2 波乱を起こす、シスコンさん
「……あのー?」
咲音ちゃんは不思議そうに質問します。
「どうして蒼井陽さんはこちらへ?」
「ああ、……たまたま、通りがかったんだ」
「たまたま……? ここら辺で、撮影でもあったのでしょうか?」
「い、いやー、えっと、完全プライベートで……」
なぜでしょうか? 蒼井陽さんはしどろもどろしています。彼の様子を見ていた彼女、橙花ちゃんは、深く深くため息をついた。
「私の後をつけていたんでしょ?」
橙花ちゃん、じと目をしています。
「っ! い、いや、違くて、本当にたまたまだって! たまたま!」
蒼井陽さんは首がとれんほどの勢いで首を横に振ります。いかにも怪しいです。怪しいですが、……どうしてここで嘘をつこうとしているのでしょうか?
不思議そうにする劉生君に、橙花ちゃんは説明してくれました。
「実はね、黙っていたんだけど、劉生君が大好きな蒼井陽は、私のお兄ちゃんなんだ」
「……え?」
劉生君は、絶叫しました。
「ええええ!!!」
大慌てでリンちゃんの方を向きます。
「り、リンちゃん!! 橙花ちゃんの、橙花ちゃんのお兄さんが蒼井陽さんなんだって!!!!」
是非とも驚愕を共有したいと思った劉生君でしたが……。
「……え? 知らなかったの?」
リンちゃんは別の方向で驚いていました。
「ふぇ!? き、気づいていたの?」
「いや、知らないっていうか……。ニュースで言ってたじゃない。蒼井陽さんの妹が、眠り病にかかってたって」
「もちろん知っているよ! 蒼井陽さんが出演するテレビは全部予約して、DVDにダビングしているからね!!」
それから、劉生君は照れるように頭をかきました。
「それに、それに、なんだって、僕は蒼井陽さんに直接会ったことがあるもん! その時に、そんなこと言ってたからね!!!」
みつる君のお店に遊びにいった際に、劉生君たちは酔っ払いに絡まれて大変な目になりました。
泣きたいような状況を一変させてくれたのは、他でもない、蒼井陽さんでした。
酔っ払いの人が眠り病専門のお医者さんだという話を聞くと、蒼井陽さんは顔を曇らせ、妹も病気にかかっている、と話していたのです。
そのときは、劉生君も妹さんの病気が何なのかは分かっていませんでした。
劉生君が「蒼井陽さんの妹が眠り病にかかっている」と気づいたのは、ミラクルランドから子供たちを送り返した後、ニュースで蒼井陽さんが告白したときが始めてでした。
まさか、その妹さんが、橙花ちゃんだとは、劉生君は一切気づいていませんでした。
ですが、どうやら気づいていなかったのは、劉生君だけだったようです。
リンちゃんだけではなく、吉人君も呆れたような表情をしています。二人だけではありません。なんと、みつる君、咲音ちゃんも、橙花ちゃんが告げた事実に驚いていません。
むしろ、告白した橙花ちゃん自身が、劉生君の次に驚いていました。
「そうなの!? そ、そっか。結構隠していたつもりだったんだけどね……」
みつる君はちらりと蒼井陽さんを見上げまあす。
「それで、蒼井陽さんは、どうして橙花っちの後をつけていたんですか」
「うっ、それは……」
蒼井陽さんは渋々と口を開きます。
「し、心配で……」
「……心配?」
みつる君は、そこんじょそこらの大人よりもしっかりとしている、橙花ちゃんを見ます。
「……橙花っちが?」
「……」
蒼井陽さんはこくりと頷きました。
橙花ちゃんは呆れたように顔を手で覆います。
「お兄ちゃん、この前も言ったけど、私は子供じゃないんだから、一人で大丈夫だよ。そもそも、お兄ちゃん、今日はお仕事じゃなかった?」
「そうだけど、橙花が何をしているのか気になって、不安で仕事も集中できなくて」
「それで、来ちゃったの?」
「うん……」
こくりと頷きます。『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』では、隊員を率いるリーダーポジションでしたが、目の前の彼は、親に怒られる子供のようです。
親ポジション、橙花ちゃんは、困ったように腕組みをします。
「あの高校生たちを説得してくれたのは嬉しかったけど、さすがにこれから一緒に行動するのはやめてほしいな」
「う、そうだよね……」
口ではそう言っていますが、やはりまだ不安のようです。その場から動こうとしません。
「大丈夫ですよ!」
ここで、劉生君がぽんっと胸をたかいます。蒼井陽さんに出会った興奮がまだ引いていないようで、顔が赤くなっています。
「僕が、橙花ちゃんを守りますから!」
「君が、橙花を守る……?」
蒼井陽さん、目を大きく見開き、劉生君をじっと見ます。
「まさか、君は橙花のことが、す、す、好きなのかい?」
「うん、大好き!」
「……そ、それはその、そういう意味で、かい?」
どういう意味でなのかは検討もつきませんでしたが、劉生君は迷いなく「はい」と答えそうになりました。
「ストップ、赤野君!」
吉人君、瞬時に劉生君の後ろに回ると、口に手を当てます。
「違いますよ! 赤野君は、そういう意味で好きではありませんよっ!」
「そうなのかい?」
疑うように劉生君と吉人君を見ます。
その眼は、俳優として、ファンに向けるものではありません。兄として、最愛の妹のお相手を見極めようとしてます。
この人はシスコンなんだな、と思いながら、吉人君は肯定します。
「ええ! なんだって、赤野君は道ノ崎さんとそういう関係ですからね!」
「へ?」
唐突に話を振られ、リンちゃんはぽかんとします。
「あたしとリューリューが、なんだって?」
「愛してるってことですよ」
「あ、あ、あ、あ……!」
リンちゃんはゆでだこのように顔を赤くさせます。パクパクと魚の様に口を開け閉めするリンちゃんを差し置いて、劉生君は元気よく答えます。
「うん! 僕、リンちゃんのこと愛しているよ! 大好きだよ!」
劉生君の中で「愛している」は、「大好き」とイコールです。まだまだ幼く、性格的なものもありまして、劉生君は恋心なんてものは理解していないのです。
ですが、劉生君の一言に、蒼井陽さんは安心したようです。鋭い視線が、若干和らぎます。
ほっとした吉人君は、いらぬ一言を洩らしてしまいました。
「それに、橙花さんは赤野君よりも伊藤君のほうがお似合いですから」
「……伊藤君?」
蒼井陽さんは眉間にしわをよせて、彼の名を繰り返します。
タイミングがいいのやら、悪いのやら。
「あれ、お前ら、ここにいたんだな。久しぶりだな!」
さらなる波乱を巻き起こしてしまいそうな人物、伊藤友之助君がやってきてしまったのです。