2 だがしやさんにて! 好きなものを買いましょ!
外は快晴。10月ですのでまだまだ残暑で苦しむ日々が続いてますが、今日は運よく心地よい気温です。
公園で走り回りたい気持ちを抱きつつ、三人は大きなショッピングモールの中にいました。平日ですのであまり人はいません。服屋の店員さんも、のんびりとお洋服をハンガーにかけています。
「にしても、ヨッシーはいいわよねえ。ショッピングモールのすぐ隣にあるマンションに住んでいるんでしょ? いつでも遊びに行けるじゃないー」
「うーん、そうですかね? 駅からの利便性はいいですけど、学校からは離れていますから」
お喋りしながらエスカレーターにのぼり、ちょっと歩いたところで、吉人君は「ほら、ここですよ」といって指さしました。
そちらを見たリンちゃんと劉生君は、「わあ!」と声を上げました。
「本当だ! 駄菓子屋さんだ!」
雑貨屋さんやお洋服屋さんが並ぶ中、その駄菓子屋さんはひときわ目を引きました。
きつね色のべっ甲飴や、凍らして食べる青いゼリー、ピンク色の炭酸ジュースに、緑色のおもちゃの鉄砲。薄ピンクのえびせんに、ぴかぴか光るヨーヨー!
色とりどりの食べ物やおもちゃが天井から地面すれすれまで、所せましと並んでいいます。まるでおもちゃ箱の中です。
新しく出来たお店でしたので、小さな赤ちゃんから高校生のお兄さんお姉さんたちまで、たくさんの人で大変賑わっています。
三人はわくわくしながらお店の中に入ります。
「わあ、すごい! 本当に何でもあるのね! あっ、このぬいぐるみ、可愛い……」
リンちゃんはクマのぬいぐるみをぼうっと見つめます。筆箱よりも一回り大きいサイズで、薄黄の毛がふわふわとしていてとても可愛らしいです。
「面白い文房具もありますね。ほら、これなんか面白いですよ。妙に長い鉛筆です」
吉人君が手に取ったのは、まるでチュロスみたいに長い鉛筆です。
なんと、持ち手の部分がちょっと力を加えるだけで曲がるようです。
劉生君としては使いづらそうだなあなんて思いますが、吉人君は「すごい、なんの化学物質を使っているんだ!」と興奮しています。
二人がそれぞれ楽しそうに商品を眺めている中で、劉生君はキョロキョロとあたりを見渡します。
「あっ! あった!」
劉生君は思わず叫びます。
そこはシールコーナーでした。劉生君はキラキラとした目であるものを手に取ります。
「わあ、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のシール! キラバージョンだ!」
赤、青、黄、緑、桃のレンファイブがミニキャラになってシールに登場!
あんなシーンやこんなシーンを君の手元に!
なんてCMのうたい文句を思い出して、劉生君はついついニコニコしてしまいます。
『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』が大好きな劉生君は、グッズをたくさん買ってお部屋に飾るのも大好きです。ですのでお手伝いをたくさんしてお小遣いをもらって、色んなグッズを手に入れています。
しかし、このシールだけはどこの文房具屋さんを探しても見つからず、しょんぼりしていたのです。
「どうしようかなあ。たくさん買いたいけど、もしも来月新しいグッズが出てきちゃったら買えなくなるから……。い、一枚だけに……。い、いや! 二枚! 二枚買おう!」
「リューリュー、何ぶつぶつ言ってるのよ」
「本当に好きなんですねえ、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』……」
生ぬるい目で見つめられつつ、劉生君はシールをカゴに入れました。
他にもお菓子をいくつかカゴにいれて、三人はレジに並びます。
「吉人君は何か買ったの? まあ、見てわかるけど」
「見てわかると思いますが、チョコです」
彼のかごには、山もりのチョコが入っていました。これにはリンちゃんも呆れます。
「ヨッシー、どんだけ買うつもりなのよ」
「勉強するときには糖分が必要ですから。これは必要経費のようなものです」
「あーはいはい。ちなみに、あたしはこんな感じ! 飴とガムを買ったよ! 妹弟にあげるんだ」
リンちゃんは吉人君とは違ってあまり買わないようです。小さなかごに、これまた小さい飴やガムのお菓子が入っていてちょっと寂しい感じがします。
ですけど二人とも特にからかうことはしません。劉生君はニコニコ笑顔で、「飴もガムもおいしいもんね!」と答えます。
「じゃあ、僕が買ったものも見せるね! 僕が買ったのはっ」
「いや、それはいいわ」
「ええ。知っていますから」
「ええ!? そんな……」
劉生君はしょんぼりしながら、三枚のシールをかごに戻しました。
そんなことをしているうちに、レジの順番が回ってきました。最初のお会計は吉人君からです。
レジの人はかごの中をみて、表情がこわばりました。ですけどそこは仕事人の意地です。にこやかビジネススマイルでバーコードをスキャンします。
「お待たせしました。お会計は三千九百円です」
「わあ、吉人君すごい……」
「駄菓子屋では中々見ない金額よねえ」
なんて二人が囁いています。店員さんも心の中では全力で頷いていますが、やっぱり仕事人なので丁寧な定型文を口にします。
「千円以上お買い上げですので、こちらのくじを御引きください」
「へえ、くじですか。何が当たるんですか」
「景品はこちらの商品です」
店員さんはレジの後ろを手で指しました。かっこいいラジコンや可愛いぬいぐるみが並んでいます。その中には、先ほどリンちゃんが物欲しそうに眺めていたぬいぐるみもありました。
ですけど、吉人君はあまり欲しいものがなかったようです。ちょっと微妙そうな顔をしながら箱に手を突っ込みます。
取り出した紙はハズレでしたが、吉人君はそこまでショックを受けた様子もなく、「まあこんなものですよね」と冷静に頷き、ハズレ用の商品を受け取りました。
次は劉生君の番です。今度はシール三枚でしたので、店員さんもほっとしています。
「お会計は九百五十円です」
「あっ、ちょっと足りない」
ぎりぎりくじは引けなさそうです。ちょっと悩んだ劉生君は、隣にいたリンちゃんに声をかけます。
「ねえ、一緒にお会計しようよ。そうしたらくじ引けるから」
「え? いいけど。何か欲しいものでもあるの?」
「うん。当たるといいけど……」
リンちゃんの分もお会計してもらい、何とかくじを引くことができました。
ドキドキしながら劉生君は一枚の紙を引きます。当たってほしいなあ、と思いながら開くと、
「あら、おめでとうございます。三等賞です!」
お姉さんはにっこり笑うと、棚からある商品を取り出しました。薄い黄色の毛並みの、可愛らしいクマのぬいぐるみです。
「三等賞はぬいぐるみバックです」
「へえ、これってバックだったんだ」
よく見てみると、クマの背中にチャックがついています。あまり物は入らなそうですが、ポケットティッシュやハンカチは入りそうです。
お姉さんはぬいぐるみを新聞紙で綺麗に包装して、段ボールにつめてくれました。
三人は駄菓子屋さんを出て、小さなテーブル付きのベンチに座りました。劉生君はさっそく段ボールと新聞紙をはがして、ぬいぐるみバックを取り出しました。
「思ったよりもふわふわだなあ」
不思議そうにぬいぐるみを眺める劉生君を、リンちゃんはちょっと複雑そうに見ています。
「ん? どうかしたの? リンちゃん」
「……なんでもないわよ。よかったわね、ぬいぐるみをもらえて。まあ、実質あたしのおかげみたいなものだけど! それじゃあ、あたしの分のお金。はい」
リンちゃんからお金を受け取ると、劉生君は「ありがとう」といって、ぬいぐるみをリンちゃんに渡しました。
「はい、これ。リンちゃんにあげる!」
「え?」
リンちゃんはうっかり受け取ってしまいますが、慌てて劉生君に返そうとします。
「いやいや悪いって! そりゃあ千円分までいけたのはあたしのおかげだけど、リューリューの方が多く払っているんだし、くじを引いたのもリューリューなんだから」
「でも、リンちゃんが持ってた方がいいよ。クマさんもそう言っているし! それに僕はこっちにするから」
劉生君はぬいぐるみを包んでいた新聞紙を綺麗に広げると、くるくると器用に丸めました。
「できた、僕の剣! 名前は……『ドラゴンソード』! この『ドラゴンソード』は僕のものだから、ぬいぐるみはリンちゃんのものね!」
ぶんぶんと新聞紙で出来た剣、劉生君曰く『ドラゴンソード』を振り回します。
リンちゃんは何か言いたげに口を開きましたが、諦めてぬいぐるみをぎゅっと抱きしめます。
「……そこまでいうなら、仕方ないわね。もらってあげるわ」
渋々といった口調で言ってはいますが、ふにゃふにゃとした可愛い笑顔で顔を赤らめていますので、きっと嬉しいのでしょう。
リンちゃんと劉生君を見比べて、吉人君は肩をすくめました。
「僕そっちのけで盛り上がらないでくださいよ。空気読めない人みたいではないですか」
「へ? な、なんか悪いことしたかな?」
「むしろいいことしかしていませんよ。おあついことで」
吉人君はメガネをくいっと上げて、くじの外れ景品である棒付きキャンディーをなめました。