23 夢の世界? それとも……? 知られざるフィッシュアイランド
ぼんやりとする頭の中に、誰かの声が聞こえます。
「……?」
彼は、目を開きます。
「……あ、れ……?」
気が付くと、劉生君の体は水中にありました。
「ここどこ? あれ? みんなは?」
あたりにはリンちゃんや吉人君、橙花ちゃんの姿はありません。
その代わり、魚はたくさんいます。
大きな岩の周りで楽しそうにおいかけっこをしている魚や、海藻の近くでわいわいおしゃべりする魚、貝を売っている魚もいます。
なにやら生活感があふれていますが、こんな場所、見たことがありません。
「ここって、フィッシュアイランド? でも、観覧車もジェットコースターもない……。おかしいなあ……」
どうしてこんな場所にいるのでしょうか。
「僕、確か魔王にやられちゃってたよね?」
ついつい魔王を可哀そうだと思ってかばっていたら、後ろから突き刺されたのです。
「もしかして……」
……死んでしまった?
「そんな! 幽霊になっちゃったの!? うわーんっ! 死にたくないよお! まだ『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の映画みてないのに!」
わんわん泣いていますが、周りにいる魚は目もくれません。それどころか、まるで劉生君が存在していないかのように振る舞っているのです。
そんな異変に気付かず、劉生君が涙を流していると、
『どいたどいた!』
超高速で魚が飛んできました。
そして、劉生君に思いっきりぶつかったのです。
「わあっ! な、なに!?」
びっくりして固まってしまいました。そのまま倒れてしまう、と劉生君は思いましたが、なんと魚は劉生君をすり抜けました。
「……へ?」
そのまま何事もなかったように、魚はダッシュで泳いでいきます。
「……い、いま、あの魚、僕をすり抜けたよね?」
まさかと思いながら、彼は他の魚に触ってみようとしました。
「ね、ねえそこの金魚さん。話を聞きたいんだけどっ」
ですが、金魚は見向きもしません。それどころか、魚に指一本触れられません。
「……そっか。僕、幽霊になっちゃったから、みんなをすり抜けちゃうんだ」
これではろくに人とも話せません。
「……ぐすっ」
劉生君は寂しくなりました。涙があふれてきます。いくら泣いても誰も声をかけてくれません。一緒になって涙を流してもくれません。みんなと追いかけっこしたり、おしゃべりすることさえもできません。
「うっ……うう……」
寂しい。せめて、誰かと一緒にいたい。
そう思っていたとき、劉生君の耳に誰かの泣き声が聞こえました。
「……?」
キョロキョロしていると、サンゴの下で女の子が一人で泣いているのを見つけました。
「どうしたの?」
声をかけてみましたが、やっぱり彼の声は届かないようで、肩を震わせて涙を流しています。
「……」
劉生君は彼女のそばにいてあげることにしました。意味はないのかもしれませんが、それでも放ってはおけなかったのです。
「ねえ、君は友達はいないの?」
「……」
「僕も、幽霊になっちゃってから友達がいないんだ。……寂しいよね」
「……」
「でも、君と一緒にいたら、なんだかちょっとは寂しくなくなったよ。ありがとうね」
「……」
彼女は何も答えません。ずっと、泣き続けています。
「もしかして、どこか怪我をしたの?」
劉生君は彼女の姿をじっと見つめます。一見したところ、大きな怪我はなさそうです。
「よかった。心配したよ」
なんて劉生君がほっとしていた、そのときです。ある魚がこちらに近づいてきて、声をかけてきたのです。
『ねえ、君。大丈夫?』
その声は、聞き覚えがあるものでした。
「え!? ま、まさか」
彼が飛び上がってそちらを見ると、驚きの声を上げます。
「ま、魔王ギョエイ!?」
そこには、エイの姿をした魔王がいました。劉生君たちが必死になってつけていた傷が一つもありません。
「どうして、そんな、回復したの!? あ、あれ、でも待てよ……」
よくよく見てみると、彼らが出会った魔王とは雰囲気が違っています。
魔物特有の赤黒いオーラも背負っていませんし、目だって赤くありません。
「あっ、そ、そういえば、他の魚たちも赤黒いオーラ背負ってない……?」
パニックになっていたので気づきませんでしたが、そういえば魚たちは魔物の特徴である赤黒いオーラも、赤い目も、黄色の五角形の印もありません。
「じゃあ、あの魚たちは魔物じゃない? でも、どうして」
混乱している劉生君の前で、魔王は少女に話しかけます。
『もしかして、怪我をしているの?』
「……してない、です」
『それなら、どうして泣いているの?』
「……」
女の子は沈黙したままです。目からはボロボロと涙があふれています。
『……えっと、ほ、ほら見てみなよ!』
魔王はウロコを拾って彼女の前に置きます。
『魚のウロコだよ! 君にあげるよ! どうだい?』
「……」
女の子は黙って首を横に振ります。
『そ、それなら貝殻はどう? 中に宝石が入っているよ!』
「……」
『サンゴはどうだい? ピンクでかわいいよ!』
「……」
反応は芳しくありません。魔王はオロオロとすると、ポンッとヒレを叩きます。
『そうだ! お散歩! お散歩をしようよ! そこらへんうろうろしていれば、君の気持ちも晴れるよ!』
ですが、女の子はうつむいてしまいます。
「私、歩けないです」
『そうなの!? やっぱり怪我!?』
「……違います」
『そ、そっか。それなら散歩はできないか。それなら、これはどうだ! えいよっ!』
女の子のすぐそばに、小さなメリーゴーランドができました。
『子供ってこういうのが好きなんでしょ? これなら一歩も歩かないで楽しめるよ! ほら、乗ってみな!』
「……私は、好きじゃないです……」
『……なん……だって……? な、なら、これはどうだい!』
メリーゴーランドを消すと、今度はジェットコースターを出します。
『ほら! 絶叫マシーンだよ! それに、これはどう!』
観覧車が出てきました。ゴンドラが七個しかない小さな観覧車です。
『これならフィッシュアイランドを見渡せるよ! 歩かなくても見れる! いいね! どうかな。どっちがいい? もしかして、どっちも嫌だったりする!?』
魔王はあたふたとします。
すると、女の子は思わずくすりと笑ってしまいました。
「ふふ、どうしてそんなに必死なの?」
『っ! やった! 笑ってくれた! そっか、観覧車とジェットコースターが好きだったんだね!』
魔王は嬉しそうにはしゃぎます。
『それならさっそく乗ってみようよ! そうだ、君の名前を聞いてなかったね。教えてくれないかい?』
「蒼井橙花、です」
「……えっ?」
劉生君は思わず女の子の顔を凝視します。涙にぬれてちょっぴり目が赤くなっていますが、彼女は正真正銘、蒼井橙花ちゃんでした。
「橙花ちゃん!? 角はどうしたの!?」
彼女のトレードマークといったら、右側に生えている、青く光る鹿の角です。
ですが、今の彼女にはそれがありません。
『橙花ちゃんか。いい名前だね』
魔王は素直に彼女の名前を褒めますが、どうしてだか、橙花ちゃんの表情が曇ります。
「橙花って、呼ばないでください」
『え? どうして?』
「どうしても、です」
『そ、そっか。えーっと、それじゃあ蒼井橙花って呼ぶのは……。駄目か。なら、蒼って呼ぶのはどうかな?』
「……それなら、大丈夫です」
『よかったよかった。ボクの名前はギョエイ。よろしくね、蒼」
「……うん」
『それじゃあ、まずはどっち乗ろうか!』
魔王は満面の笑みを浮かべます。橙花ちゃんも固い表情を少し緩めています。さっき血で血を洗うような戦いをしていたのが、夢のようです。ぽかんとしていると、劉生君の頭の中に、何か声が聞こえました。
『……夢のよう、か。うん。本当に夢だったら、よかったのに』
「えっ? だ、誰!?」
『君たちが力を合わせて倒した、魔王ギョエイだよ』
「ギョエイ!? でも、魔王は今、僕の目の前に、」
『それは過去のボクだよ。ここは過去の世界だからね』
「そうなの!?」
それなら、橙花ちゃんと魔王が初対面っぽいのも頷けます。
ですが、それにしては仲が良すぎるような……。
『……ボクたちと彼女の間には色々あったんだ。その話もしたいけど、そろそろ君も目覚めの時間の様だ。仕方ない。一つだけ、教えてあげるよ。ねえ、赤野劉生君。上を見上げてごらん』
「上……?」
劉生君は上を見上げ、ハッと息をのみました。
「え? どうして、」
水越しに見えるミラクルランドの空は、
夕焼けに染まっていました。