15 料理クラブに侵入いたします! エプロンをつけて、レッツクッキング!
中休みが終わるぎりぎりまで、みっちりと説教されてしまいました。ようやく解放されて図書室から出れたときには、もう三人ともくたくたでした。
「……もー説教タイム長い……。やになっちゃう」「あんなに怒ることではありませんよ……」「うう……」
沈んでしまった三人に、扉の前で待っていた林くんはおそるおそる声をかけます。
「えっと……。大丈夫?」
「……まあ……」
「それで、さっきいってたことってなに? ごはんが嫌いな人でもうんぬんかんぬんっていってたよね」
「そうなのよ。なんかこう、ない? いい案」
リンちゃんの投げやりな問いかけに、林君は戸惑ってしまいます。
「えっと、もう少し詳しく教えてほしいな。そうしたら君たちの力になれるかもしれないし」
「あら、そうね。実はあたしたちね」
説明し始めようとしましたが、吉人君が待ったをかけました。
「中休みもそろそろ終わってしまうことですし、その話はあとでしましょう」
「そういえばもうそんな時間か。それじゃ、昼休み……は、あたしの補修があるから無理ね。なら放課後に話しましょ」
「……あー、放課後かあ……」
林君は頭をかきます。
「クラブ活動があってさ。その後なら話せるんだけど」
「クラブ?」リンちゃんは近くにあったカレンダーを見ます。「でも、今日は木曜日だよ。クラブは火曜日じゃなかった?」
劉生君たちが通う小学校はクラブ活動が活発で、十個以上のクラブがあります。しかしどのクラブでも四年生以上の生徒しか入れず、活動できる曜日は火曜日の放課後と決まっているはずです。
「そうなんだけどね。来週の火曜日は調理室使えないみたいでさ。特別に今日貸してくれることになったんだ。だから活動が終わってからでもいい?」
「いいわよ! 二人はどう?」
もちろん、毎日暇している劉生君は全然問題ありません。しかし吉人君は渋い表情を浮かべます。
「……今日は家庭教師が来る日ですので、遅くまでいられないんです」「
「あー、そうよねえ。そんなきはしてたわ」
相変わらず吉人君の親御さんは勉強熱心なようです。受験までまだまだ二年もあるのに、もうお受験モードです。吉人君は少し疲れたようにため息をつきます。
「……すみません。本当は勉強をしている場合ではないんでしょうが」
「そんな気落ちしなくていいわよ。あたしたちがなんとかするから。ねー、リューリュー!」
「うん! 僕に任せれば百人力!」「あたしに任せれば百人力!」
「「二人合わせて二百人力!!」」
「本当にお二人でなんとかなるんですかね……」
吉人君、なんだか自信がなくなってきました。吉人君はついつい「林くん、お願いしますね」と頼んでしまいました。
林君は訳も分からず、「う、うん」と頷きました。
不安は残りますが、ようやく解決の糸口を見つけられたような気がします。劉生君とリンちゃんはわくわくしながら授業を流し、給食をかきこみ、お昼寝して先生に怒られ、放課後を迎えます。
同じクラスの子が賑やかに帰宅する中、劉生君とリンちゃんは調理室に向かいます。
リンちゃんは嬉しそうに鼻歌を歌います。
「クラブ、クラブ、クククラブー! 火曜日以外にクラブって変な感じするわね、リューリュー」
「うーん。どうだろう? 僕の入ってる読書クラブはいまいちクラブって感じしないからなあ」
「あ、そうだったね。リューリューのクラブは本当に緩いからね」
読書クラブ。
またの名を、ひたすら漫画を読む会。
本来は明治時代の作家やら芥川賞の作家やらの書籍を読むクラブでしたが、担当の先生はとても緩く、「まあ文字書いてあるならええやろ」と雑に指導してくれるのです。そのおかげで、劉生君は『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のコミカライズ版を読みまくっています。家でのんびりしているのと同じような感覚です。
ちなみにリンちゃんは前も説明した通り、陸上クラブに入っています。読書クラブのようなゆるふわクラブではありません。担当の先生へビシバシと指導されながら、真面目に頑張って汗を流しています。
一言でクラブといっても、ここまでの違いがあります。果たして料理クラブは読書クラブ系か陸上クラブ系か、ドキドキものです。
ぺちゃくちゃとお喋りしながら歩いていると、調理室の前まで来ました。リンちゃんは軽くノックをして扉を開きます。
「失礼しまーす。ミッツンいる?」
「ああ、道ノ崎っち。いらっしゃい」
グレーのおしゃれなエプロンを着た林くんが二人を出迎えてくれました。無地の三角巾をきちんと身に着けています。小学校四年生ながら、ラーメン屋の店主のような雰囲気を漂わせています。中華鍋をふってそうです。
「どうもー! ってあれ?」リンちゃんは首を傾げます。「ミッツン以外の生徒は? いないの?」
「ああ。活動日がいつもと違うせいか人の集まりが悪くてね。参加者は二人だけなんだ」
「ええ? そんなのっていいの?」
「うちは緩いからねえ」
そもそもクラブは強制ではありません。吉人君は勉強が忙しいのでクラブに出ておりませんし、クラブに登録している子もその日の気分で欠席できます。リンちゃんのクラブが異常なまでに厳しいだけで、他のクラブは結構適当なのです。
適当なクラブ筆頭、読書クラブに入っている劉生君は「うちのクラブも顧問の先生がサボってお昼寝してるときある―」とカミングアウトしました。林君、「それは緩すぎるね」と苦笑しました。
そんなときです。
「あら、みなさん! お久しぶりです」
のんびりとした声が、劉生君とリンちゃんの背後から聞こえました。振り返ると、そこには鳥谷咲音さんがいました。
「あれ? サッちゃん! 料理クラブだったの?」
「ええそうですよ!」
彼女はニコニコと微笑みます。フリルつきの桃色のエプロンに、クリーム色の三角巾と、非常に可愛らしい恰好をしています。
ここに吉人君がいたらそれこそ鼻の下を伸ばして喜んでいたことでしょう。女の子のリンちゃんでさえ、目を輝かせて素直に褒めます。
「可愛いわねそのエプロン!」
「本当ですか! ありがとうございます。ところで、お二人はエプロン持ってきていないんですか」
「へ? 持ってきてないけど」
「あら! そうなんですか! ならわたくしのお洋服をお貸ししますよ!」
「え? ちょ、勘違いしてない!?」
リンちゃんたちは見学に来たわけでも、ましてや体験しにきたわけでもありません。ひとまず林君に挨拶しにきただけです。
というのに、鳥谷さんは聞く耳持たず、林君の制止も聞かず、リンちゃんと劉生君にてきぱきとエプロンを着せます。
「よし、これで完璧ですわ!」
リンちゃんにはタンポポ柄のエプロンを身にまとっています。可愛すぎず、かといって地味過ぎない可愛いエプロンです。
「わあ、いいわね。あたしこういうの好き!」
一方、劉生君は悲しみにくれました。
「なんでハートっ!」
劉生君には大きなハートがついたとっても可愛いエプロンを着せてもらいました。項垂れる劉生君に、リンちゃんはニヤニヤします。
「似合ってるわよ、リューリュー」
鳥谷さんもふんわり微笑みます。
「とってもお似合いです! 赤野さん!」
「うう……」
劉生君、しょんぼりしますが、こういう扱いには慣れています。すぐに立ち直ります。
「それでそれで、今日は何を作るの?」
林君は苦笑しながら答えます。
「今日は人も少ないから、簡単な朝ご飯メニューを作ろうと思ってたんだよね。赤野っちは何か食べたいものある?」
「カレーライスが食べたいなあ」
「いやーカレーはちょっと……」
「え?! どうして? カレーは朝ご飯に入らないの!?」
「入るかもしれないけど、簡単な朝ご飯メニューには当てはまらないよ」
今度は女子二人に振ることにします。
「咲音っちと道ノ崎っちは何食べたい?」
「わたくしはペペロンチーノがいいですわ!」「あたしはプリンかなあ」
「……」
林君は察しました。こりゃ自分で考えるしかないなと。
「それじゃあ、フレンチトーストを作ろっか。それなら簡単にできるからさ」
というわけで、メニューが決まりました。