16 冗談のような本当のお話&クッキング! 実は僕らは救世主!
せっせせせっとまな板やフライパンの準備をして、手をしっかり洗います。棚からボウルを出し、劉生君は歌を歌います
「クッキング―クッキング―! クークークッキング! フレンチトーストってどうやって作るの?」
「まずはパンを四分の一に切るよ」
林君は手早くパンを切っていきます。劉生君もチャレンジしましたが、どうもうまく切れず、断面がガタガタになりました。
「あれ? この包丁切れないよ」
「リューリュー。切り方がちょっと違うのよ」リンちゃんは包丁を握る劉生君の手を取ります。
「包丁はね、こう、引くときに切るのよ。あとこっちの手は猫の手にしなきゃ駄目よ。危ないんだから」
「はーい!」
いつも通りリンちゃんと劉生君がわきゃわきゃとやっていると、林君は複雑そうに二人を見ていました。
「う、うーん。注意すべきか、しないべきか……。こう、完全にイチャイチャしてるなら絶対止めるけど、どちらかというと親子っぽいしなあ」
ぶつぶつ言いながら、パットに卵を入れます。劉生君とリンちゃんを気にしすぎてしまったからでしょう。鳥谷さんが「わたくしは野菜のスープを作りますね!」といいながら、ピーマンの種も抜かず鍋にぶちこんでいましたが、全く見ていませんでした。
「やっぱりリンちゃんはお料理上手だね! 僕のママも、リンちゃんはいいお嫁さんになるっていってたよ!」
「お、お嫁さんなんて、あたしは無理無理。男勝りだし!」
「確かにそうだね!」
ここで二人の会話は一旦途切れました。林君は、そこは否定するべきでしょ!? 何言ってるの赤野っちは! と、戦々恐々としていました。もちろん、鳥谷さんが「皮も栄養満点ですし、いれちゃいましょ!」といってニンジンを皮ごと突っ込んだことは気が付きません。
「……ほんと、リューリューったら上げて落とすわよね」
「え? そう?」
「ええ本当に! それで、林君。このパンをそっちに持っていけばいいんでしょ」
「う、うん。そうそう。こっちにくれる?」
「はーい!」
リンちゃんのパンを受け取り、パットに作った卵液に浸します。
「本当は一晩寝かせたいんだけど時間がないからね。少しつけておいて、その間にスープでも作ろ」
そのとき。林君は気づきました。
鳥谷さんが「味付けといったらこれですわよね!」といいながら、ケチャップとマヨネーズを入れていることを。
「お、お、お、オーロラソース!!!???」
「あら、林さん! どうですか。わたくしの斬新なスープ!」
「スープにオーロラソース!?」
「ふふっ、一口食べてみてください! 多分火が通っていますよ」
林君は鍋の中をのぞいてみました。
……どうみたって火は取っていません。というか、通るわけないです。食材をまるまる入れているのですから……。
「……俺としたことが! 咲音っちのこと注意してなかった!」
林君の横からリンちゃんが鍋を見て、思わず眉を顰めます。
「……料理クラブの伝統的調理法?」
「……違う。違うよ。咲音っち独特の調理法……」
「……」
リンちゃんは悲惨な鍋を見て、嬉しそうにニコニコする鳥谷さんをみて、地獄のような鍋を見て、それから林君の方を見ます。
「……ねえ、ミッツン。あたしとリューリュー、ちょっと用事ある気がするから、数十分席外してもいい?」
「大丈夫大丈夫。ここは俺がなんとかするからさ」
「できるのこれ」
至極当然の質問に、林君は苦笑しながら頷きます。
「まあ、うん……。いつもこんな感じだから」
そこから林君の突貫工事が始まります。水は捨て、野菜は取り出して皮をむき、小さいサイズに切っていきます。レタスやジャガイモを加えてことこと煮込みます。
スープを煮込んでる間に、ウインナーをいため、サラダ用の野菜を刻みます。なんとドレッシングもお手製しています。チーズやマヨネーズなどなどをいれてかき混ぜます。リンちゃんは側にいってまじまじと眺めます。
「へーちょっと味見していい?」「いいよ」
ぺろりと舐めて、リンちゃんは顔をほころばせます。
「わあ美味しい! うちのチビたちが好きそう」
「道ノ崎っちは料理得意なんだ」
「いやー。どうかしら。やらなきゃいけないからやってるだけかな」
「……そっか。小さい子なら、こっちのほうが栄養満点でいいかも」
「ああー。こっちもいいわね」
二人は仲良く料理の話で盛り上がっています。劉生君はもちろんのこと、鳥谷さんも蚊帳の外です。劉生君はキョトンとしていましたが、鳥谷さんはそそそっと劉生君に近づき、耳打ちします。
「あの二人、いい感じですね!」
「いい感じ? いい感じって、どんな感じ?」
「恋ですわよ恋」
「魚の?」
「そっちではありません。ラブの方です」
「ら、ラブ……?」
ラブとは、それすなわち、恋やら愛やら、夫婦の仲やらのことです。
「……つまり、林君とリンちゃんは結婚するってこと?」
「もしかしたらそうかもしれません! 結婚式には呼んでほしいですね」
鳥谷さんがキャッキャとはしゃぐその横で、劉生君は目を真ん丸にして二人を見つめます。
確かに、鳥谷さんのい追う通りなんだかいい感じがしなくもありません。林君も優しいでうし、リンちゃんもとっても優しいですので、うまくやっていけそうな気がします。
二人の子供も、可愛いくて優しい性格になるでしょう。
劉生君は思いました。二人の子どもができたら、僕が一緒に遊んであげよう! と。もしかしたら小さい頃から『勇気戦隊 ドラゴンジャー』を見せてあげたら、はまってくれるかもしれません。
新たなファンの誕生を夢見て、劉生君は嬉しくなりました。
「楽しみだね、鳥谷さん!」
「ええ! そうですね!」
二人でニコニコしていると、リンちゃんがちょっと不機嫌そうにこちらにやってきました。
「ちょっとリューリュー。サッちゃんに話しかけてないで、作業手伝いなさい」
「あ、ごめん。それじゃあ、お手伝いしようか。ね、鳥谷さん」
「ええ! わたくしの腕を存分に発揮いたしますわ!」
「……っと、サッちゃんは……。お、お皿を用意してもらえる?」
「わかりました!」
鳥谷さんは軽く敬礼をすると、棚のお皿を吟味し始めます。理由はよく分かりませんが、リンちゃんと林君はホッとしているようです。理由は本当に分かりませんが……。
一方の劉生君は調理のお手伝いに入ります。といっても、もう料理は佳境のようで、手伝うことと言ったらフライパンでフレンチトーストを焼くことでしした。リンちゃんと林君に焼き加減を確認してもらいつつ、わくわくしてパンをお皿に移します。
卵をまとったパンはふんわりとしていて、耳まで柔らかくなっています。表面はほんのりと焦げ目がついていて、とても美味しそうです。
早く食べたい気持ちを抑えて、スープと野菜をよそいます。食べる前にしっかりと手を洗い、椅子に座ります。
「それじゃあ、いただきまーす!」
「「「いただきます!!」」」
まずはスープから。劉生君はあまり野菜が好きではありませんが、丁寧に煮込んでいるおかげで苦みもなく柔らかく、いくらでも食べれます。外の寒さもあいまって、体がぽかぽかです。
今度はフレンチトーストです。ナイフの使い方を鳥谷さんに教えてもらいながらパンを切り分け、フォークにさしてパクリと食べます。
「ん! おいしい」
卵の優しい味に、砂糖のほのかな甘みが合わさっていて、とてもおいしいです。こっちもいくらでも食べれます。
リンちゃんもぺろりと食べて、満足そうにお茶をすすります。
「うんうん、おいしい! 平日は無理だけど、休日の朝なら作ってあげてもいいかも」
林君もスープを飲みながら頷きます。
「そうだねえ。日曜日の朝ならいいかもしれないね。前日の夜からパンをつけておいたら、もっと味がしみておいしくなるよ」
「今度やってみようかな」
二人はとても仲良くおしゃべりしているのを見ていると、劉生君の心はぽかぽかしてきます。
「……リューリュー。あたしたちのことを生暖かい目で見るんじゃない」
「あっ、ばれちゃった?」
「そりゃそうよ。だてに幼馴染やってないんだから」
「うー……。さすがリンちゃん……」
「でしょ?」
リンちゃんは鼻高々、劉生君は照れています。
二人を眺め、林君はこう思いました。……何をいちゃいちゃしてるんだろうこの二人は、と。
林君にとって、調理室は自分の城のようなものです。どこのコンロが使い勝手が悪いか、何番の包丁は切れ味が良いかもわかります。正直言って、先生よりもここの部屋を知り尽くしてます。
緊張しっぱなしの学校で、調理室だけは彼の居場所だったのです。
だがしかし、今の林君は居心地が悪いと頭を抱えていました。どうして彼らはこんなところでラブラブしているのでしょうか。そう考えていたら、ふと、二人が何か自分に聞きたかったことがあったことを思い出しました。
「そういえば、俺に聞きたいことがあるんだったっけ? いま聞こうか?」
「あー、そうだったわ! どうせならサッちゃんも聞いてくれる?」
ごほんと一咳して、リンちゃんは真剣なまなざしで二人を射貫きます。
「実はね……。あたしたち、世界中の子供を救う旅をしているの」
「……へ?」「わあ! すばらしいです!」
林君はキョトンとして、鳥屋さんは目を輝かせています。
「それでね、知り合いの子がね、魔王に爆弾をつけられちゃったの」
「……爆弾??」「それは大変ですね……」
「爆弾を解除するためには、その子の好きな料理を考えなくちゃいけないってわけ」
「……なんで……?」「なるほど、それで林さんの出番ってわけですね!」
「そういうこと。けど、その子は食べること自体が嫌いみたいでね、なかなか好きなものを探せないの。ねえ、ミッツン。なにかいい料理ないかな?」
「林さん。何か思いつきませんか」
「ちょ、ちょっと待って」
林君は必死に考えました。
リンちゃんと、(おそらく劉生君や吉人君も?)は、世界中の子供を救う旅をしているようです。
しかし、『旅』というのは比喩表現でしょう。本当に旅をしているなら学校に来れるわけがありません。おそらくは一駅二駅先にいって、世界中の子供を助ける活動、つまり、何らかの慈善活動をしているのでしょう。
この活動をしているときに、ある子供と知り合ったのでしょう。その子は栄養失調ぎみでごはんを食べないと体調が悪くなってしまうのです。これをリンちゃんは爆弾と例えていたのでしょう。
その子に栄養を取ってもらうため、口に合うものを探さなければならない。しかし、好みが全く分からない。そういうことだろう。
林君の脳内整理は終わりました。
「そうだね……。うん、わかった。俺も協力する」
「ほんと!」
「けど、その子のことを知らないで好きな料理を当てるのはちょっと難しいかな。できれば、俺もその子にあってみてもいい?」
「いいわよ!」リンちゃんはあっさりと答えます。
鳥谷さんが「わたくしも行きたいです!」と言うと、これもあっさり「いいわよ!」と承知しました。来週の何曜日にどこそこの公園前に集合とつげ、その話は終わりとなりました。