9 舞踏会と、みおちゃん登場!? 囚われていないように見えますが?
「あう……」
劉生君はうめき声を上げます。動物たちにもみくちゃにされ、げっそりと疲れてしまいました。幸運にも四人は迷子にならず、会場の入り口付近に退避できたようです。四人にけがはありません。
むしろ、リンちゃんは楽しそうにキャッキャと笑っていました。
「楽しかったね! 蒼ちゃん!」
「あはは……。そうだね……」
苦笑しつつ、橙花ちゃんは周囲を注意深く警戒しています。
会場に入った動物たちは、料理をつついたり装飾に目を奪われたりと、純粋にパーティーとやらを楽しんでいるようでした。
……しかし。
橙花ちゃんは気付いていました。彼女たちを監視するような視線がまみおりついていることに。ここに彼女たちを押し込めたのも偶然ではなく、魔王の策略であることに。
そうとは知らない劉生君たちは、素直にパーティー会場を眺めて感嘆していました。
リンちゃんは料理を見て、「おいしそう」と目を輝かせます。吉人君の方は背伸びをして「見てくださいよ」と二人に呼びかけます。
劉生君も頑張って背伸びすると、優雅な音楽に合わせて魔物たちや子供たちがくるくると踊っていました。会場の真ん中はダンスの場となっているようです。
吉人君は物珍しそうに眺めます。
「中世ヨーロッパみたいですね。あまり歴史は得意ではありませんが、実際の舞踏会もこのような感じだったのでしょうか」
「ヨッシーったら、気にするとこそこなのね」リンちゃんは呆れます。「もう少しこう、アニメみたい! とか、そういうのないの?」
「僕はあまり……。そういう道ノ崎さんはどうですか? 道ノ崎さんも一応女の子ですし、ドレスを着て踊りたい、みたいなことを考えそうですが」
「一応って何よ。けどま、何も思わないわよ。あたしはそういう女の子らしいとこないんだから」
リンちゃんはコロコロと笑います。
「それよりも、魔王退治よ。ねえ蒼ちゃん。こっからどうするの?」
「ん? あ、ああ」
橙花ちゃんは顔を上げると、ちょっと申し訳なさそうに頬をかきます。
「ごめん、何の話だった?」
「これからどう魔王退治する? って話だったんだけど……。どうかしたの? 具合でも悪い?」
心配そうに橙花ちゃんの額をペタペタ触っていると、橙花ちゃんはあたふたと両手を振ります。
「いやいや、違う、違うよ。ちょっと考え事してただけ。えっと、魔王退治だよね? そうだな……。ボク一人のときは適当に城を荒らして、魔王が出てきたら少し手合わせしてから子供連れて逃げてたからな……。どうしよっか。今から暴れる?」
「暴れないわよ」
リンちゃんも吉人君もやれやれと言いたげに否定します。
「蒼さんって、敵に対しては本当に容赦ないですよね」
「……そうかな?」
そこまで自覚はしていないようで、蒼ちゃんはキョトンとします。
「それが駄目だとしたら……。そうだな。このパーティーがどういうものなのかは分からないけど、魔王が出てきそうなら彼を奇襲するか罠にかけるか考えようか」
「蒼さん蒼さん。そういうところですよ」
「え? ……何が?」
ひとまず、魔王が行動を起こすまで待機のようです。それならご飯を少し食べてみよう、と劉生君がテーブルの上の料理をチェックします。
さすがお菓子の城なだけあって、料理はお菓子ばかりです。しかし、なぜだか偏りがあります。色とりどりのシャーベットやソフトクリームなどなど、アイスばかりが並んでいるのです。
そういえば、マーマル城で一番大きな塔はアイスの塔でした。もしかしてと思って辺りを見渡すと、輝くシャンデリアからヒラヒラと風にたなびくカーテンも、全てアイスで出来ていました。どうやらここはアイスの塔のようです。
「……」
……ここはお菓子の城。ということは、壁やテーブル、地面までもお菓子で出来ているはずです。では、そこにある窓も食べられるはずです。
かじってみたらどんな味がするんでしょうか?
色はクリーム色ですので、バニラアイスなのかもしれません。
いや、ミルクアイスの可能性もあります。変わり種の可能性も考えると、クリームチーズ味のアイスかもしれません。
劉生君の興味はふつふつと膨れ上がります。
そろそろと窓に近づきます。周りに誰もいないことを確認してから、おそるおそる口を開けました。
「そこのおにいちゃん!」
「わあ!?」
急に怒鳴られて、劉生君はびっくりしました。あまりにびっくりして、尻もちついてしまいました。
「いったあ……」
打ちどころが悪く、劉生君は涙目になってしまいました。
「そんなことで泣いてるの? おにいちゃん、泣き虫だね。泣き虫おにいちゃんだ」
呆れたように仁王立ちするのは、ツインテールの髪にくりくりとした瞳の可愛らしい女の子です。小学校一年生でしょうか? 劉生君たちよりもずっと低い背丈です。
「ぼ、僕は泣き虫じゃないもん。劉生って名前だもん」
「ふうん……。それでさ、泣き虫おにいちゃん。窓に近づくのは危ないんだよ。ちょっと顔出したくらいだったら大丈夫なんだけど、うっかり窓から落ちちゃったら風に流されちゃって危ないんだよ」
「あー、そういえば、マーマル王国の空は風がすごいんだっけ」
だから、折り紙の馬に乗ってマーマル王国に来たのです。
「うん。お城の周りはそうでもないから、窓開けるくらいなら大丈夫なんだって」
「へえ、そうなんだ。教えてくれてありがとうね。えーっと、君の名前はなに?」
「みおだよ。松本みお!」
「……みおちゃん?」
どこかで聞いたことがある名前です。
もしかして……!
「ねえ、君ってこの馬の折り紙作った子だよね!」
意気揚々と折り紙をみせますが、劉生君はすぐに自分の失態に気づきました。
「ってあっ、そっか! 覚えてないか。ごめんね、みおちゃん」
彼女の首元には、他の子と同じように五角形の印がついています。きっと、友之助君のように記憶を改竄されているのでしょう。
慌てて謝った劉生君ですが、みおちゃんは不思議そうに劉生君を見上げました。
「それ、みおが蒼おねえちゃんにあげた折り紙だよ? どうして泣き虫おにいちゃんが持ってるの?」「橙花ちゃんに貸してもらったんだけど……」
劉生君はぴたりと固まります。みおちゃんに問いかける前に、リンちゃんたちがこちらに来てくれました。
「いた! リューリューったら、勝手にどっかいっちゃ駄目でしょ! あら? その子は誰?」
一緒に探しにきてくれた橙花ちゃんが驚きの声をあげました。
「み、みおちゃん!?」
「あっ! 蒼おねえちゃん!! 蒼おねえちゃんだ!!」
みおちゃんは橙花ちゃんの胸に飛び込みました。橙花ちゃんは嬉しさ半分、戸惑い半分で、女の子の頭を優しく撫でます。
「みおちゃん、ボクのこと覚えてるの?」
「うん! みお、蒼おねえちゃんのこと大好きだもん!」
「……ボクも、みおちゃんのこと大好きだよ」
そういいながらも、橙花ちゃんの頭はこんがらがっていました。
なぜ、みおちゃんは記憶を保持しているのでしょうか?
魔王リオンが記憶をいじっていないのでしょうか。
……いえ、それは違います。そうだったら、マーマル王国にいた他の子たちだって、橙花ちゃんのことを覚えているはずです。
それなら人為的なミスで、みおちゃんにだけ記憶の改竄ができなかったのかもしれません。
……魔王リオンの性格から考えると、そんなミスを犯しそうもありませんが……。
橙花ちゃんがぐるぐると悩んでいると、照明がわずかに暗くありました。
「……?」
敵襲かと身を固くさせますが、どうやら違うようです。続いてゆったりとした音楽が流れはじめると、会場の中心で動物たちや子供たちが手を取り合って踊り始めました。
「へえ、ダンスですか」吉人君は興味深そうに眺めます。
踊ってる動物たちは綺麗な毛並みの子ばかりですし、人間の子も綺麗なドレスを身にまとい、羽ばたく蝶のようにクルクル踊っています。
見る人が見れば、まるで映画の陽だとうっとりするところでしょうが、正直なところ劉生君はあんまり興味がありません。それよりもテーブルの上に並んでいるアイスの方が気になります。
ちょっとだけみんなから離れて取りに行こうと一瞬考えましたが、先ほどリンちゃんに「勝手にどっか行っちゃだめ」だと怒られたばかりです。
それなら、ひとまず近くにいたリンちゃんに声をかけてから行こうと、劉生君は片手をあげました。
ですが、劉生君の手は空を掴みます。
リンちゃんは物思いにふけるように、ぼーっとある方向を見つめていました。リンちゃんの視線を追うと、楽しそうに踊る子どもたちの姿がありました。
「……リンちゃん」
劉生君が小さな声で話し掛けると、リンちゃんはすぐに切り替えて笑顔になります。
「なに? あ、分かった。何か食べに行きたいんでしょ。リューリューの考えてることなんて何だってわかるんだから」
「……」
「……? どうかしたの」
「……リンちゃん!」
突然、リンちゃんの肩に手を置きます。
「ちょっと待ってて!」
「え?」
ぽかんとするリンちゃんを置いて、劉生君は橙花ちゃんと吉人君の話に割って入りました。