5 女の子の友情と、彼女たちの夢! 一方の男子は……。
風を切り、馬は草原をかけていきます。馬の走る振動が直に伝わってきます。
リンちゃんはキャッキャとはしゃぎます。
「すごい! あたしが走らせてるのよね! わあ! ねえねえ、ジャンプとかできるの?」
「うん、出来るよ。馬にしっかりと願いを伝えてあげてね。そしたら馬が答えてくれるよ」
「よし、それじゃあいくよ。金ちゃん、スピード速めて!」
馬の金ちゃんは加速します。まるで宙に浮くような感覚に、リンちゃんは歓声を上げます。
「わあ! すごいすごい! あたし、馬に乗って走るの夢だったの!」
「ふふっ、そうなんだね」
「うん! それじゃあ次は……バク転! 金ちゃん、バク転!」
「え? バク転?」
ミラクルランドのお馬さんは、そんな無理な願いにも応えてくれました。
一歩大きく踏み出すと、馬は高く飛びました。
「わあああ!?」
橙花ちゃんは慌てて馬にしがみつきます。
見事馬はくるりと回転、そして軽やかに着地しました。
リンちゃんはおおはしゃぎです。
「すごーい!! さすが金ちゃん!!」
「……落ちるかと思った……」
橙花ちゃんの心臓はドキドキのバクバクです。
「あたし、馬にバク転してもらうの夢だったのよね! 本当は現実世界でやってみたかったけどねえ」
「リンちゃん。できない。普通の馬はできない」
「ようし、それじゃあ次は、後方伸身宙返り4回ひねりしてもら」
「リンちゃん!! 馬だからこそできることしようか!」
「えー。馬だからこそできることかあ。なんだろう。……うーん。思いつかないなあ。蒼ちゃん分かる?」
「……自分で言っておいてなんだけど、思いつかないな。馬は嫌いじゃないけど、詳しくは分からないからなあ」
「やっぱり空飛ぼ」
「分かった。考えてみるね」
橙花ちゃんは必死に考えこみますが、どうしても思いつきません。
「うーん。馬っていったら競馬だけど、二匹だけで勝負してもなあ……。あと馬っていったら騎馬戦……も二匹じゃ意味ないし、そもそもあれは馬でやらないし」
彼女が真剣な面持ちでぶつぶつと呟いていると、リンちゃんが小さく笑います。
「ふふっ、蒼ちゃんったら、そんな頑張って考えなくてもいいのに」
「けど、せっかくのリンちゃんの夢なんだし……」
「あたしの夢はいっぱいあるから問題なし! それよりも、蒼ちゃんよ蒼ちゃん。蒼ちゃんは何か夢とか、やりたいこととかないの?」
「ボクの夢?」
そんなこと聞いてくるとは思ってもみなかったのでしょう。橙花ちゃんはきょとんとしてしまいます。
「やりたいこと……。やりたいことか……。うーん、しいていえば、みんなの夢が叶えばいいな、って思ってるよ」
「わわっ、仏様みたいなこと言ってる! やっぱり蒼ちゃんって神様なんじゃない? 角生えてるし」
「いやいや、そんな。角は生えてるけど、それ以外は普通だよ」
「普通の子供はそんなこといわないって! 先生の前ならともかく!」
リンちゃんは呆れてしまいます。
「そこまで優しすぎると逆に心配になるわね。疲れちゃわないの?」
「うーん。特にそういうことはないかな」
「……まあ、蒼ちゃんは強いもんね……。あたしも蒼ちゃんみたいに強ければなあ」
リンちゃんの表情が陰ってしまいました。自分が傷つけてしまったと思ったのでしょう、橙花ちゃんは慌ててフォローを入れます。
「ボクはそこまででもないよ。リンちゃんの方が強いって」
「そんなことはないわよ。あたしは一人じゃ何もできないもん。……蒼ちゃんに、あたしの家の事情って話してたっけ?」
橙花ちゃんは首を横に振ります。
「あたしはね、五人姉弟の長女なんだ。ママは仕事で遅いから、代わりにあたしが赤ちゃんのお世話と家のことをしてるの」
「……育児と家事をやってるってこと?」橙花ちゃんは目を真ん丸にさせます。「そんなの、ボクにはできないよ」
「蒼ちゃんなら出来るわよ。一人で魔王たちから子供を守ってたんだから。あたしは全然できなくてね、色んな人に迷惑かけてるの。あたしが蒼ちゃんくらい強ければ、もっとうまくできるのになあ」
寂しげにリンちゃんは視線を落とします。悔しさと自分の不甲斐なさを押し殺すかのように、彼女はぎゅっと手綱を握りしめました。
彼女の手の上に、そっと橙花ちゃんの手が重なりました。
「……確かに、今まではそうだった。ボク一人で何でもしなくちゃって思ってた。けど、リンちゃんたちが怒ってくれたおかげで、自分が間違ってるってことに気づけたんだ」
みんなと力を合わせることで、今まで成し遂げられなかった魔王討伐を成功できたのです。
「だから、リンちゃんもみんなのことをもっと頼っても大丈夫。劉生君も吉人君も、リンちゃんのために頑張ってくれるはずだよ。なんだって、二人ともリンちゃんの大切な友達なんだから」
「……そうかな」
「うん! ……それに、」
橙花ちゃんは顔を赤らめて、小さな声で言います。
「……ボクだって、リンちゃんの力になれるから。……ボクもリンちゃんの友達……だからさ……」
「……蒼ちゃん……」
リンちゃんはくるりと振り返ると、橙花ちゃんの頭をなでなでしはじめました。
「え? なに?」橙花ちゃんはあたふたしますが、リンちゃんは嬉しそうに撫でまわしています。
「蒼ちゃんって、たまにすごくかわいいなって思うときあるわよねえ。もう、ぎゅっと抱きしめたい!」
「そんな、リンちゃんの方が可愛いよ」
「もっと自分に自信持ちなさいって。今の蒼ちゃんめっちゃ可愛いから。あたしの妹にしてあげたいくらい!」
「妹!? 妹なの!?」
「今なら特別に次女の枠をあげるわよ」
「あ、ありがとう……?」
もっと撫でたかったのですが、橙花ちゃんがあまりにオロオロしていたので止めてあげました。
「そうよねえ。蒼ちゃんに偉そうに説教しておきながら、自分は一人で頑張んなきゃいけないって思うなんておかしな話よね。まーそれでも、劉生君のお母さんにばっか迷惑かけるのは止めたいけどね」
リンちゃんは何か思いついたように手をポンッと叩きました。
「そうだ! なんなら、ミラクルランドに連れてきちゃうってのはいいかも。ご飯も遊ぶところもたくさんあるからね!」
橙花ちゃんは嬉しそうに目を輝かせます。ついでに鹿の角も青く輝きます。
「それがいいよ! 今は危ないけど、魔王退治が終わって魔物がいなくなったら、弟さんや妹さんも連れて遊びにおいでよ! 友之助君たちも喜ぶよ」
「蒼ちゃんも喜ぶ?」
「そりゃあ喜ぶよ。リンちゃんの妹ちゃんや弟くんに会ってみたいし」
「すっごく生意気よ。覚悟しておいてね」
「それじゃあ、今から心の準備をしておくね」
二人は顔を合わせ、ころころと笑いあいました。
和やかな雰囲気で、女子チームはのんびりと馬に乗って走っていきます。
一方そのころ、男子チームはというと……。
「吉人君! 吉人君!! 揺れてるよ!! 揺れてるよ!!」
「それはそうですよ。馬に乗ってるんですよ?」
「落ちちゃう! 落ちちゃうよ!!!」
「赤野君、耳元で騒がないでください」
「うわあああああああ!!」
劉生君は吉人君に力いっぱいしがみ付きます。
「ちょ、赤野君! 痛い! 痛い! やめてください!! ってああ、目の前に池が!」
「「うわああああああああ!!!」」
全身がずぶぬれになる中、吉人君はこう思いました。
……こうなるくらいなら、リンちゃんと一緒に乗った方が何十倍もよかったな、と。