11 魔王リオン登場! 恋愛には鈍感! 殺意には敏感!
「あそこまで蒼さんがお膳立てしたのに、どうしてこんな結末になるんでしょうかね」
「う、うう……。わかんないよ……」
吉人君の冷たい視線に、劉生君はむせび泣きます。少し遠く離れたところで、橙花ちゃんがリンちゃんを慰めます。
「リンちゃんは可愛いって! モルモットよりかわいいよ! 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花だよ」
「しゃくやくってなによ……」
「……な、なんだろう。薬かな?」
ちなみに芍薬はお花の名前です。先ほど橙花ちゃんが言った「立てば芍薬、座れば」云々はこみおざの一つで、平たく言うと「YOUめっちゃ美人!」という意味です。残念ながらリンちゃんにはうまく伝わらなかったようですが。
「……別にいいし。ってか、あたしったらなんであんなこと聞いたのかしら。リューリューはあたしの幼なじみで、それ以上でもそれ以外でもないんだから」
「……」
寂しそうなリンちゃんを見て、橙花ちゃんは何か思い当たったのでしょう。彼女の肩を抱き、優しい口調で言います。
「……リンちゃん。ボクはね、劉生君とリンちゃんはただの幼なじみじゃないって思うよ」
お? と、吉人君は聞き耳を立てます。今まで吉人君が言いづらかったリンちゃんの想いを突きつけるのでしょうか。目を好奇心でキラキラさせて二人のやり取りをくまなく見ていました。
……ですが。
「二人はただの幼なじみじゃない。とっても大切な大親友なんだって、ボクは分かるよ。君と吉人君や、劉生君と吉人君たちみたいにね」
鈍感な橙花ちゃんは全く気付かず、なんか良さげなことを口にしています。吉人君、思わずずっこけます。
「鈍感! 鈍感ですね!?」
「へ? どんかん? な、なにが?」
「鈍感ったら鈍感ですよっ!」
吉人君はため息をつきます。
「全く……。伊藤君が可愛そうですよ」
「友之助君が? かわいそう? ど、どうして?」
「どうしても、です」
吉人君ったら、橙花ちゃんに教えてあげるつもりはないようです。こういうのは自分で気付いた方がいいぞ? と思いながら、ずっとニコニコしています。橙花ちゃんはムッとして頬を膨らませます。
「吉人君の意地悪……」
「ふふっ、すみませんでした」
謝る気のない吉人君の言葉に、さらに橙花ちゃんは頬をぷくりと膨らませます。
そんなときです。みおちゃんが不思議そうに首を傾げます。
「ねえ、蒼おねえちゃん」
「ん? どうしたんだい?」
「この眼鏡のおにいちゃんが、友之助君っていってたでしょ?」
「うん、そうだね」
「友之助君って、誰なの?」
「……え?」
嘘をついているようにも、冗談をいっているようにも思えません。みおちゃんは本心で言っています。
「あの泣き虫おにいちゃんの名前なの?」
「……みおちゃん。友之助君のことは忘れているの?」
「? 知らない人だよ。蒼ちゃんのお友達?」
「……」
みおちゃんは友之助君のことを知っているはずです。劉生君たちも、友之助君が寂しそうにみおちゃんのことを喋っていたのを思い出しました。
吉人君は困惑して橙花ちゃんを見つめます。
「どういうことでしょうか。蒼さんのことは覚えていて、友之助君のことは覚えていないなんて」
リンちゃんが小首を傾げます。
「もしかして、蒼ちゃんのことだけ記憶を消し忘れたとか?」
しかし、橙花ちゃんは首を横に振ります。
「いや。そんなことはありえない。大樹の魔王ならともかく、ここの魔王がそんな凡ミスをするわけがない。だから、きっと何らかの意図があってこうしたんだと」
最後まで言い終わる前に、突然、ライトが消え、ある一か所がライトアップされました。先ほど劉生君たちが踊っていた、会場の真ん中です。
『えー皆さま! 本日はお集まりいただきましてありがとうございます! 前置きはさておき、我らが国王陛下のお登場です!』
高らかにラッパが鳴り、魔物たちが歓声を上げます。光で照らされた道を、一匹のライオンが堂々たる面持ちで歩いてきました。
劉生君は、隣にいる橙花ちゃんにこそっと耳打ちします。
「あれが、マーマル王国の王様、魔王リオンなの?」
「……うん」
「やっぱりそうなんだ!」
劉生君は目をキラキラさせて魔王を見つめていました。橙花ちゃんには申し訳ありませんが、魔王リオンは少年心をくすぐるかっこよさを持っていました。
たてがみは一本一本が細長い金のように輝き、目は傲慢な光に満ちて並々ならぬ自信を宿していました。その目で見つめられたら、ついつい首を垂れてしまうに違いありません。
魔王は会場の中央まで行くと、周りの魔物を見渡し、ひしゃげた声で語りだした。
『諸君。今日はよく来てくれた。こんなにも集ってくれるとは、オレサマも嬉しい誤算だ』
魔物たちがキャーキャーと黄色い悲鳴を上げます。魔王はさも当然のように尻尾を一振りしました。そんな仕草も威厳を感じてしまいます。さすがお城の王様です。フィッシュアイランドの魔王とは大違いです。
劉生君もついついかっこいいなあと見ほれていました。
すると、魔王はふと顔を上げました。
瞬間、劉生君はどきりとしました。
この暗闇ですし、魔物も多くいる中、劉生君の姿は向こうから分からないはずです。しかし、魔王は劉生君を見ていた気がしたのです。
固まる劉生君を、魔王はゆったりと目を細めます。
そのときです。
「劉生君、危ない!」
橙花ちゃんが劉生君の手を引きました。あまりに急でしたので、劉生君はすっころびます。
「わあ!」
劉生君は叫びます。橙花ちゃんのせいだけではありません。頬に痛みが走ったのです。なぞると、何かにひっかかれたような傷ができていたのです。
『……ふん、残念』魔王は面白くなさそうに鼻を鳴らします。『もういいぞ。灯りをつけよ』
ぱちん、と音を立ててあかりがつきました。まぶしさに慣れていないからか、目の前がちかちします。しかしそんなことを気にしている暇は彼らにありませんでした。
「え?」
吉人君が辺りを見渡し、ぽかんとします。
四人を囲むように魔物が取り囲んでいました。小さい魔物も、大きい魔物も、みな一様に武器を構え、劉生君たちに突きつけていたのです。
「な、なによこれ!」リンちゃんが声を上げ、橙花ちゃんを振り返ります。ですが、彼女はそれどころではありません。
「あれ? みおちゃん、みおちゃんはどこ!?」
その場にいるのは劉生君たち三人と橙花ちゃんだけです。小さな背丈の少女はどこにもいません。
『時計塔ノ君よ。お前の探し物はこれか?』
ハッと声の方を見ると、巨大なライオンが劉生君たちの直ぐ近くにいました。彼は一人の女の子をくわえています。気絶しているようで、ぶらりと足をたらしています。