27 ミラクルランドの真実(?)と、新たな魔王!
翌日の朝、劉生君とリンちゃんは吉人君をとっ捕まえました。
「ヨッシー! ヨッシー! 聞きたいことがあるの! ちょっといい!?」
「別にいいですが、その前に問題です。反セイの『セイ』とは、どう書くでしょうか」
「ふっふーん。そんなの楽しょうよ。『少』の下に、『力』でしょ!」
「それは劣るですね。赤野君は何だと思います?」
「えーっと、『少』に……。『進』の右側!」
「それは雀ですね。……どうして皆さん、『省』よりも難しい漢字をポンポンだすんですか?」
朝の挨拶が終わったところで、劉生君とリンちゃんは友之助君のことを伝えました。
「友之助君が眠り病にかかっていた? それは本当なんですか」
「あたしもリューリューも見たんだから、間違いないわよ。具合が悪い日が続いたけど、最近はよくなってるっていってたわ」
「……本当に、本当なんですね」
リンちゃんと劉生君は同時に頷きます。嘘をついている様子はありません。
「そう、ですか。友之助君が眠り病に……」
「けどさ、ヨッシー。友之助君はミラクルランドにいたでしょ? なのにどうしてこっちの世界で眠り病にかかってるのかしら。あたしたち二人で考えてみたけど、全然意味が分からないのよ。ねっ、リューリュー?」
劉生君はこくこくと頷きます。
「最初は、ミラクルランドに行っちゃったら眠り病にかかるのかな? って思ったけど、僕たちは普通だもの。違うよね」
「そうそう。そこまで考えて、なんかもう無理だなってあきらめたのよ。頭脳派ヨッシーはどう思う?」
「……頭脳派というより、考える努力をしているか否かの問題ですよね」
ちくちくと嫌味をつぶやきつつ、吉人君は頭をフル回転させます。
ぐるんぐるんと考えを練りに練って練りまくること、数分。
リンちゃんがペン回しの練習をはじめ、劉生君がうっつらうっつら寝てしまいそうになっていたときです。
「そうか、もしかして……っ!」
突然、吉人君が立ち上がりました。その衝撃で、リンちゃんのペンははじけ飛び、劉生君のおでこに直撃しました。
「いたたたた……」「ちょ、リューリュー大丈夫!? ってか、あたしのペンどこ飛んでったの?」「分かりましたよ! 眠り病とミラクルランドの関連性が!」
右往左往する彼らの前で、吉人君は晴れ晴れとした笑顔をします。
「ずばり、眠り病にかかってしまう子は、ミラクルランドで呪いにかかっている子なんですよ!」「おでこ痛い……」「痛いの痛いのとんでけー! これで解決ね! それで、あたしのペンはどこいったのよ」
「つまり、七時間寝てしまう呪いです。ミラクルランドとこちらの世界では時間の流れが違います。ですので、向こうでは七時間寝ていることになっていますが、こちらの世界では何十時間、いや、何日も寝ていることになっているのではありませんか! そう思うでしょ! 道ノ崎さん!」
「あったあった! いやあ、意外と近くにあるものね。これぞいわゆる、東大生もともと暮らしってやつね」
「灯台下暗し!!! 僕の話を聞いてくださいよ!」
「あれ? 何話してたんだっけ」
「眠り病とミラクルランドの話です!」
吉人君はプンプン怒りつつ、もう一度説明してくれました。
吉人君の『呪いにかかった子供たち=眠り病にかかった子』説に、リンちゃんと劉生君は納得しました。
「はあーなるほど。ヨッシーさすがね! そんな感じするわ」
「吉人君の言う通り、僕らは呪いにかかってないもんね」
確か、呪いにかかる条件は、あちらに長くいすぎてしまうことでした。
劉生君たちはちまちまこちらの世界に帰ってきているので、呪いにかかっていないのでしょう。
吉人君は得意げに胸を張ります。
「それともう一つ、僕の考えをお聞きしてもらいましょう。魔王が子供たちを捕らえる理由についてです。これは僕の予想になってしまいますが、もしかして、魔王に囚われた子供たちは眠り病の進行が早くなるのではないでしょうか」
「……というと?」
劉生君が首を傾げます。
「先ほど、道ノ崎さんがおっしゃっていましたよね? 『友之助君は具合が悪い日が続いていましたが、最近はよくなってきている』、と」
「いったけど……。それがどうしたの?」
リンちゃんも首を傾げます。
「具合が悪かった期間がいつなのかは把握できませんが、こうは考えられませんか? 魔王に囚われていた時、具合が悪くなっていた、と」
「ああ、なるほど! 魔王は眠り病を悪化させるために子どもたちを捕まえてるってことね!」
リンちゃんはポンッと手を叩きます。ですが、劉生君はなおも首を傾げています。
「けど、魔王はどうしてそんなことをするのかな?」
「おそらく、現実世界で亡くなった子はミラクルランドから出れないのではないでしょうか。子どもたちをあそこに留めるために、こちらの世界で病気を悪化させているのだと思います」
「……そっか。吉人君がそういうならそうなんだろうね。……それだと橙花ちゃんもこっちの世界で眠り病にかかってるのかな?」
吉人君は頷きます。
「ええ。そうだと思います。これも僕の推論ですが、おそらく彼女は眠り病とミラクルランドの関係について全て知っているのではないですか。ですけど、それを言ってしまったら僕らが怖がると思って、秘密にしているんですよ」
「それじゃあ、橙花ちゃんにもう秘密にしなくていいよって言っておかないとね!」
劉生君がきらきらとした笑顔でいいますが、吉人君は首を横に振ります。
「いえ、止めておいた方がいいでしょう。万一、蒼さんが眠り病のことを知らなかったとき、彼女がショックを受けてしまいかねませんし」
「え? でも、橙花ちゃんは全部知ってるんじゃないの?」
「そうとは限りませんよ。僕が想像しただけですから。十中八九知っているでしょうが、全く知らない可能性も考慮した行動もするべきですから」
「そうなの? 分かった。そうしてみる」
さすが吉人君です。劉生君にはよく分かりませんが、彼の言っていることはなんだか正しそうな気がします。
やっぱり吉人君は頼りになる子です。
そう思っていたときです。劉生君はふと、あることを思い出します。
それは、魔王ギョエイに不意打ちされたときの思い出です。あの時、劉生君は魔王ギョエイ曰く過去の世界に行きました。
その世界について橙花ちゃんに聞こう聞こうと考えていたのですが、バタバタしていて聞き忘れていたのです。
また今度、機会があれば尋ねてみようと考えていたのですが、もしかしたら、吉人君なら何か分かるかもしれません。
劉生君が吉人君に質問をしようと口を開きました。
ですが、ちょうどいいタイミングでチャイムがなってしまいました。みんながバタバタと席に戻っていきます。
「ほら、リューリュー。先生来ちゃうわよ。早く席に座った方がいいよ!」
「う、うん」
結局、聞きたいことは聞けず、劉生君は自分の席に戻っていきました。
〇〇〇
ここは、ミラクルランド、子どもたちのムラ。
フィッシュアイランドから帰ってきた子供たちと、ムラに残っていた子供たちが、互いの無事を喜び合っていました。
歓声とうれし涙を流す彼らを、橙花ちゃんはこれまた嬉しそうに眺めていました。
「……全員を救い出せたなんて、奇跡でしかなかったよ」
今までも橙花ちゃん一人で魔王と戦ったことはありました。
ですが、相性がいい魔王ギョエイに対しても、良くて五分五分の引き分け、最悪の場合ボロボロになりながら、ほんのわずかな子供たちを連れ帰っていたのです。
それを思うと、今の状況はまるで夢か何かだと思ってしまいます。
目を細めて彼らを眺めていると、子どもたちの輪の中から、友之助君が抜け出してきました。
「蒼。みんなと喋らないのか?」
「うーん。今はみんなを見てる方がいいかな」
「……そっか」
友之助君は橙花ちゃんの隣に座ります。
「なあ、蒼。その、今度は魔王リオンを倒しに行くんだろ?」
「うん、そうだね。劉生君たちの都合がつき次第、向かう予定だよ」
「……俺も一緒に行ってもいいか? 俺だって、蒼の役に立ちたいし。それに、守られてばっかじゃ嫌だからな」
友之助君はちょっと気まずそうに頭をぽりぽりと掻きます。
「……友之助君……」
橙花ちゃんは一瞬考え、そして、首を横に振った。
「ごめん。友之助君を連れてはいけない」
「……そっか。そりゃそうだよな」
友之助君は大きく伸びをします。
「なんだって、劉生たちは俺なんかよりも強いからな。……こんな弱い俺じゃ、蒼を守れないよな」
「……そんなことはないよ。君とこうやって話をしてるだけで、ずいぶん気が楽になるからさ」
「……うー。……けど、俺も、蒼と一緒に戦いてえなあ」
「……」
彼の願いなら、叶えてあげたいと橙花ちゃんは思っていましたし、今だってかなり心苦しい気持ちでいっぱいでした。
けれど、どうしても友之助君を連れていくことはできません。
魔力の問題もありますが、一番の問題は彼が魔神の呪いにかかってしまっていることです。もし魔物との戦闘中に呪いが発動し、眠ってしまったら、友之助君の命が危険にさらされます。
橙花ちゃんも橙花ちゃんで魔神の呪いにはかかっていますが、鹿の角が生えるほどの魔力のおかげで、いくらか調整することはできます。
友之助君も全く調整できないわけではありませんが、だからといって本気の睡魔に襲われたらあっけなく眠りについてしまうことでしょう。
それを考えると、どうしても彼のお願いを叶えることができないのです。
できないのですが、このままだと友之助君があまりにも可哀そうな気がします。
「……」
橙花ちゃんは劉生君たちから教えてもらった、ある言葉を思い出します。
『知恵を出して、力を合わせれば、どんなことでも出来る』
だから、橙花ちゃんは意を決して友之助君に尋ねました。
「ねえ、友之助君。ボクが劉生君たちと魔王を討伐しに行くときにさ、何か心配事ってあるかな」
「へ? 心配事? う、うーん。なんだろう。ムラに魔物が来たらちょっと怖いな」
「あー、そうだね、うん」
橙花ちゃんと劉生君たちがフィッシュアイランドへ行ったときは、時計塔の力を解放することによって、子どもたちを魔物の脅威から守っていました。
時計塔の力が及ぶ範囲はかなり狭いのが難点ですが、そのときは子供たちが眠りにつかされてしまっていましたので、支障はありませんでした。
しかし、今は魔王ギョエイの力から解放され、ムラで寝ていた子供たちも目を覚ましています。
それ自体は喜ばしいことですが、そうなると子どもたちにこうお願いしなくてはなりません。
時計塔のすぐ近くにいてね。絶対に、一歩も動いてはいけないよ、と。
ただ、まだ小学校低学年の子もおおくいる中、何もせずひたすらそこで待っててほしいとお願いするのは酷でしょう。
「……」
橙花ちゃんは、ある考えを思いつきました。
きっと、昔の橙花ちゃんだったら、すぐに選択肢から外していた考えだったのでしょう。
ですが、今の橙花ちゃんは違います。
「ねえ、友之助君。もし、君がよければだけどさ、ボクがいない間にこのムラを守っておいてくれないかな」
「おう、分かった」
なんと、友之助君は迷いなく頷きました。
あまりにもきっぱりと言い切ったので、逆に橙花ちゃんがあたふたしました。
「友之助君、そんな気軽に答えてはいけないよっ。このムラを守るっていうことは、魔物が襲ってきたときでも君が矢面に立たなくてはならないって意味なんだよ。君が傷ついてしまうかもしれない。だから、もう少し考えて、」
「子ども扱いするなって。それくらい分かってるよ。俺はずっと蒼の後ろ姿を見てきたんだからさ。俺らのために戦って、傷ついて、なんでもないよっていって笑ってた、お前の姿をな」
友之助君は、小さく笑います。
「本当は蒼のすぐそばで支えてやりたい。けど、それが無理なら、せめてお前が帰ってくる場所を守りたい。確かに力はミソッカスかもしれねえけど、この思いだけは、劉生にも、蒼にも負けねえつもりだ」
「……友之助君……」
橙花ちゃんは、知らなかったのだ。彼がこんなにもムラのことを、自分のことを思いやっていたことを。
そんな彼を、彼女は庇護対象としか扱ってきていませんでした。きっと、劉生君たちが指摘してくれなかったら、今までもそうしてしまっていたことでしょう。
「……ありがとう、友之助君」
彼女はふんわりと微笑みます。
「無理はしちゃ駄目だよ。……頼りにしてるからね」
「……おう」
友之助君は照れたようにそっぽを向きます。
ムラは子供達の笑い声が響きあい、穏やかな時間がながれていきます。幸せそうな彼らを、三時の時計塔はじっと静かに見つめていました。
◯◯◯
ここは、マーマル王国。
甘い香りがただようお城の、謁見室にて、なん十匹もの動物が横一列に並んでいました。
そのうちの一匹であるイタチは、細長い体をぴんと伸ばしています。
『城主様! ご報告です! フィッシュアイランドの王、ギョエイが倒されたとのことです!』
玉座に座る一匹のライオンは、イタチをひと睨みしました。
『そんなことわかっている。オレサマに必要な情報は、誰が、どのように倒したか、だ。さっさと報告しろ』
鋭い爪を見せびらかすと、動物たちは怯えたように尻尾を丸めます。
それでも誰かが報告しなければなりません。仕方なく、地面にべったりと這いつくばるアザラシが、低空姿勢で切り出します。
『大変申し訳ありません、陛下。魔王ギョエイを倒したのは、四名の子供達でございます。一人は、例の娘、時計塔ノ君、あとの三名は最近ミラクルランドに姿を見せるようになった子供と聞いております』
『ほう、仲間をつれて魔王退治か。奴らしくない。だが、所詮他の子供は戦力にならなかったのだろう?』
鼻をならす魔王にたいし、小さいくせにおそれを知らないネズミが堂々と否定します。
『いやいや、それが違うみたいっすよ! なんと、魔王ギョエイに止めをさしたのは、赤野劉生っていう男の子みたいっす』
『……なに? そのガキがギョエイをやったのか』
『左様っす!!』
魔王は暫し考えた後、てきぱきと指示を出す。
『そうだな。作戦はオレサマが考えておこう。お前らは時計塔ノ君と行動を共にするこどもたちに関して早急に調査せよ。特に、赤野劉生については入念な探りをいれるように』
『承知しました、陛下!』
動物たちはそれぞれの持ち場へと速やかに戻っていった。
『……あの魔王ギョエイを倒した小僧、赤野劉生か』
魔王リオンはにやりと笑います。
『暇潰し程度にはちょうどいいか。ふっふっふ……。楽しみにしておくといい、時計塔ノ君。オレサマたちを完膚までに裏切った罪、償ってもらおうか』
魔王リオンのその瞳は、ギラギラとどうもうな光を帯びていました。