10 ミラクルランドに行く前に、作戦会議だ!
翌日。二時間目の体育の授業中にて。
「……はあ……」「……あー」「……」
三人はため息をつきます。
今はサッカーのミニテストをしています。小太りな男の子が頑張ってドリブルをしています。
いつもならぼんやり眺めるか、心の中でそっと応援するのですが、今の彼らにはそういう元気はありません。
「……放課後のことですが、本当にすみません」
吉人君が落ち込んでいると、リンちゃんは首を傾げます。
「放課後? ああ、家庭教師が来るからミラクルランドに行けないってこと?」
「……はい」
この前の算数のテストが悪かったせいで、吉人君の御両親は怒りに怒り、なんと、遊びを禁止して勉強にさせようとしたのです。
吉人君の説得でどうにか遊び禁止は免れましたが、代わりにある条件がつきました。
条件とは、平日は週に三回、休日は土日とも勉強すること、です。
自由に遊べるのは週二回になってしまいました。ちょうど今日と明日は家庭教師が来るので、この二日間はミラクルランドに行けません。
吉人君は非常に申し訳なさそうにしていますが、劉生君とリンちゃんはまったく気にしていません。
「別にいいわよ。あたしも弟たちの世話しなくちゃいけないんだし。それに、なーんもいい案浮かばないんだもん。行っても仕方ないわよ。あーやだやだ!」
リンちゃんが大きく伸びをします。体育の先生が静かにしなさいオーラを醸し出しますが、華麗にスルーします。
「何が大変って、アトラクションを考えて、その上魔王を倒す方法も考えなくちゃいけないってことよね!」
吉人君は先生の様子を伺いながら、「そうですねえ」と同意します。
「アトラクションを先に考えるべきなんでしょうけど……」
正直にいいますと、魔王に勝てる気がしないのです。
ですが、それを認めてしまうと、橙花ちゃんの言うとおり、ミラクルランドに行けなくなります。
それだけは、嫌です。
橙花ちゃんや友之助君、子供達を見捨てられません。
ですが、どうやって勝てばいいのか……、と、考えが堂々巡りしてしまうのです。
三人で悩んでいると、突然、リンちゃんは立ち上がって叫びました。
「ええい! ともかく! 先にびっくり仰天するアトラクションを考えるわよ! そこから次のことを考えましょう!!」
「ちょ、リンちゃん!」
劉生君が慌ててリンちゃんを止めようとしましたが、残念ながら手遅れでした。
「みーちーのーさーきーさーん???」
体育の先生がずかずかとこちらにやってきました。
いつもは綺麗で厳しい女の先生ですが、怒ったときはまるで般若のような顔をしています。
「あ、やばっ」
リンちゃんは愛想笑いをします。
「あらあら先生。すみませんねえ。ちょっとはしゃぎすぎましたわ。おほほ」
「今はテスト中ですよ? 林君が一生懸命やっているのに失礼ですよ。赤野君と鐘沢君も、騒がないように!」
キッと二人もまとめて睨んで、テストの続きを再開しました。テスト中の林君は困り顔でシュートのテストに移ります。
「ふん、なによあの先生。急にテストを中断するほうが失礼ってもんよ。あんたが謝りなさいっての!」
ぶつぶつと文句をつぶやきます。
ちょっとのトラブルはありましたが、無事体育の授業は終わり、彼らは教室に帰ります。
「ヨッシーが放課後残れないなら、お昼休みのときに作戦会議をしましょうか!」
「すみません、ありがとうございます」
「だからいいって」
なんて言いながら階段を歩いていると、劉生君が「あっ!」と声を上げます。
「そうだ! 今日のお昼に委員会があるんだった!」
「え? リューリューが入っている委員会って、生物委員会だったよね? それなら教室のメダカに餌あげるだけでしょ?」
「今日は花壇のお花に水を上げなくちゃいけないんだ」
「へえ、そんなこともやっているのね。分かったわ。ヨッシーと二人で話してるから」
「うん! ごめんね」
リンちゃんと吉人君は、委員会で多少遅れても怒る人ではありません。それでも申し訳ない気持ちを抱いた劉生君は、給食を食べ終わり、食器を片付けると急いで中庭に向かいました。
中庭の花壇には、トマトやキュウリ、ゴーヤが植わっています。暖かい日の光に照らされて、青々と元気よく伸びています。まだまだ小さいですが、夏がきたら美味しい実をつけてくれることでしょう。
急いでやらなくちゃと思ってわっせわっせとジョウロを運んでは水をあげ、また水を汲んでは花壇へと往復していました。
「よし、あともう少し!」
そう安心して、気が緩んでしまったのでしょう。
「わっ!」
足元の段差につまずいて、転びかけてしまいそうになりました。
そのときです。
「危ないっ!」
女の子の声が聞こえると同時に、彼の腕がぐいっと引かれました。
助かった、と思ったのもつかの間、あまりにも強い力で引っ張られたせいでしょうか、今度は後ろにひっくり返ってしまいました。
「わわっ! いたっ!」
尻餅ついてしまいました。その上、ジョウロの水までビシャっとかぶってしまいます。
「う、ううっ……」
お尻も痛いし、服が濡れて冷たいしで、散々です。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!」
慌てた様子で、女の子が劉生君を覗き込みます。
「うう……。き、君は……。鳥谷さん?」
「ええ! そうです。お怪我はありませんか」
彼女は鳥谷咲音さん。劉生君と同じ四年生ですが、違うクラスの子で、劉生君と同じ生物委員会の子です。
リンちゃんを活発な女の子とするなら、彼女はお嬢様風な女の子です。髪の毛はカーブがかかっていてふんわりとしていますし、目の色は髪の色と同じで、栗色に染まっています。
服もこれまたお嬢様っぽく、白いワンピースを身にまとっていました。胸元には小鳥のアイロンシールが貼ってありますが、それを含めたとしても、とても大人っぽくて清楚な格好をしています。
同級生の女の子とは違った空気感に、学校中の男の子はみんな彼女にメロメロです。あの吉人君でさえも、彼女のことを見ると胸がキュンキュンしてしまいます。
ですが、劉生君は色恋といった感情がまだまだ育ってはいません(もしかしたら一生育たないかもしれません)から、特にドキドキすることもなく、普通に話しかけます。
「ここでどうかしたの? お花の様子を見に来たの?」
劉生君の問いに、鳥谷さんはきょとんとします。
「えっと、お水上げ当番でしたからこちらに来たのですけど……」
「え? 僕じゃなかったっけ」
「わたくしの間違いではなかったら、今日は赤野君とわたくし二人でお水をあげる予定だったはずですよ」
「……あっ、そうだった!」
普段の当番は一人だけですが、今日は二人ですることになっていたのです。劉生君はそのことをうっかり忘れてしまっていました。
「ごめん、先にやっちゃったっ」
「それでは、残りの分はわたくしがしておきますよ」
「いや、お水あげきっちゃったから……」
「あら、そうなんですか!」
ちょうど劉生君が水をぶちまけたおかげで(?)花壇の土はしっとり湿っています。
鳥谷さんは申し訳なさそうにします。
「わたくしがもっと早く来ていれば……。それに、お洋服も濡らしてしまいましたし……」
「大丈夫だよ! 今日は晴れているし、すぐかわ……くしゅん!」
タイミング悪くくしゃみをしてしまいます。
「うう、早く乾かないかな」
劉生君は濡れた服をさすります。
これが夏ならすぐに乾くのでしょう。ですが、今は秋。しかも今日は肌寒いです。休み時間の間に乾かないどころか、風邪をひいてしまうかもしれません。
「……そうだわ!」鳥谷さんは手を叩きます。
「保健室にいったら、換えのお洋服を借りれるかもしれませんよ! 行ってみましょう」
「保健室? へえ、借りれるんだ」
「はい! ではではっ、いきましょ!」
上履きに履き替えてから、劉生君と鳥谷さんは保健室をのぞきます。
しかし、保険の先生はちょうどいないようで、代わりに一人の男の子がボンヤリと座っていました。
「あれ、あの子って……」
今日の体育でリンちゃんが怒られているとき、ドリブルのテストをしていた男の子です。林みつる君という名前だったはずです。体がまんまるで、背が小さい男の子です。隣のクラスの子ですので、あまり話したことはありません。
一方、鳥谷さんと林君はお互い面識があったようです。鳥谷さんは嬉しそうに林君に手を振りました。林君も鳥谷さんをみて、驚いた表情を浮かべています。
「あれ? 咲音っち? どうしたの。怪我?」
「いえ。実は赤野君がわたくしのせいで水をかぶってしまいまして。替えのお洋服って借りれますか?」
「服ねえ。あったかなあ」
林君はがさごそと棚を探して、「あったあった」といって服を差し出してくれました。
「ちょっとぶかぶかかもしれないけど、借りてっていいよ」
「え? ほんと? 保険の先生に言わなくて平気?」
「大丈夫。俺は保険委員としてここを任されてるからね。あとで先生に言っておくよ。今週中に洗濯して返してね」
「わあ、ありがとう!」
さっそく着替えようとボタンを外しますが、林君は慌ててストップします。
「待って待って! どうしてここで着替えるの!? 外で着替えてっ!」
「え? 廊下で? いやそれはちょっと恥ずかしいかな」
「違う! トイレでってこと! 女の子がいるんだから、ちょっとは配慮しないとだめだよっ!」
「大丈夫! シャツ着てるから」
「そういう問題じゃないでしょ! ねえ、咲音っち!」
「わたくしは別に構いませんよ」
「いやいや駄目でしょーが! 僕ら四年生! そういうとこ気にしなくちゃ駄目な年齢! ってこら! 赤野っち! 服脱がないで!」
「あっ、僕の名前知ってたんだ。嬉しいなあ……」
「今はそれどころじゃない! ほら服着て!!」
なんてごちゃごちゃしていたからでしょう。二人の生徒が入ってきたことに三人とも気づきませんでした。
「……なにしてんの? リューリュー」
ハッとして扉の方を向くと、リンちゃんと吉人君が立っていました。
吉人君は劉生君たちをみて、ぽつりとつぶやきました。
「えっと……。これがいわゆる修羅場……?」
「修羅場!?」
「赤野君は鳥谷さんに恋をしてしまった。ですが、彼氏の林君はそれを許さない。そんなときに、林君がこういったのでしょう。『本当に彼女を愛しているなら、この僕を倒してからにしなさい』と。そして赤野君は服を脱ぎ、こういたのでしょう。『分かった。これが男と男の真剣勝負』、と」
「そ、そうだったのね……!」
「……え?」林君はきょとんとします。
リンちゃんは一瞬苦しそうに俯きますが、すぐに顔を上げます。
「……分かったわ。リューリューがそこまでの恋をするってのなら、あたしも応援しなくちゃだめよね。いくのよリューリュー! あんな男倒してしまいなさい!」
「え!? まって、どういうこと!?」
劉生君は戸惑いますが、リンちゃんの思い違いは止まりません。
「ええい、なんならあたしが先にやってやるわ! ええい!!」
「う、うわあああああああ!!!」
林君の顔面に、リンちゃんの拳がクリーンヒット!
きゅうしょに あたった!
こうかは ばつぐんだ!
「ちょ、道ノ崎さん!? なに本気にしてるんですか!?」
「え? 本気にって、まさかヨッシー、嘘ついてたの!!??」
「当たり前じゃないですか?!」
「林君、はやしくううううん!!」
三人がギャーギャー騒ぐ中、鳥谷さんは目をぱちくりさせて、にっこり微笑みました。
「仲良しなんですね! みなさん!」