22 勝利! やったね! 万々歳!―「油断大敵」って言葉、知っていますか?―
魔王は地へと落ちます。わずかに身をうごかしますが、そのまま浮かび上がることなく、地面に伏せます。
「……やった」
劉生君は歓声を上げました。
「やった!! 魔王を、魔王を倒したんだ!」
「やり、ましたね、赤野君」
吉人君は棒付きキャンディーを杖代わりにして、笑みを漏らしました。
「あたしたちの作戦通りってことかしら」
リンちゃんも膝をついて、なんとか起き上がりました。そしてそのまま橙花ちゃんによろよろと近寄ります。
「動かないでね、蒼ちゃん。<リンちゃんの ビリビリサンダーパンチ>!」
拳に電気をまとい、橙花ちゃんを拘束する海藻を慎重に切り裂きます。
「……よし。蒼ちゃん、痛くない? ……わけないよね」
体中がボロボロで、起き上がることさえやっとの様子です。思わずリンちゃんは視線をそらします。
「ごめん、あたしが魔王に捕まっちゃったせいで……」
後悔に苛まれるリンちゃんでしたが、橙花ちゃんはふんわりと微笑みます。
「痛いけど、それよりもボクは嬉しいよ。みんなのおかげで、あの魔王相手に勝てたんだから。これで、あの子たちを解放できる。よかった、よかった……」
橙花ちゃんの瞳から、涙が一筋流れ落ちます。
「……蒼ちゃん……」
リンちゃんもついついもらい泣きしそうになります。慌てて目をごしごしとこすって誤魔化そうとします。
「あ、当たり前じゃない! あたしたちが力を合わせれば、魔王を倒すなんて朝飯前よ!」
『……そんな言われ方をされると、ボクが弱いみたいじゃないか』
すねたような声が響きました。
魔王がわずかに顔を上げて、恨めしそうにこちらを見ていたのです。
一番近くにいた劉生君は慌てて剣を構えます。
「な、なに!? ま、まだ動けるの!?」
もう劉生君たちに戦える力は残っていません。恐怖でがくぶるしていましたが、魔王はフッと寂しそうに笑います。
『いや、ボクはもう戦えない。体も、消えかかっているしね』
「あっ、本当だ……」
魔王の体からはきらきらとしたちりが立ち上っています。それと同時に、身体も徐々に半透明になっていっています。
『時計塔ノ君とは何度も戦ったことがあるけど、ここまでやられたのは初めてだね。さすが、あっぱれだね』
その言葉からは、怒りや憎悪といった感情がありません。諦めと、悲しさとがいりまじっています。
『ボクが消えたら、子どもたちをここに留めていられなくなる。……本当に、残念だ』
「何が残念よ」
リンちゃんが威勢よく噛みつきます。
「無理矢理、こんな場所に子どもを押し込めてからに。っていうか、あんた、こんなとこに子供を閉じ込めて、一体何が目的だったのよ」
「……確かに、そうですね」
吉人君が顎に手を当てます。
「遊園地に捕らえるだけで、特に子供たちを攻撃することもないですし。むしろ楽しませようとしている。一体、ここに閉じ込めてなんの利があったんですか?」
魔王はうつろな目で、天を見上げます。
『……目的。そう、ボクの目的は、君たちを』
「それ以上の無駄話は止めてもらおうか。<ススメ>!」
橙花ちゃんは石ころを投げつけます。
『っ!』
魔王の体半分がちりとなって砕けます。
「あと一回で仕留められるね」
橙花ちゃんが近くにあった石を拾います。
全身全霊をこめて打ってやろうと構えますが、彼女の前に、劉生君が立ちふさがりました。
「待って橙花ちゃん! なんか可哀そうだよ。やめてあげようよ」
「可哀そう? こいつが君たちに、子どもたちに何をしたか、君は知っているだろう!」
あんなにボロボロだったというのに、橙花ちゃんの瞳は怒りで溢れています。
劉生君にも、橙花ちゃんの気持ちは分かっています。
「……でも、」
確かに、魔王は悪い人なのでしょう。ですが、彼の過激な言葉の中に、時折暖かさを感じていました。
そもそも、魔王が悪意しかない本当の悪党だとしても、劉生君は橙花ちゃんを止めたでしょう。弱いもの苛めをしているような気分になってしまうからです。
『君は、優しいね』
魔王は呟きます。暖かさのこもった言葉です。
『……そんな君に、置き土産をあげようか』
魔王は微笑み、そして、
鋭い尾で、劉生君を貫きました。
「……え?」
劉生君のお腹に、尾が突き刺さっていました。
「なっ?! リューリュー!」「赤野君!?」
「魔王っ! きさまあああああ!!!!」
橙花ちゃんは杖をナイフに持ち替え、魔王に投げつけます。無惨に塵となり、劉生君を貫く尾も消えてなくなります。
ですが、貫かれた事実はなくなりません。
「あっ……うっ……」
不思議と痛みは感じません。
……もう、感じられなくなってしまっているのでしょう。
「リューリュー、リューリュー! しっかりしてリューリュー!」
「くっ、回復が、回復が追い付きません!」
「劉生君! 劉生君!!」
みんなの声も、聞こえません。
そのまま、劉生君の意識は、
深い闇の中に、落ちていきました。