7 美味しいごはんのにおいが沢山たくさん! いろいろ食べてみましょう!
目の前に広がる光景に、リンちゃんは爛々と目を輝かせました。
「わあ! すごい! 屋台がいっぱい!」
真っすぐ伸びる石畳の道には、たくさんの屋台が並んでいました。どのお店も食べ物を扱っていて、美味しそうな香りと音が広がっています。
大きな鍋にカレーを煮込んでいるお店もありますし、巨大な鉄板で大きなハンバーグをジュージュー焼いているお店もあります。
あるお店では、小さな紙コップの中にこれでもかとフライドポテトを入れて、売り込みをしていました。『揚げたてフライドポテト、おひとついかが!』笑顔を振りまくのは、小さなリスの店主さんです。
しゅうまい屋店主のクマさんも間延びした宣伝をします。『えびシューマイはどうだいー? おにくのシューマイもあるよー』
オムレツ屋さんの店主さんは、三匹の陽気なレッサーパンダさんです。『オムレツといったらチーズでしょ! チーズオムはいかが!』『いやいや、ひき肉オムレツこそ真においしいハンバーグ! ひき肉オムレツはいかが!』『プレーンこそ王道! プレーンオムレツはいかが!』
店主たちの呼び込みに、道行く子供たちが興味を示して近づいていきます。中にはハンバーグを受け取って、美味しそうにほおばる子もいます。
一見和やかな風景。ですが、ここは魔王の根城です。
接客をしている店主も、普通の動物ではありません。赤黒いオーラを背負っていますし、目は真っ赤っ赤、身体のどこかに黄色の線で描かれた五角形が浮かび上がっています。
談笑しながらご飯を食べる子どもたちだって、首元を見てみると黄色の五角形が描かれています。魔王の支配下に置かれている証拠です。
きっとあの子たちは記憶を改ざんされ、囚われの身であることを忘れさせられているのでしょう。
橙花ちゃんは無意識に子供たちの顔を一人ひとり確認します。橙花ちゃんの知り合いの子も何人かいましたが、彼女のことを気づく気配もありませんし、こちらに近づいてもくれません。
「……」
分かっていたことですが、橙花ちゃんの表情が暗くなります。
けれど、フィッシュアイランドのときのように「自分一人が頑張らないと」なんてことは考えていません。
だって、今の彼女は一人で抱え込む必要はないのです。劉生君や吉人君、リンちゃんたちに頼ることができるようになったのですから。
橙花ちゃんはぎゅっとこぶしを握り締め、仲間たちの方を振り返りました。
「……みんな。絶対に、魔王を倒そうねってちょっと!?」
なんと、三人がバラバラに動きだしているではないですか。
「三人とも!! 待って!」
慌てて三人をかき集めます。
「何してるの!? 個人行動は危ないって!」
必死の橙花ちゃんですが、三人の眼は興奮でキラキラと輝いています。
「蒼ちゃん! あそこに美味しそうなカレーパンがあるよ!」「蒼さん、あの木にシュークリームがたわわに実っていますよ! ひとつ食べましょう!」「橙花ちゃん! お寿司! お寿司!」
「……」
もしかして、前回の戦いから成長したのは自分だけだったのでしょうか。橙花ちゃんったら、そんなことさえ思ってしまいました。
「……三人とも。せめて集団で行動しよ……」
「大丈夫よ! わかってる分かってる!」
そんなことをいうリンちゃんですが、目はちらちらと周りの食べ物たちに向けています。
「ええ! 分かっています」
吉人君もちらちら甘いものを見ています。
「おっすしおっすし!」
劉生君ったら、美味しそうにかっぱ巻きを食べてます。
「……」
橙花ちゃんは死んだような目で三人を眺め、ため息をつきました。
「……これからの予定だけど、真っすぐマーマル城に向かう感じでいいかな」
「え、」
リンちゃんはオロオロします。
「そ、そのー。そうよ! ここは敵地視察と行きましょう!!」
吉人君も大きく頷きます。
「天の時は地の利にしかず、ですよ!」
「……デジャブを感じる」
橙花ちゃんは苦笑します。
「……こっちの道を通ればすぐにマーマル城の第一城門へ行けるけど、ちょっと遠回りしようか」
橙花ちゃんの提案に、三人は歓声を上げて喜びます。
「やった! じゃあさっそくあそこのカレーを食べましょ!」「どら焼きもいいですね」「僕はたまごのお寿司がいいなあ」
先にいこうとする三人をささっと止めます。
「それじゃあ、ボクの後についてきてね」
気分は引率の先生です。ですが、橙花ちゃんはまんざらでもない顔をしています。
自由で能天気な三人ですが、彼らが明るく照らしてくれるおかげで、橙花ちゃんは憎しみの感情に心を支配されることはありません。冷静にかつ慎重に魔王を倒す作戦を練り上げることができるのです。
ついつい橙花ちゃんの表情も緩んでしまいます。魔王の陣地内では見せない笑みです。年頃の女の子のような笑みです。
そんな彼女の映像が、飴細工のシャンデリアが輝く謁見室に備えられたモニターに映し出されていました。
『ほう、珍しいものだ』
ふわふわマシュマロの座布団に身を沈め、魔王リオンは尻尾を一振りする。
『時計塔ノ君があんな顔をするなんてな。よっぽど信頼しているようだ』
それにしても、と、魔王リオンはじっと気弱そうな男の子を観察します。見たところ普通の子供のようです。いや、普通の子供よりも臆病で御しやすそうな見た目をしています。
『……だが、軟弱そうなのは見た目だけだな』
魔王の目をもってすれば、一目で分かります。彼の力は他の子と桁違いです。それも、劉生君の魔力は普通とは毛色が違います。時計塔ノ君とも違う、別種の力です。
同じような力の持ち主を、魔王リオンは依然会ったことがあります。だらこそ、彼は不思議で仕方ないのです。
『……赤野劉生。なぜ貴様が奴の力を持っている?』
魔王リオンは瞳孔を縮めて目を細めます。彼の目の中で、劉生君は呑気にお寿司をほおばっていました。