17 新たな仲間、林君と鳥谷さん! ミラクルランドにいらっしゃい
そして、次の週、林君と鳥谷さんと約束した日になりました。コートを着ないと凍えてしまうくらい寒い日で、空にはたっぷりの白い雲が漂っています。
天気も悪く、気温もよろしくはないこの日に、吉人君も顔色悪くさせて項垂れていました。
「……どうして林君と鳥谷さんがいるんですか」
もちろん、吉人君は責めている口調です。しかしリンちゃんは元気よく、むしろ誇らしげに答えます。
「ふっふーん。あたしたちの秘策よ! 二人をミラクルランドについて行ってもらって、みおちゃんの好きな料理を一緒に考えてもらうの! どうよ。名案でしょ!」
「いやー……。僕はそうは思いませんよ……」
ミラクルランドがただ楽しいだけなら、吉人君も二人とあっちの世界に遊びに行くのを止はしません。ですが、いまのミラクルランドは魔王が占領するおそろしい場所です。
夢の世界とはいえ魔物に攻撃されたら普通に痛いですし、最悪の場合こちらの世界に帰れなくなってしまうおそれがあります。
吉人君やリンちゃん、それから劉生君は子供ながら覚悟を決めて、ミラクルランドで魔王退治をしています。そこに後悔はありませんし、むしろ誇らしく思っています。ですが、だからといって二人を巻き込むのはよくないことです。
ここは自分が止めなくてはなりません。損な役回りですが、やらねばなりません。吉人君は気合を入れて林君と鳥谷さんと向かい合います。
「お二人とも。相談があります。実は、」
「わかりました! いいですよ!」
「え?」
鳥谷さんが驚異的な察し能力で全てを理解したのでしょうか。いいえ違います。鳥谷さんは大きく勘違いしていました。
「わたくしたちを名前で呼びたいってことですよね! いいですよ!」
「……へ?」
目が点になる吉人君でしたが、劉生君は彼女のノリに乗ってしまいました。
「わかった! それじゃあ、林君のことはみつる君って呼ぶね。鳥谷さんは咲音ちゃんね!」
「ええ! よろしくお願いします!」
「よろしく!」
劉生君が二人の呼び方を変化させましたね。実は、この小説の地の文で誰かの名前を扱う場合には、劉生君の呼び方を採用しているのです。だから橙花ちゃんのことも蒼ちゃんと称していません。
というわけで。
地の文で二人の名前を呼ぶ際にも、林君のことはみつる君と、鳥谷さんは咲音ちゃんと表記させていただきます。よろしくお願いします。
劉生君と地の文はあっさり呼び方を変えられるものですが、吉人君はそうはいかないようです。特に、咲音ちゃんは吉人君がひそかに思う人ですので、しどろもどろになってしまいます。
「い、いや、そんな、名前で呼ぶなんて……」
「……ふふ、そうですか。なら、名字で呼んでいただいてかまいませんよ。吉人君がそっちの方がお好きなんですものね」
彼女は優しく微笑みます。吉人君、思わず胸がきゅんとします。
「と、と、と、友達から始めましょう!」
訳の分からない告白をしてしまうくらい、キュンキュンしていました。
「いいですわよ。でしたら、お友達になってから初めての遊びってことになりますね! 楽しみですね」
「ええ! 楽しみです!」
二人を帰す云々の思いは、ラブラブパワーでつぶされてしまいました。
リンちゃんは高らかに片手を天に突き立てます。
「それじゃあいくわよ、ミラクルランドへ!」
「「「おー!!」」」
一人、林君は首をかしげていました。
「……ミラクルランドってどこ?」
〇〇〇
魔王リオンとのゲーム
「ここどこ!!!????」
ここはミラクルランド、マーマル王国。犬や猫の魔物が闊歩し、美味しいご飯の香りがたちこめています。
賑やかな空気の中、林君はあんぐり口を開けています。
「なにこれ!!!???」
一方の咲音ちゃんは、素直に喜んでいます。
「わあ! 素敵なところですね! これ美味しそう! 食べてみてもいいですか」
「いいわよ!」
「わあい! もぐもぐ。おいしい! 林君! 一口どうですか!」
「……ここ、どちら……です……??」
リンちゃんは元気よく答えます。
「ここはミラクルランド! 奇跡の世界よ!」
「……ミラクル……ランド……」
全く理解できません。
ぽかんとするみつる君をみて、恋の熱にうなされていた吉人君はようやく気が付きました。
「そうでした!? 説明しますよっ!」
吉人君は周りの魔物に気づかれないように、つらつらと説明します。
ここはミラクルランド。彼らがいた世界とは違う世界、いわゆる異世界であること。
この世界は五人の魔王に侵略されていること。
魔王を倒さないと、子供たちが大変な目にあうこと。
だから自分たちが魔王を倒す旅をしていることを。
「今は二人目の魔王を倒しに行ってる最中ですね。ただ、ここの魔王は大変悪い奴でして、みおちゃんという名前の女の子に爆弾を仕掛けたんです。解除するにはみおちゃんの好きな食べ物を探さなくてはならないのですが、そもそも食べることが嫌いだったようで、困っていたんです」
「……そ、そう」
リンちゃんからそんな話を聞いていましたが、まさか真実だとは思いませんでした。みつる君は頷くことしかできません。ちなみに咲音ちゃんは「とんでもなくひどい人ですね!」とぷんぷんしていました。
「それで、何も考えずこちらに連れてきてから言うのもなんですが、今のミラクルランドは非常に危険です。僕らの世界に戻るのは難しいことではないので、もし帰りたいのでしたら遠慮なくいってくださいよ」
リンちゃんと劉生君は「ええ!?」とびっくりしていました。
「帰っちゃうの!?」「そうなの!?」
驚く二人に、吉人君は正論を突き付けます。
「それはそうですよ。僕らならともかく、ほかの人にあんな大変なことさせられませんって
!」
リンちゃんはハッとして顔をあげます。
「……いわれてみればそうねっ! ノリと根性で魔王退治してたからすっかり忘れてたけど、この旅って結構危険だったわ!」
「ノリと根性で魔王退治してたんですか!?」
「ごめんねミッツン! サッちゃん! 帰る!? 今すぐ蒼ちゃんに頼んでおこっか!? この世界って、帰ろうと思えば意外と帰れるからさ!」
しかし、咲音ちゃんはぶんぶんと首を横に振ります。
「皆さんだけにこんな大変なことさせるわけにはいきませんわ! わたくし、鳥谷咲音、みなさんのために頑張らせていただきます!」
「いいの? でも……」
「かまいませんよ! わたくしだって、少しは力になれるはずですから! ……ええ。力になれます。わたくしも、大人になったんですから」
咲音ちゃんは胸元で手をぎゅっと握りしめます。どうしてだかわかりませんが、最後の言葉は、自分に言い聞かせているようでした。
「……それでは、林さんはどうしましょうか」
「お、俺?」
みつる君はオロオロとみんなを見渡します。吉人君は心配そうに、リンちゃんは申し訳なさそうに彼を見つめています。きっと、ここで帰るといっても臆病者だとかなんだとかと虐めてはこないことでしょう。
みつる君は迷いながら、帰りたい、と言おうとしました。ですが彼がそう告げる前に、さっきから不思議そうにきょろきょろあたりを見渡していた劉生君が声をあげました。
「あっ! 橙花ちゃんとみおちゃんだ! おーい! 二人ともー!……あれ? 来ないなあ。おーい!!」
劉生君は駆けていき、二人の女の子を連れてきました。一人は小さな女の子です。初めて見るみつる君たちにおびえてか、もう一人の女の子のかげに隠れています。
そしてもう一人の女の子は、……なにやらおかしな女の子でした。ファンタジーで魔法使いが着ているような白いローブを身にまとっていましたし、手には杖を持っています。
なによりおかしな点は、頭の上に鹿の角が生えていたことでしょう。鹿の角と言ったら二本ですが、なぜか一本だけです。ちなみに普通の角ではなく、青い光でできた角でした。
みつる君と咲音ちゃんが穴のあくほど角を見つめていると、彼女は気まずそうに頬をかきました。
「あはは。やっぱり気になるよね。まあ、うん。気にしないでね。えっと、君たちは劉生君たちの友達かな?」
みつる君たちが答える前に、劉生君がうきうきで友達を紹介します。
「林みつる君と、鳥谷咲音ちゃんだよ。みつる君はね、すっごく料理上手で優しいの。咲音ちゃんは生き物に優しい女の子だよ。料理は……ま、まあ、うん。独創的だよ」
今度はみつる君たちに紹介をします。
「この子は橙花ちゃん! 優しくて、強いんだよ。チャームポイントはね、鹿の角!」
橙花ちゃんはにこりと微笑みます。
「こんにちは。蒼井橙花です。ボクのことは蒼ってよんでね。橙花って呼ばないでほしいな。強制はしないけど、蒼って呼んでほしいな! できれば劉生君も蒼って呼んでくれると嬉しいな!」
「それで、この子はみおちゃんだよ」
劉生君、華麗なスルーです。橙花ちゃんはムッとむくれましたが、むろんそれに気づく劉生君ではありません。満面の笑みでみおちゃんのことを話し始めました。
「折り紙が得意なんだよ。ねえ、みおちゃん!」
「……うん、みお、折り紙得意だよ」
「あれみせていい? お馬さんの折り紙」
みおちゃんが頷いたので、劉生君はごそごそとポケットから馬の折り紙を取り出しました。
「ほら、みてみて」
咲音ちゃんが受け取り、「へえ、丁寧に作っていますね」と感嘆のため息をつきます。みつる君も折り紙を眺めて、こんな小さい子が作ったとは思えないなとびっくりしました。
二人の素直な感動が伝わったのでしょう。みおちゃんは警戒を少し緩めて、えっへんと胸を張ります。
「みお、折り紙得意だもん! なんでも折れるんだよ!」
「すごいですね! わたくしなんて、ツルを折ろうとしたら飛行機になっちゃいましたよ!」
「なんでそうなるの? 変なの」
「わたくしもよく分からないんですよね。なんででしょう?」
「みおが教えてあげようか?」
「本当ですか! ありがとうございます!」
劉生君が「僕も僕も!」といって二人の輪の中に入りました。リンちゃんと吉人君はほのぼのと劉生君たち三人を眺めます。
「サッちゃんが来てくれたおかげで、平和っぽい雰囲気が増してきたわね」
「ですねえ」
温かい目で見ているリンちゃんに、こっそりとみつる君が耳打ちします。
「……ねえ、鐘沢っちと道ノ崎っちが言ってた、爆弾をつけられた子ってあのこのこと?」