1 病院にレッツラゴー!
平日の電車ですので、車内は空いていました。みんな、思い思いの席に座り、思い思いの場所でつり革をつかみ、のんびりとおしゃべりすること、十数分。目的地の病院がある駅につきました。
吉人君が、「近くですから、歩いていきましょう」と声をかけつつ、先頭で案内してくれます。
劉生君は彼のあとに続きます。懐かしいな、と劉生君は思います。リンちゃんたちをお見舞いするとき、よくここの駅を使っていました。
暢気に駅の外を眺めていると、劉生君の視界に、正面に大きな観覧車がうつりました。少しずつ少しずつ、まるで時計の時針のように、のんびりと動いています。
「そういえば、ここの駅って観覧車があったなあ。修理終わったんだ」
劉生君がのんびりと言うと、幸路君が興味深げに観覧車を眺めます。
「へえ、ここ、遊園地でもあるのか?」
「ううん、遊園地はないの」
「へ? そうなのか? 観覧車があるのに?」
「うん。観覧車があるのに、遊園地はないの。えっと、みつる君、どうしてだっけ?」
みつる君は思い出すように考えながら、説明してくれます。
「えっと、本当は簡単な遊園地を作って、他の地域の人に遊びにきてほしかったけど、予算がなくて、観覧車だけにしたんだっけ。俺も親から聞いただけだから、詳しい話は知らないけど、そういう感じだったはず」
「へー。変なの」
みつる君たちの親がまだ中学生くらいのときに出来た観覧車ですので、良い言い方をすれば歴史があり、悪い言い方をすれば古臭いです。
古いものは壊れていくものです。この観覧車も例外ではなく、ちょうど劉生君たちがミラクルランドから脱出したあたりから半年間ほど修理点検をしていました。
つい先日、修理が終わり、観覧車は優雅に回っています。
劉生君は満面の笑みでみんなを見渡します。
「ねえねえ、みおちゃんのお薬もらったら、みんなで観覧車乗ろうよ!」
劉生君が思い出していたのは、フィッシュアイランドの観覧車です。橙花ちゃんと二人で観覧車に乗った時、劉生君は「今度みんなで一緒に遊びたいね!」と話していました。
結局、フィッシュアイランドで遊ぶことはできませんでした。
なら、代わりにここで観覧車に乗りたいと、劉生君は思ったのです。他のみんなも、「行きたいね」と乗り気です。
「えへへ、楽しみだな!」
劉生君はノリノリで病院に進みます。
病院は、駅から歩いてすぐの場所にありますので、迷わずすんなりと行けました。ですが、病院でもすんなり、とはいきませんでした。
受付の人にちょこちょこと近づいて、みおちゃんが「すみません」と声をかけました。受付の人は返事をしつつ、さっと辺りを見渡しました。
みおちゃんのご両親がどこにいるかと確認しているのです。ですが、みおちゃんの後をぞろぞろと付いてきたのは、小学生や中学生・高校生の集団たちです。
一体、この集団は何なんだと、受付の人は戸惑います。
「えっと、どうかしたのかな?」
「あのね、薬もらいに来たの! みお、この病院にいたことあるから、お薬もらえるの!」
みおちゃんのざっくばらんとした説明に、受付の人はさらに困っていました。見かねた李火君が、説明を加えてくれました。
「この子は眠り病にかかっていた子でして。後遺症も酷かったので、こちらの病院に長くお世話になっていました」
「あら。そうなんですか」
受付の人は同情するようにみおちゃんを見下ろします。
「ええ。普段は病院で処方している薬を服用しているのですが、今日は外出する予定でしたので、彼女もすっかり舞い上がって、薬を飲み忘れてしまって……」
李火君は長いまつげを伏せます。
「できたら、一度お医者さんに見て頂いて、薬を頂ければと思っております。どうでしょうか、お願いできますか」
哀願するように受付の人を見つめます。その表情は、散り際の桜のように儚く、捨てられた子犬のような純粋さが滲み出ています。
ただでさえ整った顔の上、芸能界で手に入れた演技力もふんだんに使っています。
受付の人は、ぽっと頬を紅潮させます。
「わ、分かりました。確認してみますね」
彼女は熱にうなされたように、後ろに下がっていきました。受付の人が完全にいなくなると、李火君はふん、と鼻をならして、めんどくさそうに肩を回します。
「はあ。こんなものかな」
李火君が振り返ると、リンちゃんたちがジト目で李火君を見つめていました。李火君は目をぱちくりさせて、首を傾げます。
「どうかしたの? みんな」
「いや、なんというか……」
言いよどむみんなを差し置き、聖菜ちゃんがニコッと微笑み、
「……李火、オオカミ少年。……わんわんわん」
と、揶揄ってきました。暗に嘘つきと言われている訳ですが、李火君は平然としています。むしろ得意げです。
「嘘も方便だからね」
ちろりと舌を出して、ウインクします。
さあこれでうまくいけば、みおちゃんも安心して一緒に遊べます。次は観覧車! 楽しみだ! とお喋りします。
ですが、さすが病院といったところでしょうか。そうそううまく事は運びません。受付の人が戻ってくると、申し訳なさそうにいいました。
「すみません。保護者の方がいないと、診察はできません」
「一応、俺は高校生ですけど」
「兄妹ならできますが、そうでないと難しくて……」
補足をしますと、みおちゃん、保険証は持っていました。診察券は持っていませんでしたが、保険証さえあればどうにかなると、李火君は楽観視していました。
「そうか……」
李火君と橙花ちゃんは困ったように顔を見合わせます。さあ、どうしようか。もうみおちゃんを帰らせるしか方法はないのかと、二人は戸惑います。
そんなときです。
「……あれ? みつる君?」
誰かが、声をかけてきました。みつる君が振り返ると、彼は驚きます。
「先生さん!?」