20 ピンチ! やっぱり強い魔王ギョエイ!
「……えっ?」
「っ! リンちゃん! 危ない!!」
橙花ちゃんの叫びは、間に合いませんでした。
上空からの技に注意して、リンちゃんは気づかなかったのです。
自分が、<ファイアウォール>の範囲外に足を踏み出してしまっていることを。
魔王は冷酷に、かつ速やかに呪文を唱えました。
『<フットエントラップメント>』
リンちゃんの足元に海藻が絡みつきます。次の瞬間、彼女の真上に立っていられない水圧がかかります。
「うっああああ!!!」
「リンちゃん!」「道ノ崎さん!」
劉生君もはっとしてリンちゃんの方を見ます。
「り、リンちゃん! こうなったら、<ファイアウォール>をもっと大きくしてっ」
「駄目だ劉生君! そんなことをしてしまったら、君の魔力が持たない!」
「でもっ! 黙ってみてられないよ! おりゃああ!!! <ファイアウォール>!」
「劉生君っ!」
橙花ちゃんが止めるのも聞かず、劉生君は火力を増しました。
炎の壁は拡大し、リンちゃんを捕らえていた海藻も焼き切ります。
劉生君がほっと肩を下します、が。
突然、劉生君の視界が大きく揺れました。
「へ?」
目の前がかすれ、身体から力が抜けていきます。
魔力切れです。
「うっ、だ、だめ……っ!」
『ドラゴンソード』からも手を離しそうになり、必死になって剣にしがみつきます。手が離れたら<ファイアウォール>が消えてしまいます。そうなれば、せっかくみんなで考えた案が全て台無しになってしまいます。
劉生君の必死の頑張りによって、火の壁自体は消えずにすみました。しかし、どうしても力は籠められず、壁の範囲は徐々に縮まってしまっていました。
異変に気付いた吉人君は、杖を振ります。
「赤野君! いま、回復しますね! <ギュ=ニュ」
『させないよ。<リサーキュレーション>! 加えて、<離岸流>』
またもやダブル技です。橙花ちゃんはリンちゃんを抱えて杖を振ります。
「<トマレ>!! 吉人君、逃げて!」
「分かっていますよ!」
炎の範囲外に出ないよう、吉人君は必死に駆けまわります。その間にも、少しずつですが、炎の壁が狭まっています。
「このままでは逃げられなくなってしまいます。早く劉生君を回復してあげないとっ」
『その隙は作らせないよ。ほれ、<リサーキュレーション>!』
「っ!」
魔王の攻撃は一切緩みません。吉人君も逃げるのに精一杯で、劉生君を回復することができません。
「蒼さん、このままではじり貧ですよ!」
思わず叫ぶと、橙花ちゃんは歯を食いしばります。
「……そうだね。このままじゃ、遅かれ早かれやられてしまう……」
このままでは、魔王の<リサーキュレーション>を直撃してしまうか、劉生君の技が解除されてしまい、<フットエントラップメント>でやられてしまうか、どちらかの未来しかありません。
「……仕方ない。吉人君、君は劉生君のところへ! ボクがなんとかしてみせる」
吉人君はハッとします。
「まさか、蒼さん、独りで戦うつもりですか」
彼女の言葉は、全ての策が失ってしまった後、橙花ちゃんが一人で戦うことを覚悟した時にいうと決めていた台詞でした。
「……こうなっては仕方ない」
橙花ちゃんは『ドラゴンソード』に縋りつく劉生君に向かって叫びます。
「劉生君。他の二人を絶対に守り切って」
「……でも」
「大丈夫。ボクを信じて」
橙花ちゃんはにっこりと微笑みます。劉生君は逡巡しますが、目を伏せて小さく頷きます。
「……分かった。でも、絶対にやられちゃ駄目だからね!
「もちろん」
吉人君はリンちゃんを抱えると、劉生君のそばに近寄ります。劉生君はちらりと橙花ちゃんを見た後、ぎゅっと剣を握りしめます。
「お願い、『ドラゴンソード』、僕に力をっ! <ファイアウォール>!!」
地面に広がっていた壁は水が引くように消えてしまい、劉生君と吉人君、リンちゃんのいる場所だけに狭まりました。
「援護します。<ギュ=ニュー>っ!」
吉人君が懸命に回復しますが、疲れ果てているからでしょう、白の光はおぼろげですし、劉生君も少し回復しただけで苦しそうに息をついています。
必死にもがいている彼らですが、魔王はまるで子どもが頑張っている様を眺める親のように優しく見つめています。
『うんうん、頑張っているね。微笑ましいよ。ね? 時計塔ノ君』
「……」
前回の橙花ちゃんなら、きっと怒りくるって魔王に暴言を吐きかけていたのでしょう。
ですが、今回の橙花ちゃんは違います。
彼女は魔王ギョエイをじっと見つめ、冷静に武器を構えました。怒りに振り回されることはありません。
『……』
魔王は笑みを引っ込めます。
『なるほど。いい目をしている。友達のおかげかな。まっ、結局君一人で戦うことになったみたいだけど』
「いや、違うよ」
橙花ちゃんは口元を緩めます。
「こうしてあなたと戦えているのも、劉生君たちのおかげ。だから、今のボクは一人では戦っていないよ。みんなで力を合わせて、知恵を出し合って戦っているんだよ」
彼女の目は、自信で満ち溢れていました。
『……そっか』
戦いは避けられないようです。
魔王は小さく息を吐きます。
『それなら、君たちとの戦いを再開させよう』
魔王は真っ赤な光に包まれ、叫びます。
『<離岸流>! <リサーキュレーション>!!』
先ほどまで橙花ちゃんたちを苦しめた、連続技です。おそらく彼女は<トマレ>の魔法を使うのでしょう。
それならば彼女が魔力の尽きるその時まで、魔術を連発すればよい。
そう考えていた魔王でしたが、魔王の予想に反して、橙花ちゃんは棒立ちしたまま動こうとしません。
まさか、ヤケをおこして攻撃を食らおうとしているのか。
いや、彼女はそういう子ではありません。
ならば、何か策があるはず。
『……まさか』
橙花ちゃんは、まっすぐ杖を向けます。彼女の杖に触れる、直前。
「時よ、<モドレ>!」