4 劉生君と橙花ちゃん
ミラクルランドにて、王たちは優しい眼差しで鏡を眺めていました。リオンがむずがゆそうに尻尾を一回振ります。
『オレは、赤野劉生なんて餓鬼は嫌いだが、……あの安直さが、時として薬となるんだな』
リオンと仲が悪いトトリも、神妙に頷きます。そういえば、トトリも劉生君のことを好ましく思っていませんでしたね。
ちなみに、ギョエイはまたまたむせび泣いています。
『よかったねえ、リンちゃん。よかったねえ、劉生君! 二人とも、幸せに暮らしてね!』
感激するギョエイの横で、ザクロが鏡をまじまじと見つめます。。
『なあなあ、あそこの物陰に、誰かいる』
レプチレス社長は適当に返事をします。
『変質者か何かかな?』
レプチレス社長は、誰が物陰にいるか検討がついていました。ついていながら、冗談での返事です。
ですが、子供大好きギョエイには、これがよく効きました。非常に効きました。
『なんだって! 変質者!?』
ギョエイは目を怒らせて吠えました。
『あの子たちを傷つける奴は、絶対に許せない! このボクが成敗してやる!』
『ちょ、ギョエイ皇帝、落ち着いて。変質者じゃない、蒼だよ蒼!』
『え、……あ、ほ、本当だ』
劉生君とリンちゃんをこっそり見守っていたのは、橙花ちゃんでした。笑顔の二人を見て、橙花ちゃんは安心したように微笑んでいました。
『な、なんだ。蒼か……。観覧車には乗らなかったのかな?』
リンちゃんのことが心配になり、橙花ちゃんはみおちゃんを説得して、観覧車の列から外れたのです。
トトリはじろりとギョエイを睨みます。
『感情をむき出しにしてはならない。鏡の向こうに声が届いてしまうかもしれない』
『うっ、ごめんなさい』
ギョエイはしゅんとします。
反省したギョエイですが、残念ながら、トトリが危惧していたことが、水面下で起きてしまいました。
鏡の中で、劉生君がふと顔を上げました。誰かが、蒼、と話していたような気がしたのです。紛れもなく、ギョエイが叫んだせいでした。劉生君が何気なく辺りを見渡すと、こちらをみていた橙花ちゃんと目が合いました。
「あっ、橙花ちゃん!」「へ!? どうしてここに?」
橙花ちゃんは気まずそうに物陰から出てきました。
「いや、ちょっと。えーっと、トイレに行きたくて」
「嘘おっしゃい」
リンちゃんが口をヘの字にします。
「あしのことが心配で来たんでしょ」
「うっ、……まあ、うん。そうだね」
「もう、リューリューしかり、橙花ちゃんしかり……。本当に、仕方ないわね」
リンちゃんは財布を取り出すと、観覧車のチケットを橙花ちゃんに押し付けます。キョトンとする橙花ちゃんに、リンちゃんは優しく笑います。
「これで、乗ってきなさいよ。リューリューと一緒に、ね」
「ええ? けど、」
「いいのよ。あたしのせいで二人が観覧車に乗れないなんて、あたしが嫌だもん」
反対しようとする劉生君に、リンちゃんはウインクする。
「あたしの我儘なんだから、これくらい聞いて」
「でも、」
劉生君は唇を尖らせますが、横から橙花ちゃんがチケットをもらいました。
「うん、分かった。劉生君。いこう。リンちゃんの我儘聞いてあげよう」
もちろん、この一言だけでは、劉生君は動きません。ですので、橙花ちゃんはぽそりと一言追加しました。
「観覧車の中で、私のお兄ちゃんのこと、たくさん教えてあげるから」
「え!? ほんと!」
劉生君は目をキラキラさせて立ち上がります。ついつい勢いで立ち上がってしまいましたが、すぐに我にかえって、リンちゃんの方を見ます。
「だけど僕は、やっぱりリンちゃんと一緒に……」
「いいからいいから」
リンちゃんは軽く劉生君の背中を押します。
「いきなさい」
「……」
「もう少しで、ヨッシーたちも帰って来るし。寂しくはないわよ」
劉生君はちょっと悩みましたが、ついには、こくりと頷きました。
「……分かった。行ってくるね」
「ええ。楽しんでらっしゃい」
劉生君と橙花ちゃんは観覧車の方へと行きます。途中、橙花ちゃんが振り返ると、リンちゃんがいたずらっぽい笑みで、ウインクをしていました。
「……リンちゃんって、本当にお姉ちゃんだよね」
橙花ちゃんは感嘆のため息をつきます。
「うん、かっこいいよね!」
劉生君は元気よく答えます。
観覧車の列は、さっきよりも短く、すぐに観覧車に乗れました。二人は向かい合わせに座ります。
しばらくはリンちゃんのことや、蒼井陽さんのことをお喋りしていました。二人で盛り上がっていたら、観覧車のアナウンスが聞こえてきました。
「まもなく頂上です。どうぞ、景色をお楽しみください」
劉生君は外を見てみました。
「わあ、遠くまで見えるね!」
身体を乗り出して、劉生君は窓の外を眺めます。橙花ちゃんも、風景を眺めます。
「そうだね」
橙花ちゃんは眼を細めます。
「……なんだか、懐かしいね」
「? 懐かしいの?」
「うん。ほら、フィッシュアイランドで、観覧車に乗ったよね」
「あー、そうだったね」
あの時は、魔王を倒して、みんなでフィッシュアイランドで遊ぼうと話していました。あのあと、眠り病やら何やらと、揉めに揉めまくり、結局、遊ぶことは叶いませんでした。
「今度はリンちゃんも遊べる遊園地にいこ! それで、みんなで遊ぼう!」
「うん。探しておくよ。探せば、車いすのリンちゃんでも遊べるような遊園地はあるはずだよ」
「えへへ、そうだね! 楽しみだなあ」
「……」
嬉しそうな劉生君を眺め、橙花ちゃんは、ぽつりと呟きます。
「……ありがとう、ね」
「ん?」
劉生君は小首をかしげます。
「どうしたの、急に」
「……私はね、ミラクルランドにいないと、みんなが幸せになれないと思っていた。でも、元の世界に戻ったみんなは、楽しそうにしていた。本当に良かった。ありがとう。……それから、ごめんなさい。私のせいで、君を苦しめてしまった」
劉生君、迷いもなくきっぱりと言いました。
「全然、大丈夫! だって、みんながちゃんと帰ってこれたんだもん。それだけで僕は満足! 大満足!」
「……そっか。ふふっ、劉生君らしいね」
橙花ちゃんはくすりと笑います。どこまでも明るく、まっすぐな劉生君に、橙花ちゃんがずっと悩んでいたもやもやが嘘のように晴れました。
もう迷いはありません。
橙花ちゃんは、自分のバックから小さな箱を取り出しました。掌サイズの小さな箱です。
「劉生君。これ、プレゼント」
「プレゼント?」
「開けてみて」
リボンをほどき、箱を開けると、劉生君は息をのみました。
「これって、蒼井陽さんが『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』でつけていたアクセサリー!」
そう、あれは先週。
突如、公式サイトで、このアクセサリーの発売が予告されたのです。
アクセサリー自体は他でも売ってそうな品物で、銀色の十字に、真ん中に赤い宝石がついています。
ですが、こういう作中のアイテムは、それだけでファンの購買意欲を倍増、倍々増させます。
完全受注生産で、お値段は高めでしたが、予約がはじまった初日で、受付終了になってしまうほどの人気でした。
劉生君も予約したかったのですが、あまりにお高いお値段設定に、諦めてしまったのです。
「どうしてこれを!? ま、まさか、お兄ちゃんからもらったとか!?」
「そうなんだけど、実はね、これ、ちょっと間違えて作っちゃったみたいで。ほら、真ん中の宝石。赤色というより、オレンジに見えない?」
「あっ、本当だ」
蒼井陽さんは、名字こそ「蒼」ですが、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』ではレッド役ですので、衣装やアクセサリーにそれとなく赤色が入っています。
このアクセサリーも、本来は赤色の宝石が入っているはずですが、よくよく注意してみてみると、劉生君が持っているアクセサリーの宝石は、赤の色が薄い気がします。橙花ちゃんの言う通り、オレンジに近いです。
「色落ちしちゃったの?」
「いや、間違えたみたいでね。売り物にならないからって、お兄ちゃんがもらったらしいんだ。それで、お兄ちゃんが私にくれて。貰って嬉しかったけど、劉生君にあげたら、もっと嬉しいかなって思って。……どうかな? 正規品ではないけど」
「全然! こっちの方がいい!」
劉生君は箱をぎゅっと握ります。感激で目が潤んでいます。
「ありがとう、橙花ちゃん。すごく嬉しい!」
「喜んでくれてありがとう。でも、安心して。これで、自分のやったことが帳消しになるとは全く思っていないから」
「わーいわーい!」
劉生君、無邪気にはしゃいでいます。全く橙花ちゃんの発言を聞いていません。聞いていたとしても、劉生君は「橙花ちゃんのやったこと?」と首を傾げるだけでしょう。
なぜなら、劉生君は自分がやりたいように、ミラクルランドへ行き、橙花ちゃんと戦ったのです。
そりゃあ、みんなが眠り病にかかって、どうしようかと深く落ち込んでいましたが、それは橙花ちゃんのせいだとは思っていません。少しも思っていません。
ひとしきり喜んで、劉生君は背もたれによりかかります。
「ふう……」
劉生君は大切そうに箱を胸におしつけます。
「今日は、楽しかった。本当に楽しかった」
「うんうん、そうだね」
「楽しすぎて、」
「うん?」
「眠くなってきちゃった」
「……へ?」
劉生君は電源が切れたかのように、目をつぶり、眠ってしまったのです。
「ほ、本当に自由だね……」
橙花ちゃんは苦笑しました。
「まあ、いいか」
あともう少しで、観覧車も地上に戻ります。その時になったら起こそうと、橙花ちゃんは思いました。
……それなら、今のうちに。
橙花ちゃんは目をつぶります。
「……ねえ、みんな。そこで見ているんでしょ?」