3 友之助君VSお兄ちゃん……?
挙句のはてに、橙花ちゃんの兄と紹介した蒼井陽さんに、友之助君は慌てて姿勢を正して、自己紹介してしまいました。
「は、はじめまして。伊藤友之助です」
「……君が伊藤君か」
「は、はい」
かわいそうな友之助君。蒼井陽さんにじろじろ観察されています。
挙げ句の果てには、先ほど劉生君に投げ掛けたような、不躾な質問をしました。
「……君は、橙花のことが好きなのか?」
「す、す!?」
「こ、こんいちは。伊藤友之助です」
「……君が、伊藤友之助君……」
かわいそうな友之助君!
突然、大好きな子の兄が超有名人と知り、
普通に丁寧にあいさつしただけで、足先から頭のてっぺんまでジロジロみられていますし。
助けを求めて橙花ちゃんを見ますが、橙花ちゃんは橙花ちゃんで、兄の行動を不思議そうに眺めるばかりです。
フォローを入れられるとすれば、こんなきっかけを作ってしまった吉人君しかいません。
吉人君は焦りながら、二人の間を割って入ろうとしました。
ですが、意外な人が口を開きました。劉生君です。
「あのねあのね! 友之助君はすごくかっこいいんだよ!」
劉生君はまるで自分のことかのように、自慢げに語りだしました。
「友之助君はね、年下の子にもすごく優しいんだ! 年上の子にも優しいよ! 橙花ちゃんが無理しているときも、気をつかって助けてあげようとしたもん! お母さんお父さんみたいな関係なんだ!」
一見、火に油を注ぐような内容です。吉人君はまずい、と思いました。おそるおそる蒼井陽さんを見上げます。
案の定、蒼井陽さんは固まっています。
「……そうか。お母さんお父さんみたいな関係、か。そうか、そうか……」
かみしめるように繰り返します。怖いくらいの無表情で、友之助君を見つめたものですから、友之助君はびくりと肩を縮こませます。
「な、なんですか?」
「……君は、橙花の事が好きか?」
「へ!? え、えっと、」
友之助君は俯きます。顔はよく見えませんが、両耳が真っ赤になっています。
「そ、そりゃあ、嫌いじゃない、です。蒼は、その、俺よりもしっかりしているし、みんなのことを考えてくれているし」
「……」
蒼井陽さんは仏頂面で腕組みをしています。
訳の分からぬ空気でしたが、劉生君と同じく、あまり空気を読めない子、橙花ちゃんは、ほのぼのと友之助君を褒めました。
「友之助君には、色々助けてもらったんだ。友之助君がいたおかげで、私も……やりたいことができたから」
言葉は濁しましたが、彼女の言う「やりたいこと」は「魔王討伐」のことです。
友之助君がムラを守ってくれていたから、橙花ちゃんはムラに残した子供たちを過度に心配することなく、魔王討伐に集中できました。
「友之助君には、感謝している」
「……蒼……っ」
目を輝かせる友之助君ですが、すぐに顔が曇りました。
「けど、俺、何も出来なかった。結局、あの件も劉生が全部解決したからな」
「そんなことはないよ」
「……蒼は優しいから、そう言ってくれるけど、俺はどうにも。……でも、俺は諦めない」
友之助君は、覚悟を決めたように、ぎゅっと手を握ります。
「これから、俺はもっと強くなる。蒼を守れるような大人になる。絶対にだ」
「……友之助君……」
ここで、劉生君橙花ちゃんペアと同じくらい空気の読めない女の子、咲音ちゃんが感極まった様子で呟きました。
「わあ、愛の告白ですねっ! 素敵です!」
「告白……?」
友之助君は首を傾げ、よくよく自分の発言を思い返し、
「……っ!」
顔が赤くなりました。
「い、いや、そういう意味じゃなくて、違うんだ、いや、強くなるってのは違くないんだけど、えっと、あっと、その、わ、分かったか、蒼!」
「うんうん、分かっているよ」
橙花ちゃんは微笑みます。絶対に分かっていないです。そもそも勘違いしていませんから、分かる分からない以前の問題ですが。
一方、蒼井陽さんは橙花ちゃんのようには行きません。
鋭い視線を友之助君に向け、重々しく口を開きます。
「……伊藤友之助君」
「は、はい」
「さっきの言葉に、嘘はないな」
「……もちろん、です」
「……わかった」
蒼井陽さんは、ゆっくり頷きます。
「認めよう」
「……え?」
「二度は、言わない。言わないんだから……!」
なんと、蒼井陽さんは目を潤ませて、走り出してしまったのです。唐突な行動に、橙花ちゃんは驚きます。
「お、お兄ちゃん!? ちょ、ちょっと……!」
橙花ちゃんが止める声は、聞こえていなかったのでしょう。蒼井陽さんは人ごみの中に消えていきました。
みつる君は、ぽかんと口をあけて、蒼井陽さんが消えていった方を見ました。
「……なんだったんだろう、あの人」
「ですねえ」咲音ちゃんは頷きます。「マスクと帽子をつけていないと、皆さんにバレてしまいますよ」
みつる君、「そうじゃないと思うよ」と力なく突っ込みました。