16 子供たちが作ったアトラクション、どうぞご覧ください!
フィッシュアイランドのとある場所で、一人の男の子がぼうっとしていました。
彼の名は伊藤友之助君。小学校六年生です。
他の子どもたちは楽しそうにしていますが、彼は全然楽しくありませんでした。
最初はいろんなアトラクションに乗れて楽しかったですが、全て乗りおえると、もう楽しむ気にもなれません。
ですが、いくら楽しむ気がなくなったとしても、帰ることできません。
そもそも、自分が帰る場所なんてありません。このフィッシュアイランドだけが、自分の居場所ですから。
「……あれ? そうだっけ?」
彼は首を傾げます。なんだか違うような気もします。そもそも、どうして自分はここにいるのでしょうか。それさえも彼には分からなかったのです。
「……まっ、いいか」
ここで時間を潰していれば、眠くなってくれるだろう。それまでボンヤリとしていればいい。というか、そうするしかない。
諦めていた友之助君でしたが、妙に騒がしい声にふと顔を上げました。
『さあさあ寄ってらっしゃいみてらっしゃい! 新アトラクションが久々登場です!』
トビウオが無駄に声を張り上げて、ぴょんぴょん跳ねていました。
「新しいアトラクション? ふーん」
あまり期待はしていませんが、多少の暇つぶしにはなるかもしれません。
「……行ってみるか」
トビウオに道を尋ねて向かうこと、数分。
「ああ、あった。あれか」
友之助君はトビウオが教えてくれた通りの場所にたどり着きました。しかし、友之助君は戸惑ってしまいます。
「……あれだよな?」
今まで空き地だった場所に、サンゴで出来たアーチ状の門がありました。しかし、門を潜り抜けた先にあるのは、下へと続く階段だけです。それ以外は何もありません。
階段には長い列ができていましたので、階段の下にアトラクションがあるのでしょう。そうとしか考えられませんが、あまりの不可解な雰囲気に二の足を踏んでしまいます。
「どうしようかな。けど、戻ってもやることないし……。仕方ないか」
彼は意を決して、列の最後尾に並びます。
時間がかかると思っていましたが、意外とすいすい列は進みます。
チョウチンアンコウが照らす階段をゆっくりと降り、一番下にたどり着きました。さてここにアトラクションがあるのかと見渡しましたが、特に何もありません。
もしかして、この先には何もないのではないか。このまま階段を昇って、入り口に戻ってしまうのか。
そんな不安が一瞬頭をよぎりますが、すぐに打ち消されました。
少し歩くと、子どもたちの歓声が廊下を反響していたのです。きっと、この先に面白い何かがあるのでしょう。
わくわくな気持ちが湧き出てきました。進んでいくと、段々と歓声が大きくなっていきます。それと同時に、奥の方に何かが見えてきました。コンブで出来たカーテンです。あの先から、子どもたちの楽しげな声が響いています。
期待を胸に、友之助君はコンブのカーテンをくぐりました。
途端、彼は息をのみました。
「す、すげー……!」
そこは、海の中でした。息はできるようです。呼吸をすると、白い泡がぶくぶくと口からあふれ出します。
さらに、友之助君の周りには、なん百匹もの魚が悠々自適に泳いでいました。
ゆったりとひれを揺らす金魚たちに、赤・青・黒・白のメダカたち。大きなエイも泳いでいます。お腹のにっこり笑顔に思わず見とれてしまいました。
すると、一人の男の子が彼に近づいてきました。
「ようこそ、異世界の迷い子様」
「……異世界の迷い子?」
「ええ。このアトラクションは、来園者が勇者となって魔王を倒すというストーリーでして……!?」
彼はびっくりして固まりました。まるで自分のことを知っているような反応ですが、友之助君は彼と面識はありませんでした。
もしかして、どこかのアトラクションで一緒に遊んだ子でしょうか。友之助君が困っていると、彼は少し寂しそうに視線を逸らし、眼鏡をくいっと上げます。
「……いえ、なんでもありません。忘れてください」
「? よく分からないけど、分かった」
そういえば、前にもこんなことがありました。あの時は、遊園地の入り口で女の子に呼び止められたのです。急に腕を引っ張ってきたので、びっくりして振り払った思い出があります。
大声を出して魚のスタッフを呼ぼうかと考えていたら、別の女の子がやってきて、彼女と友之助君との間に入ってくれたのです。
人違いだといって微笑んだ、片角の女の子。
作り物の笑顔を自分に向けていた。
それをみて、彼は、もやっと、しました。
「……?」
どうして、もやっとしたのでしょうか。
考えようとすると、頭に靄がかかって、うまくいきません。それでも必死に思い出そうとしますが、その前に、男の子が口を開きます。
「それで、そのー。アトラクションの説明ですね! 説明致しますよ! このアトラクションは、その名も『魔王との戦い!』です。あなたは異世界からやってきた勇者様として、魚の王国に現れた魔王を倒してもらいます」
彼はある場所を指し示しました。
「そこにあるのが、魔王の城です。アトラクションの中心はあちらになります」
彼が指さした場所には、岩でできた城が建っていました。城に向かう様に子供たちが長い列を作っていました。
待っているだけで気がめいりそうな長い列ですが、子どもたちはみんな楽しそうに待っています。魚たちを眺める人もいますが、それだけではありません。何やら宙に浮かぶパネルにタッチしています。
「? あれはなんだ?」
「パネルの正体をお知りになりたいなら、ここら辺に泳いでいる魚たちに向かって手をかざしてみてください」
試しに、近くに泳いでいたメダカに向かって手をかざしてみると、宙に浮かぶパネルが現れました。
「わあ!? なんだこれ?」
写真と名前付きで、メダカの解説が記されていました。
「それだけではありませんよ。画面をタッチしてみてください」
「えっと、タッチか。おっ、なんか画面が変わったな。……何々? お魚クイズ?」
画面には、二択の問題が出てきました。写真のメダカはメスかオスか選ぶ問題です。
試しにメスと選ぶと、大きな丸が出てきました。
「おお、正解した」
「おめでとうございます。正解しましたので、友之助君にポイントが入ります」
「ポイント?」
「はい! まあ、今の段階はそこまで気にしなくても構いませんよ。ともかく、無駄にはならないということを知っておいてくれればいいです。もちろん、クイズが苦手な方はスルーしていただいても構いませんよ。後でいくらでも挽回できますから」
「へー。ただ待っているわけじゃないんだな」
「そういうことです。ここもアトラクションの一部のようなものですから。……それでは、友之助君」
彼は恭しく礼をします。
「本アトラクションをお楽しみくださいね」
そのまま彼は立ち去ろうとしますが、その寸前、彼は足を止めます。
「……友之助君。今度会うときは、みんなで一緒に遊びましょうね」
「へ?」
ぽかんとしているうちに、彼は他の子へ説明しに行ってしまいました。
「……変なの」
彼は首を傾げつつ、魔王城への列に並びました。のんびりとあたりを見渡しながら、気になる魚はパネルを出してみます。
「ねおんてとら……? へえ、綺麗な名前だなあ」
頭は澄んだ水色ですが、尻尾の部分は鮮やかな赤い色です。何匹もまとまって泳いでいる光景はとても美しいものでした。
「クイズは……。どこに暮らしている魚でしょうか、か。うーん、どこだろう」
適当に答えてみましたが、不正解だったようです。
「アマゾン川に住んでるんだ。なんか意外」
気の向くままに、のんびりとクイズに答えていきます。そうこうしているうちに、列も進み、魔王城のふもとまでたどり着きました。
城の門が見える場所までくると、二人の子供が走ってきました。