25 衝撃の事実! テレビに映る男の子、彼の名は……。
わすれがーたきーふるさとー。
高らかにチャイムが『故郷』を奏でている頃、劉生君は家の扉を開けていました。
「ただいまーっ!」
「あら、おかえりなさい。今日は早かったわね」
パートから戻ってきたお母さんは、料理を作っていました。
香辛料の香りに、お肉が焼ける匂いがします。
劉生君は目を輝かせます。
「もしかして、今日のご飯ってハンバーグカレー!?」
「ええそうよ」
「やったー!! ハンバーグカレー! ハンバーグカレー!」
ハンバーグカレーは劉生君の大好物でしたので、劉生君は大喜びで飛び跳ねます。
「お母さん! もうご飯できるの? スプーン用意していい?」
「その前に、手洗いうがいね」
「はーい!」
シャシャっと手を洗い、コップやスプーンを用意します。他に手伝えることはなかったようなので、席に座ってお茶を飲みます。
ウキウキ気分でしたので、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』を見たいと駄々をこねず、黙ってニュース番組を眺めることにしました。
今日も今日とて色々事件があったようです。男性のアナウンサーさんと女性のアナウンサーさんが顔をしかめてお話をしています。
「今年三月から子どもたちの間で流行している、謎の奇病、眠り病」
「未だ明確な原因は分かっておらず、研究者の間で調査が進められています」
「そんな中、私達はこの奇病にかかってしまったお子さんを持つ母親にインタビューを行いました」
なんだか難しい言葉ばかりです。だから劉生君はニュースが苦手なのです。
やっぱりお母さんに頼んで、『ドラゴンファイブ』にしてもらおうかなあ、と考えながら、テレビを眺めていた、そのときです。
「……え?」
劉生君は固まってしまいました。
テレビでは年配の女性がさめざめと涙を流し、「どうしてうちの子がこうなってしまったのか分からない」と苦しそうに訴えていました。その人が握りしめている、その写真は、
伊藤友之助君が映っていました。
「ど、どうして……?」
「劉生。ごはんちょっと遅れるかも。味がちょっと濃くなっちゃってねえ……。あら、ニュースみてたの? 珍しいわね。『勇気ヒーロードラゴンファイブ』はいいの?」
「……ね、ねえお母さん。この写真の子ってさ、どうしちゃったの」
「あー、眠り病に罹っちゃったんだって」
お母さんは気の毒そうに画面をちらりと見ます。
「それにしても、おかしな病気よねえ。体はどこも悪くないのに、目を覚まさないなんて。どうしてそうなるのかは分からないっていうのも怖いのよね……。劉生も気を付けなさいよ」
心配そうに言いますが、劉生君の耳には入りません。彼の頭の中は混乱と困惑でいっぱいで爆発しそうでした。
劉生君は呆然としながら、お母さんを見上げます。
「ねえ、お母さん。ちょっとリンちゃんのお家行っていい?」
「え? 今? 何しに行くのよ」
「……ちょっと……。や、やぼよーで」
「また変な言葉覚えてきたわね。まあいいわよ。すぐ帰ってきなさい」
「うん!!」
劉生君はダッシュで家を出ると、隣のアパートをノックしました。
「リンちゃん! リンちゃん! いる!?」
扉が開きました。リンちゃんよりも二つ年下の弟君が出てきてくれました。
「あれ? リューリュー兄ちゃんじゃん。姉貴に用事か? おーい、姉貴ー」
バタバタと廊下を走っていきます。彼とすれ違いざまに、リンちゃんの三つ年下の双子ちゃんも寄ってきました。
「あ! リューリュー兄!」「リューリュー兄だあ!」
「こんにちは、二人とも」
「ブッブー。今はこんばんは、だよ!」「こんにちはって言っちゃだめなんだよ!」
びしっと指さしてきました。さすがの劉生君もこれにはたじたじです。
「う、ごめん……」
「はんせーしたならよしっ!」「よしっ!」
双子姉妹はくすくすとからかってきます。やっぱり女の子ってちょっぴり怖いです。
「……もう、リューリューったら。小学校一年に負けてどうするよの」
なんてため息をつきながら、リンちゃんが来てくれました。さっきまで食器洗いをしていたのでしょう。びしょびしょの手をハンカチで拭いています。
「それで? どうしたの? 何か忘れ物? それとも醤油でも足りないの?」
「ううん。僕んちはもうご飯できてるよ」
「もう!? 相変わらず早いわねえ」
「そうかな? 今日はカレーハンバーグだからわくわくのドキドキなんだ! って、そうじゃなくて、実はテレビで」
「「「カレー!?」」」
いつの間にか側にいた弟君と、さっきからそばにいた双子ちゃんが目をキラキラさせます。
「おばさんのカレーうめえんだよな!」
「おばさんのカレー大好き!」「食べたい! 食べたい!」
はしゃぐ三人ですが、リンちゃんはぴしゃりと切り捨てます。
「駄目。先週も食べさせてもらったでしょ。迷惑ってのも考えなさい」
「えー! なんでだよ!」
「食べたいよお、うえーんっ!」「うえーんっ!」
双子が泣いてしまいました。そのせいでしょう、部屋で寝ていた一歳の赤ちゃんもワンワン泣き始めてしまいました。
「あー……」
リンちゃんは深くため息をついています。なんだか泣いてしまいそうです。劉生君は慌ててフォローを入れます。
「それじゃあ、ぼくんちでご飯たべる? カレーだから、いっぱいあるだろうし」
「ほんとか!」「やったー!」「わーい!」
嬉しそうにする妹弟たちですが、リンちゃんは慌てたように首を横に振ります。
「いやいや、約束してるならともかく、急に行くのはさすがに迷惑よ。本当にいいから」
「大丈夫だよ! お母さんも嫌だって言わないよ!」
「……そりゃあ、言いはしないかもしれないけどさ」
返事をしながらも、赤ちゃんの様子が気になるらしく、ちらちら部屋をのぞきます。
それが仇となったのでしょう。弟君が「それじゃあ俺、一番!」といって駆けだしてしまいました。双子ちゃんもキャーキャー言いながら後をついてきます。
「あっ! ちょ! 待ちなさい!」
叫びながらも、やっぱり赤ちゃんを置いてはいけないようで、おろおろとしています。
「僕があの子たちを見てくるから、リンちゃんは赤ちゃんを見に行ってあげて」
「……ごめん。ほんとごめんね」
リンちゃんはダッシュで部屋の中に戻ります。
劉生君も一度お家に戻り、目を真ん丸にさせてるお母さんに色々とお願いをした後、リンちゃんのお家に戻ります。