10 クルっと回ってダンスダンスダンス! 素直なことは、いいことですか?
「橙花ちゃん橙花ちゃん!」
びっくりして目を瞬かせる橙花ちゃんに、劉生君は耳打ちします。
「ごにょごにょごにょ、なんだけど。いいかな」
「えっと」橙花ちゃんは戸惑います。「それはまたどうしてそんなことを?」
「それはね、ごにょごにょごにょ、ってことなんだけど……」
「……そっか」
橙花ちゃんは少し考えるそぶりを見せますが、直ぐに頷きます。
「うん、分かった。協力するよ」
「ありがとう!」
劉生君はバタバタと走ると、リンちゃんのもとに駆け寄ります。
「リンちゃん!」
「こらリューリュー。あんまりバタバタ走り回ったらこけちゃ」
「いこ!」
「え、ちょ、」
びっくりするリンちゃんを、問答無用で橙花ちゃんのもとに連れていきました。
「橙花ちゃん、お願い」
「うん。いくよ、」
「ちょっと待ってよ。何の話よ」
橙花ちゃんはウインクをします。
「ボクからのプレゼント。受け取ってね。えい!」
杖を一振りすると、リンちゃんの体が青い光で包まれました。光はきらきらと瞬いて、ふっと消えました。
「ボクにしては上出来かな。リンちゃんはどう思う?」
もう一度杖を一振りして、姿見を召喚します。リンちゃんは鏡に目をやると、ぽかんと口を開けました。
鏡に映るリンちゃんは、それはそれは可愛らしい黄色のドレスを身にまとっていました。ウエスト部分にはお花の飾りがこしらえており、ふんわりとしたスカートは動くたびにキラキラと光輝いています。靴は純白のヒールに変わっていて、頭には蝶々の髪飾りがついています。
まるで別人のような変貌に呆然としていると、橙花ちゃんは自信なさげに尋ねてきます。
「もしかして……。いまいちだった?」
「いや、そうじゃないけど……」
むしろ、すごく可愛いです。黄色は大好きですし、ドレスだってリンちゃんの憧れでした。こんなことをリンちゃんは誰にも言いませんが、絵本やアニメのようなお姫様には憧れを持っていたのです。
しかし、こうとも思いました。こんなに可愛らしい服は自分には似合わない。それこそ橙花ちゃんならぴったりかもしれませんが、自分なんて以ての外だと思ってしまったのです。
「……どうしてこんなことしたのよ」
攻めるような口調で言うと、劉生君がはいはいっと手をあげました。
「僕が頼んだんだ! リンちゃんが踊りたそうにしてたから」
「なっ、そ、そんなこと思ってないわよ!」
「ふふん。僕は分かるよ。なんだって、僕はリンちゃんのことが大好きなんだもん! リンちゃんの考えてることは分かっちゃうんだもん!」
どうだ! すごいだろう! と言いたげに劉生君は胸を張ります。
「……」
なぜか黙ってしまったリンちゃんの手を、劉生君はぎゅっと握りしめます。
「それじゃあ、一緒に踊ろう!」
優しく手を引くと、リンちゃんは一歩、また一歩と足を踏み出します。あっというまに会場の真ん中にたどり着くと、二人は舞いはじめます。
二人ともダンスのイロハなんてものは分かりません。ですが、清らかなヴァイオリンの音色を聞いていると自然にステップが踏めていますし、ピアノの優美な音を感じると自然に体が動いてくれます。
「……すごい。あたし、踊れてるっ!」
「僕も踊れてるよ! さすが、奇跡の国だね」
勢いで前に出たはいいものの、運動神経の悪い劉生君は踊れるかどうかビビっていました。しかし、その心配は無用のようです。劉生君はホッとしてため息をつきました。
そんな劉生君の姿は、いつもの弱虫な彼に戻っていました。それでようやく調子を戻したのでしょう。リンちゃんは綻びそうな表情を引き締めて、不満げに唇を突き出します。
「にしても、リューリュー。ちょっと強引すぎよ。あたしが踊りたくないって言ったらどうするつもりだったのよ」
「え!? もしかして本当は踊りたくなかったの?」
「……そうじゃないけど……」
「……あっ、そうだ!」
劉生君、突然大声を上げます。ちょうど体をくっつけるダンスの途中だったので、リンちゃんは顔をしかめます。
「耳元でうるさいわよ。どうしたの?」
怒られてしまったので、劉生君は小さな声で囁きます。
「リンちゃん」
「なに?」
今度はちょっと小さすぎます。ほんと融通聞かないんだからと苦笑しながら顔を上げると、彼はニッコリと微笑んで、
「すごく可愛いよ」
そう言いました。
「……なっ」
「うんうん。橙花ちゃんにお願いしたんだ。リンちゃんは黄色くてふわふわでキラキラな服が似合うから用意してくれる? って。さすが橙花ちゃんだよね。もしかして将来の夢はドレス職人なのかな?」
リンちゃんは口をパクパクさせて、顔を真っ赤にしています。
「……? どうしたの、リンちゃん。顔真っ赤だよ。もしかして熱?」
額を触ろうとする劉生君でしたが、リンちゃんが弾かれたように後ろに下がります。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。うん」
「……ん?」
空気を読んで音楽がやみました。当の本人、劉生君は演奏終わっちゃったのかな? とびっくりしていましたが、リンちゃんはそれどころではありません。
「……っと。えーっと。そのー……。ま、前から気になってたんだけどさ」
「うん」
「……リューリューってさ。あたしのこと、……ど、どう思ったりするの……?」
「リンちゃんのこと? 好きだよ!」
「……あたしも好きだけどさ。……どれくらい好きなの? いや、どれくらいっていうより、どんな種類っていうか、なんていうか……」
「うーん。どれくらい……」
劉生君は頑張って考えて、そして、こう答えました。
「『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』に出てくるモルモットちゃんくらい好きだよ!」
「……」
リンちゃんは言葉を失いました。そして、顔を真っ赤にします。やっぱり熱でしょうか。確認しようと腕を伸ばしたそのととき。
「リューリューのばか!!!!!」
思いっきりびんたされてしまいました。