3 おうちに帰りましょ! ……とは、いかないようで
ショッピングモールをたっぷり楽しみつくし、三人は充実感に満たされていました。
外に出ると、太陽の光が弱まり、風が少し冷たくなっていました。あと少し経てば、空は夕日で綺麗なオレンジ色に染め上げられることでしょう。
劉生君は『ドラゴンソード』をベルトに挟んでから、近くの公園にあった時計をみました。まだ四時三十分です。
「よかった。『うさぎおひし』が鳴る前に帰れそう」
「リューリューん家は門限厳しいもんね。『うさぎおひし』が鳴ったらすぐに帰らなくちゃいけないんだもんねえ」
リンちゃんはクマのぬいぐるみを撫でます。
「ちなみにですが、五時のチャイムのタイトルは『故郷』です。作詞が高野辰之さん、作曲が岡野貞一さんの曲ですね」
吉人君は棒付きキャンディーを手に持ちながら二人の横をついてきます。
吉人君の家はショッピングモールのすぐ隣のマンションですので二人と一緒に帰る必要はありませんが、途中までお見送りするために付いてきています。
「今日は楽しかったですね。明日からは勉学に励みましょう」
「ヨッシーったらまた先生なこと言って……。そういえば、ヨッシーのとこの塾ってどうして今日休みだったの?」
「ああ、謎の病気みたいなものが子どもの間で流行っているから、休みになったんです」
謎の病気というフレーズに、劉生君はぴくりと反応します。
「び、び、びょう、き……?」
怖がり劉生君はちょっと怯えてしまいます。ですけど、吉人君は何ともないといった様子で返事をします。
「病気というより集団催眠の方が近いらしいですよ。ただのオカルトちっくな話ですから、僕らには関係ありませんよ。今回も大事をとって休みにしただけのようですし」
「そ、そうなんだ……」
劉生君は正直よく分かっていませんでしたが、あの吉人君が気にしなくてもいいと言っているなら大丈夫だろうと一安心しました。
同じくよく分かっていないリンちゃんは、あまり興味がなさそうに返事をします。
「あたしは集団睡眠よりも集団水泳の方が好きだわ。あー早くプールの授業やらないかなあ」
「あと半年近くたてばできますよ」
「うー、まだまだねえ」
だらだらと歩くこと、数分。彼らは住宅街を歩いています。
テストのことや授業のことをおしゃべりしていたとき、ふと、吉人君は劉生君に喋りかけます。
「赤野君。そういえば今日はいつもの道を通ってしまっているんですけど、あの番犬は平気になったんですか?」
「番犬……? あっ」
劉生君は気づきました。自分たちが行きとは別のルートで歩いていることを。
そして、この道は真っ黒で大きくて、(劉生君にとっては)恐ろしい番犬が住む家のすぐ近くだと。
劉生君はさっと血の気が引きました。ここではない道を通ろうと二人にお願いしようとした、そのとき。
「わんわん!!」
突然、黒い犬が門に体当たりして吠え掛かってきました。
「わあああああ!!!」
劉生君は叫びました。
「わあ!?」「え!? なんですか!?」「わんわんわんわん!! わおーん!!」
リンちゃんも吉人君も驚きます。
子供たちの声に釣られるように、黒い犬も遠吠えをします。
もう一度説明しておきますと、黒い犬には悪意のかけらもありません。向こうは遊んでいるつもりでした。
しかし、劉生君にとっては怖くて怖くて仕方ありません。
「こ、こっちこないでー!!」
彼は叫んで、先ほど来た道を走っていってしまいました。
「あっ、ちょ、リューリュー!?」
「赤野君、そっちは別方向ですよ!?」
二人も慌てて追いかけますが、こういうときだけは足が速くなる劉生君、中々追いつけません。
「あ、赤野君、速くないですか?! み、道ノ崎さん。先に」
行ってくれませんかと吉人君がお願いする前に、リンちゃんは闘志で目を燃やしながら答えました。
「望むところよ!」
持久走大会で二度も一位に輝いた道ノ崎リン、ここで本気を出してきました。その走る様は馬のよう、鳥のよう、風のようです。びゅんびゅんと走って、走って、走って、
「つーかまえた!」
リンちゃんは劉生君の背中にタッチしました。
「わあ!!」
犬が追い付いてきたかと思ったのでしょう、劉生君は驚いてすっころげました。
「わわっ!?」
リンちゃんは劉生君につまづきそうになりましたが、ぴょんと飛び越えて難を逃れました。
「おっとっと」
吉人君は自分のペースで走っていたので普通に足を止め、倒れる劉生君を心配そうに見つめました。
「大丈夫ですか? 怪我していません?」
「うう……ひ、膝が痛いよ……」
劉生君は自分の膝を見て、悲鳴をあげました。
「わあ、すりむいちゃった!」
幸いそこまでひどいものにはなりませんでしたが、少し血が出てしまっています。
「リューリュー、怪我しちゃったの!? ご、ごめんなさい、あたしが驚かせちゃったから」
「ううん、リンちゃんは悪くないよ。僕が、走ってころんじゃったせいだから……ぐすん」
「と、ともかく傷口を水で洗わないと。ヨッシー、ここらへんに公園ある?」
吉人君はこくこくと頷きます。
「こっちに大きい公園があるはずです。ですけど、水道があるところは階段を使わないと行けませんから……。あ、エレベーターがあったはずです。こっち!」
吉人君が道案内をしてくれて、その後ろをリンちゃんに支えられた劉生君がついていきます。
しばらくは痛みのショックで何も考えられなかった劉生君ですが、進んでいくうちに痛みに少し慣れ、今の状況が恥ずかしくなってしまいました。
彼の理想の人物は、『勇気ヒーロードラゴンファイブ』のレッドである蒼井陽さんです。
彼はどんなに傷ついても真っすぐ前を向いて、仲間のために戦っていました。決して、こけてしまっただけでべそをかいて、友だちに心配されるような人ではありません。
なのに自分は泣き虫で怖がりで、友達の助けどころか邪魔をしてしまっています。
「……ごめん、リンちゃん。それに吉人君も」
「いいのよいいのよ。あたしがヨッシーに言い忘れたのがいけなかったんだし」
「僕も、あそこの犬が苦手ってこともっと早く気づいていればよかったんです。赤野君が謝ることではありません」
二人はそう言ってくれましたが、やっぱり気分がどんよりしてしまって、俯いてしまいました。