3 突然の事故! 銃を扱うときは、周囲に人がいないことを確認してからにしましょう
ミディアムヘアの髪は黒く艶やかな色をしていて、目はぱっちりしています。背丈こそ劉生君たちと同じくらいですが、落ち着いた低めの声色に、足元まで伸びる白いローブを着こなしていて、なんだか大人っぽい雰囲気を醸し出しています。
ですが、そんな特徴を全てかき消す、とんでもなく目立つ特徴があります。
それは右側の頭から生える一本の鹿の角です。普通の鹿は左右二本の角があるものですが、彼女の場合は右側一本しかありません。バランスの悪さもさることながら、角自体が青く輝いていますので、夜道でも目立つ仕様になっています。
不思議な鹿角の女の子、蒼井橙花ちゃんはニコニコ嬉しそうにしています。
「劉生君は来てないの?」
「そこにいるわよ。それよりも、あの空! 五角形じゃなくなっているわよ! どうしてなの? まさか魔神の力が強くなってるってこと?」
リンちゃんはドキドキしながら空を指さしますが、橙花ちゃんは「ああ」といって軽快に笑います。
「違う違う。むしろ、弱まっているよ。あの五角形はね、角一つ一つに魔王の力がこもっているんだ。あそこの角がなくなっているのは、魔王ギョエイの力が失われたってだけだよ」
「なら、いいことなのね。けどなんで青色なの?」
「ボクの色だからかな? そこはいまいち分からないけど、ボクは思うんだ。きっと、あの五角形が全部青くなったら魔神の力が弱まって、子どもたちにかけられた呪いもとけるんだってね」
橙花ちゃんは嬉しそうに目を細めます。
「そっか。……それじゃあ、あたしたちが頑張らないとね!」
リンちゃんが声をかけると、吉人君もすぐに頷きます。
「ええ。僕たちに任せてください」
「うん、ありがとうね」
橙花ちゃんは恥ずかしそうに頬をかきます。
と、そのとき。どこからか高い電子音が聞こえてきました。驚いてあたりを見渡した、次の瞬間。
劉生君の胸が、レーザーによって貫かれたのです。
「……え……」
「りゅ、リューリュー!?」
「赤野君!」
胸をおさえ、劉生君は地面に倒れてしまいます。
「そ、そんな、どうして、二度も……」
なんと劉生君、胸を貫かれたのは初めてではありません。一週間ぶり二度目でした。
ここまで頻繁に胸を貫かれる小学校四年生は、日本中どこを探しても彼だけでしょう。二度あることは三度あると言いますし、もしかしたらもう一回あるのかもしれません。
ああ、できればもう二度と貫かれたくない。劉生君が涙を流していると、誰かの足音が聞こえてきました。
「あれ!? りゅ、劉生!? ごめん当たっちまったのか! 大丈夫か!」
「……だいじょうぶじゃない……」
劉生君が顔を上げると、ショートカットの男の子が立っていました。
彼の名前は伊藤友之助君です。小学校六年生ですので、劉生君たちよりも二つ年上です。普段は真面目で責任感ある、とても頼りになる男の子ですが、今はあたふたしてしまっています。
「だよな!? 思いっきり命中してたもんな!? 待ってろ。今、蒼を呼んでくるから」
「ボクならここにいるよ」
こんな状況だというのに、なぜか橙花ちゃんは呑気そうです。
「蒼! 劉生が、ビーム銃にやられて倒れちまったんだ!」
友之助君の焦りっぷりに、橙花ちゃんはくすりと笑います。
「そんな慌てなくても大丈夫。そのビーム銃は魔物や魔王にしか効かないから、劉生君に当たっても痛くもかゆくもないはずだ……よ……」
橙花ちゃんは、倒れた劉生君に視線を移し、固まります。
劉生君がビーム銃で撃たれた傷口から、どろっと、血のようなものが流れていたのです。
「……吉人君! 吉人君!!! 劉生君に回復呪文!!!」
「<ギュ=ニュー>!!」
吉人君の懸命な回復術により、劉生君は一命をとりとめました。
「うっ……。あり、がと、吉人、君……」
劉生君、言葉も絶え絶えです。リンちゃんは劉生君を抱え、キッと友之助君を睨みつけました。
「ちょっと! ムラの中で危なっかしいもん扱わないでくれる?!」
「ご、ごめん……。まさか誰かいるとは思わなくて……」
友之助君を守るように、橙花ちゃんがリンちゃんの前に出ます。
「待ってリンちゃん。ボクがいけないんだ。ビーム銃は人間にあたっても効果がないはずだから、ムラの中で使っても大丈夫って許可しちゃったから……」
「駄目だったじゃないの!」
「……本当は大丈夫のはずなんだけど……。ほら、君たちも見覚えあるだろ? この銃だよ」
橙花ちゃんが見せてくれた拳銃はブドウの形をした銃でした。どっからどうみても、おもちゃのような銃です。
リンちゃんと吉人君はこの銃に見覚えがありました。
「あら、これって、あたしたちが作ったアトラクションの銃じゃない」
劉生君たちは、フィッシュアイランドにて、子どもたちが楽しめるアトラクションを作っていました。橙花ちゃんが持っている銃はそのアトラクションで使っていたものです。
吉人君は銃を手に持ちます。
「確かに、これは僕らが作ったアトラクションの銃ですね。だったら蒼さんの言う通り、人を傷つけるようにはできていないはずですが……」
「……そういえばさ、前にもこんなことあったわよね」
リンちゃんが思い出そうとうんうん唸ります。
「えーっと、なんだっけ。時計塔の警報がなっただのなんだの。その時も、本当は魔物に反応するはずの時計塔が、リューリューに反応しちゃったんだよね」
「あーそんなことありましたね。もしかして、赤野君ってこの世界から魔物扱いされてます?」
吉人君から尋ねられ、橙花ちゃんは困ったように肩をすくめます。
「そんなはずはないんだけど、偶然が二度もあるはずがないものね……。ちょっとこっちで調べてみる。劉生君も変なことがあったら、ボクに言ってね」
吉人君のおかげで完治した劉生君、小首を傾げます。
「変な事かあ。うーん……」
劉生君が思いついたのは、彼が初めてミラクルランドに来た時、エレベーターの姿見に映っていた赤黒い人影でした。
あれはどう考えても変な事です。橙花ちゃんに伝えた方がいいかもしれません。
けれど、劉生君は彼女に告げるのを止めてしまいました。どうしてだか分かりませんが、劉生君の心の中で『止めた方がいい』と言われた気がしたからです。