちらから物申したいことがあってな。こうしてはるばる来てやったというわけだ』
「そんなことしてくれって頼んだっけ? いいから城に帰れ」
『せっかちだな。そんなお前には朗報になってしまうかもしれないが……。まあ、それならそれで仕方ない』
意地悪くニヤつき、軽く足踏みをします。すると、瞬きの間に風景がパッと変わりました。
「わあ!」「え!?」
そこは、劉生君たち三人にとっては先日行ったところ、みつる君二人にとっては初めて足を踏み入れる場所、マーマル城のパーティー会場です。いつの間にか瞬間移動していたのです。
目を真ん丸にさせて驚くみんなですが、橙花ちゃんは眉間にしわを寄せて魔王を睨みます、
「どういうことだ」
『その質問に答える前に、まずはお前らに弁論してもらおう』
魔王は動向を細め、劉生君とリンちゃん、それから吉人君を睨みます。
『お前ら、この国から出てどこにいってた』
リンちゃんが率先して答えます。
「あたしたちが住んでる世界よ。そこに行ってきたわ」
『元の世界……。ほう、では、そのガキ二人も元の世界から連れていた人間か。まあいい。どちらにしても、約束は破ったようなものだからな』
橙花ちゃんはみおちゃんを自分の方に抱き寄せ、杖を魔王に向けます。
「約束? そんなものした覚えはない」
『なんだ、お前まで記憶がなくなったか? オレはこういったはずだ。この国の中から食い物を探してこい、と。だが、お前らは外に出た。つまりルール違反だな』
「この国から出てはいけないとは言われてないはずだよ」
『そうやって言葉の尻を取るのはよせ。嫌われるぞ?」
「お前には言われたくない」
橙花ちゃんが否定した通り、魔王は『外に出てはいけない』とまでは名言しておりませんし、魔王だってこの発言をした当初はそんな制限をもう得る気なんてさらさらありませんでした。
では、どうして今頃こんなことを責めてきたのでしょう。
そんなこと決まっています。魔王は、子供たちに理不尽を敷いて、苦しんでいるさまを見たいから、こんな意地悪をしてくるのです。
性格の悪い魔王リオンは、これまた性格の悪そうな笑みを剥けます。
『ともかく、お前らには拒否権がない。本来なら速攻でゲームオーバーだったのだが、それでは面白くない。そこで、ペナルティをつけるだけにしてやろう。そうだなあ。そうだ、こうしよう』
まるで今考え付いたかのように振る舞いながら、前々から考えていた嫌がらせを発表しました。
『ゲームの開始時間は明日までだったな? だがしかし、オレも多忙で、お前らも忙しい。そこで、今この時をもって、ゲームの開始とさせていただこう』
「なっ!」
橙花ちゃんは絶句し、叫びます。
「約束が違うぞ!」
『それはそうだな。今、決めたんだから』
傍若無人な魔王の態度に、思わずリンちゃんは食って掛かります。
「どういうことよそれは!」「ちょ、道ノ崎さん!?」
慌てて吉人君がリンちゃんを止めに入ります。またリンちゃんだけが攻撃されるかと内心ひやひやしましたが、運よく魔王は機嫌がよかったので、馬鹿にするように鼻で笑うのみでした。
『文句を言おうとも、お前らには拒否権なんてない。降参するつもりがないのなら、ゲームに参加することだな」
リオンがふるりと尾を振ると、部下のイタチたちがするすると出てテーブルと子供用の小さな椅子を用意し、みおちゃんを座らせます。
『わざわざ食事を持って行っても面倒だろう? いえばオレサマが出してやる。さあ、はじめようか』
みおちゃんは困惑したように橙花ちゃんを見上げます。
「……蒼おねえちゃん……」
「……大丈夫。ボクが何とかするから、おとなしくしていてね」
「……うん」
彼女は心細げに頷きます。
橙花ちゃんはみおちゃんを元気づけようと微笑みます。しかしそれはどこかぎこちなく、表情は暗く沈んでしまっていました。
当然、彼女の思いに気づかぬ魔王ではありません。甘いショートケーキを食べる前のこどものように、ライオンは目を細めます。
『なんだ? もしかして降参か?』
「そんなこと、するわけない!」劉生君は叫びます。「橙花ちゃん、みんな、ひとまずやってみようよ!」
「……」
橙花ちゃんは、黙ってしまっています。いいえ、橙花ちゃんだけではありません。劉生君以外の子は口を閉ざしてしまっています。
もし一日分の時間があったら、また違ったイメージを描けたのでしょう。ですが、みおちゃんの重くつらい過去を知って、まだ何も対策を練れていないのです。
これでは、勝てるものも勝てません。
『ふむ。思った以上に絶望してるな。……これでは面白くない』
魔王は彼女たちをじっくりといたぶり、絶望の淵に叩き落したいのです。こんなに早く諦められては、やりがいがありません。
『そうだ。チャンスは一回きりにしようと思っていたが、特別に三回チャレンジできる権限を与えよう。どうだ? 少しはやる気を出せたか?』
「……本当にやる気出させたいなら、こんな無理難題吹っ掛けてこないでほしいわ」
リンちゃんが吐き捨てるように呟いた通り、チャンスが一度から三度に増えたところであまり意味はありません。吉人君はこう思いました。0にどんな数字をかけたとしても、0は0のままだと。
ですが、このままなにもせずにいても、状況は好転しません。
魔王の術中にはまった以上、彼らはゲームに参加することしかできないのです。
橙花ちゃんはこぶしを握り締めます。爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめ、力なく顔をあげます。
「……やってみよう、みんな」
もしそれで駄目だったら。
……橙花ちゃんは、そんなことさえも考えてしまうほどに、追い詰められていたのです。