2 観覧車に乗ろう?
空は高くなり、空の青も薄らいでいます。夏の鋭い日光も和らいでいき、涼しげな風が子供たちの頬を撫でます。
セミの鳴き声に背中を押されるかのごとく、子供たちは元気よく、観覧車へと向かいます。
先生さんがくれたチケットは、問題なく使えました。
どうやら観覧車は、一つのゴンドラに五人まで乗れるようです。だから、あのチケットは五人までだったのです。
「さてさて! どういう組み合わせにしましょうか」
リンちゃんがお姉ちゃんらしく仕切ります。
「えーっと、あたしたちは十一人でしょ? ってことは、三で割るとー……。うーんっと、三×一が三、三×二が六……。つまり……」
リンちゃん、お姉ちゃんらしく仕切ろうとしますが、残念ながら計算能力は「お姉ちゃんらしさ」を披露できていません。
こういうときは、吉人君の出番です。
「チケットのこと考えますと、五人・三人・三人で分かれるのがちょうど良さそうですね」
「よし、それでいこう!」
リンちゃんは即答しました。
さてさて、次はどう分かれるか、です。これだけの大人数です。じゃんけんで決めるのが一番効率的でしょうが、ここで吉人君は満面の笑みですかさず提案しました。
「道ノ崎さんと赤野さん、それから僕の三人でいかがですか!」
吉人君はこう考えていました
自分たち三人の番が来たら、吉人君は「ちょっとトイレにいきたい」といって、席を外そう、と。
そうすれば、劉生君とリンちゃん二人きりになれます。
二人きりで、観覧車。
つまり、恋の予感! です。
劉生君とリンちゃんをくっつけ隊隊長、鐘沢吉人君は、この機会を逃すわけにはいきませんでした。
吉人君の考えを悟った子供たちは、あるものは苦笑し、あるものは興味なさそうに受け取ります。
ちなみに、やっぱり本人たちは吉人君の気配り(?)に気づく様子もありません。リンちゃん劉生君は「まあそれもいいかもね」「だねだね」なんてのんびりと同意します。
自然と、他のチームも決まりました。
橙花ちゃんは、みおちゃん、李火君、聖菜ちゃん、友之助君と一緒です。
みおちゃんが橙花ちゃんと組みたがり、友之助君もそわそわしながら橙花ちゃんと組みたがり、李火君が面白がって聖菜ちゃんを誘い、この五人になりました。
なんだか揉めそうなメンバーに、聖菜ちゃんは、「ケンカになったら、私が止めないと」なんて意志を固めます。
他の三人は、みつる君、咲音ちゃん、それから幸路君です。
あまりものですが、意外や意外、幸路君が料理好きだと分かり、クッキングトークで盛り上がっています。
あるチームは不安げに、そしてあるチームは楽しげに、観覧車を待つ列に並びます。
平日ではありましたが、夕方に近いこともありまして、学生さんたちが和気あいあいと待っています。子供たちも行儀よく列の後ろにつきます。
少しずつ、少しずつ列が進み、リンちゃんたちの番が来ました。
今がそのときです。精一杯演技をしようと思った吉人君ですが、残念ながら名演技を披露できませんでした。
なぜなら、観覧車のスタッフさんが、車いすに乗るリンちゃんを見て、戸惑って固まったのです。
「ええと、すみません、お客様」
「はい? どうかしましたか」
スタッフさんは、申し訳なさそうに頭を下げてきました。
「すみません、車イスの方はご利用できないんです」
観覧車は、スタッフに促され、利用客が自分の足でゴンドラに乗りこむタイプでした。ですので、車イスのリンちゃんは、ゴンドラに乗ることができないのです。
「あっ、……そっか。そうですよね。わかりました。すみません、確認する前に列に並んじゃって」
リンちゃんは劉生君と吉人君を見上げます。
「そういうことだから、あたしはどこかしらで待っておくね。二人で楽しんでおいで」
彼女は微笑みます。
……どこか、諦めたような笑みで。
きっと、劉生君たちが知らない間にも、 動かなくなった足のせいで、思うようにいかなかったことが沢山あったのでしょう。
全てに反発することは出来ませんし、するつもりもありません。
別に、周りがリンちゃんに意地悪している訳ではないのです。
物理的に、車イスでは無理なだけです。
この観覧車しかり、他のこともしかり。
リンちゃんも、それは分かっていました。
だから、諦めることにしたのです。
「いつものことだから、いいのよ」
そう言って笑うリンちゃん。吉人君はかける言葉も見つからず、絶句しています。
他の子達も同様に、黙ってしまっています。
橙花ちゃんは何かを言い出そうと口を開きます、が。それよりも早く、劉生君がスタッフさんに話しかけました。
「ねえねえ、お姉さん。リンちゃんをさ、だっこしてさ、乗せるのも駄目なの?それなら、リンちゃんが乗らなくてもいいよ!」
しかし、スタッフの人は首を横に振ります。
「すみません。安全上の都合で、許可できません」
「……そっか……。どうしても駄目なんだ……」
「ええ……」
スタッフは悲しげではありますが、きっぱりと否定します。リンちゃんはぐいっと劉生君の袖を引きます。
「これ以上スタッフさんに迷惑かけないの。あたしはいいんだから、リューリューたちで楽しんで」
「……だったら、」
劉生君は、迷いなく答えます。
「僕も、観覧車に乗らない。リンちゃんと一緒に残るっ!」