7 きな臭い空気が漂ってきたようです
このときの劉生君は、幸路君ときゃっきゃと楽しくお喋りしていました。
「それでね、蒼井陽さんが悪魔を一刀両断にするの! 本当にかっこよかったな!」
幸路君もしきりに頷きます。
「ああ、分かるぜ。『仮面恐竜キョウスケ』で、パートナー恐竜が破裂したときくらいのインパクトだったな。『仮面恐竜キョウスケ』といえば、最新話で恐竜の卵が生まれたのは感動したな。うんうん」
「『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』でも、ヴィランが普通の女の人に恋しちゃうところは感動したよ! すごかったよねえ」
「すごいといえば、『仮面恐竜キョウスケ』でも」
どうやら、お互い好きなことをまくし立てているだけのようです。周りの子たちは呆れていますが、本人たちはとても幸せそうです。
「それでね、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のヒロインがね、」
なんて、とりとめのない話をしようとした、そのときです。劉生君の脳裏に、ふと、誰かの声が聞こえました。
「……?」
どこかで聞いたことのある声です。あたりを見渡してみますが、幸路君くらいしか劉生君に話しかけてくる人はいません。
正確な言葉は、聞き取れませんでした。けれど、劉生君の心の中に、漠然とした不安がまとわりつきます。
「……そういえば、みおちゃんってまだ帰ってきてないの?」
「みおか? トイレから戻ってないのか?」
「……ちょっと、僕、見てくるね」
「え? あ、おい」
劉生君は一目散にトイレ方向に駆けだします。
「どうしたんだ? あいつ?」
ちょうど幸路君もトイレに行きたかったので、付いていくことにしました。のんびりと歩いて、トイレの看板がある通路に入ります。男子トイレは手前側、女子トイレは奥、その間に、ちょっとした休憩用のベンチがありました。
劉生君は、ベンチの方にいました。座ってはいません。呆然と立ち尽くしています。ベンチに座っている誰かを凝視しているようです。
ここからでは、劉生君の背中に隠れて見えません。みおが寝ているのかな、と暢気に思いながら、幸路君は劉生君に近づきました。
「どうした? なにかあ……」
言葉は、途中で止まりました。
「み、みお!? どうしたんだ!」
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みおちゃんは答えません。新い吐息を返すだけです。劉生君は泣きそうな顔で幸路君にすがります。
「ゆ、幸路君。どうしよう……! 救急車、救急車呼ばないと……!」
「そ、そうだな! 携帯、携帯、わっ、落としちまった!」
慌てに泡て、焦りに焦る二人の後ろで、心配そうな声が聞こえてきました。
「幸路君、劉生君、どうかしたの?」
橙花ちゃんです。
劉生君は必死に叫びます。
「橙花ちゃん、みおちゃんが、みおちゃんが、苦しそうで、あの、救急車、救急車……!」
「……みおちゃんが?」
さっと顔色を変え、橙花ちゃんはこちらに駆けてきました。
みおちゃんの様子を見て、橙花ちゃんは優しく問いかけます。
「みおちゃん、お薬飲んだ?」
みおちゃん、無言で首を横に振ります。
「わかった。ちょっと待っててね」
橙花ちゃんは、持っていたバックからペットボトルの水と錠剤を出しました。
みおちゃんを後ろから抱き締めると、薬をみおちゃんの口にいれ、水を流し込みました。
「……ん……」
みおちゃんはこくり、と飲み干します。
しばらくは苦しそうに唸っていましたが、次第に息も整い、表情も和らいでいきました。
みおちゃんは、にっこりと笑顔をみせてくれます。
「お姉ちゃん、ありがとう!もう大丈夫!」
「よかったよかった。朝の薬はちゃんと飲んだの?」
「飲んだよ!飲んだのに、急に気分悪くなっちゃったから、ビックリしちゃった!」
いつものみおちゃんと変わりなく、元気そうです。
よかった、と劉生君はほっとため息をつきます。
「みおちゃん、お腹でも痛くなっちゃったの?」
尋ねてみると、みおちゃんはすぐに否定しました。
「ううん、違うよ!あのね、眠り病のこーいしょうだよ!」
「……眠り病の?」
劉生君はぽかんとしました。
こういしょう、こういしょうとは何でしょう? そんな衣装でしょうか。
劉生君が困っていた、ちょうどのタイミングで、暫く帰ってこない劉生君たちを気にして、リンちゃんたちが様子を伺いにきました。
「リューリュー、どうかしたの?」
「あ、えっとね、みおちゃんが、眠り病のこーいしょう? っていうのになったみたいで」
「こういしょう? なにそれ」
リンちゃんは知らなかったようですが、吉人君含め、他の子どもたちは知っていたようです。苦虫をつぶしたような表情になります。
代表して、吉人君が教えてくれました。
「眠り病にかかった子供たちは、みんな回復しましたが、一部の子供は後遺症に悩まされているんです。僕もテレビでしか情報を知りませんが、頭が痛くなったり、心臓が掴まれるように痛むようです」
「え、そうなの?」
劉生君は驚いたようにリンちゃんたちを見ます。
「それじゃあ、リンちゃんたちも後遺症なの?」
不安そうに尋ねますが、リンちゃん吉人君、咲音ちゃんにみつる君は全員そろって否定しました。
「お医者さんから聞いたんだけど」みつる君が言いました。「俺たちは眠り病にかかっていた時間が短いから、後遺症もないんじゃないかって教えてくれたよ」
みつる君の言葉を補足しようと、李火君が口を開きました。
「ミラクルランドに一番長くいたのは俺だけど、俺の後遺症は結構軽いね。多分、俺はほとんどレプチレス・コーポレーションでのんびりしていたから、軽かったんだろうね」
二人の説明を劉生君はしっかりと聞いていました。聞いていたからこそ、そこから導き出される答えに、自然と気が付きました。
ミラクルランドにいた時間が長く、そして王たちの支配下にいた時間が短ければ短いほど、後遺症はつらく重くなります。
つまり、
「橙花ちゃんは、後遺症、大丈夫なの?」