7 大苦戦! ねばる劉生君!
『道ノ崎リンちゃん。確かに君の力は中々なものだけど、あまり過信しすぎては駄目だよ。こうなってしまうからね』
魔王はひょいとリンちゃんをヒレで叩き落とします。リンちゃんは地面に落ちてしまいます。
慌てて劉生君がキャッチします。
「リンちゃん、リンちゃん!」
「うっ……」
わずかに身じろいでいます。
「ごめん、リューリュー。油断、しちゃった」
「大丈夫、すぐに吉人君を呼ぶからっ。吉人君っ!」
「え、ええ!」
吉人君は劉生君のもとへ駆け出そうとしますが、それはできませんでした。
吉人君の目の前に、魔王が立っていたのです。
『鐘沢吉人君。君は状況判断がちょっと甘いね。この状況で、真っ先に狙われるのは自分だと分かっていないようだ』
魔王は、にっこりと微笑み、呪文を口にします。
『<フットエントラップメント>』
橙花ちゃんを捕らえたあの技です。何をされるのか分かっていたのに、突然の攻撃に吉人君は動けませんでした。
逃げた方がよかったと気づいたときには、もう遅く、彼の足は海藻で絡みついてしまっていました。
「なっ、うがあ!?」
襲いかかる水圧。
吉人君は悲鳴を上げます。
『おっと、ちょっと強すぎたかな? 時計塔ノ君のときよりも弱めにしないと』
魔王は魔法の威力を調整しています。その隙を、劉生君は見事つくことができました。
「吉人君を離せ! <ドラゴンファイアーバーニング>!」
『……っ!』
魔王は体を翻します。
攻撃こそ避けられてしまいましたが、吉人君への攻撃は中断することができました。
力なくその場に倒れこむ吉人君、ですが意識はあるようで膝をついています。
劉生君は彼を背に魔王と向き合います。
「ぼ、僕が相手だ! 魔王!」
怖くて声は震えてしまいますが、それでも勇敢に立ち向かいます。
魔王は目を細めます。
『赤野劉生君。君は魔力の量も他の子とはけた違いで、とっても勇敢だ。それに』
「えいっ! <ファイアーバーニング>!」
『おっと』
魔王は寸前のところでさけます。ですが、完全には避けきれませんでした。ヒレの一部がほんのり焦げてしまいます。
ダメージを受けたというのに、魔王は楽しそうに笑っています。
『うんうん、筋がいいね。もう少し経験をつめば、もっと強くなるよ』
「ええい! <ファイアースプラッシュ>!」
劉生君は炎の粉をまき散らします。
散った火の粉は魔王の周りを囲みます。逃げ道を塞いでいるのです。
続いて、もう一度劉生君は剣を握りしめます。
「これでやっつける! <ファイアーバー」
『そうはさせないよ。<リサーキュレーション>』
リサーキュレーションとは、川を横断する堤防の真下で起こる現象です。堤防から降りてきた水が地面にぶつかった衝撃で、堤防の真下で渦が出来てしまうことを指します。
魔王の水球は、まさにその名の通り、渦を巻いています。
それをそのまま、劉生君にぶつけました。
「っ! <ファイアーウォール>!」
剣を突き立て、炎の盾を作り出そうとしました。
ですが、それが出来なかったのです。
頭に鈍い痛みが走ると、火がひとりでに消えてしまったのです。
「そ、そんなっ、」
魔力切れです。いくら剣を振り回しても、火が灯らないのです。
「こんなところでっ」
無防備になってしまった劉生君は、ただただ、水の球が向かってくるのを見つめることしかできません。
鉄の棒で叩かれたような痛みに、声にならない悲鳴を上げます。
「がっ……あ……う……」
膝に力が入らず、崩れ落ちます。
魔王はゆらゆらと劉生君の側によってきます。
『君は自分の力を理解しなくちゃ駄目だよ。あの壁を作った時点で、君の魔力は限界なんだから。さてっと』
魔王ギョエイは子供たちを見渡します。劉生君も、リンちゃんも、吉人君も、地面に伏せたまま立ち上がることはできません。
魔王は満足げに微笑みます。
『それじゃあ、まずは君たちの記憶を操作させてもらおうか』
部下の魚に命令し、劉生君たちを一か所に集めます。三人のうち、劉生君だけは意識がはっきりしていましたが、弱った体では抗うことができませんでした。
魔王は彼らに近づきます。
『さあ、まずは赤野劉生君。君から施そうか』
魚たちは劉生君の四肢を掴みます。
劉生君は身をよじって必死に抵抗しますが、がっちり固定されていて外せません。
「……い、嫌だ。嫌だよ」
魔王は軽く笑います。
『そんなに心配しなくてもいいよ、痛いのは最初だけだから』
劉生君の首元に魔王の尾が触れました。金属のような冷たい感触にぞくりと肌が粟立ちます。
遊園地に囚われていた子たちは、全て首元に五角形の印がついています。今からそれを付けられ、記憶を消されてしまうのです。
怖い。
怖い。
劉生君の体はガタガタと震えました。
……ですが、目だけは、必死に魔王を睨んでいました。
やけくその睨み方ではありません。最後まで奇跡を信じる、希望を抱いた瞳でした。
『……諦めが悪いんだね、君も……。だけど、もう終わりだよ。君も、時計塔ノ君も。ここで一生、過ごしてもらうのだから』
魔王は尾を一瞬引くと、思いっきり突き刺そうとしました。
ですが、それは出来ませんでした。
想定外のことが二つも起きてしまったからです。
まずは一つ。
無謀にも奇跡を信じる劉生君の瞳が、赤い光を宿したのです。
『……え?』
魔王は戸惑い、体を硬直させました。
そして、もう一つの想定外が起こります。
突如、ガラスが割れる音が響いたのです。
ハッとして魔王が振り返ったそのとき、橙花ちゃんがつぶやきます。
「<ススメ>」
呪文を唱えた次の瞬間。
魔王の目の前に、橙花ちゃんがいました。
その手に、鋭利なナイフを持って。