1 橙花ちゃんから信頼されてしまっているようです……
さてさて、ミラクルランドの王たちがやいのやいのとお喋りしている間に、劉生君たちはクイズゲームを終わらせたようです。
各々ゲームの感想をのべ(「マイナーな問題もいくつかあって面白かったですね」「あたしはいまいちわからなかったわ」「動物問題に、間違いがありましたね……。どこに報告すればいいんでしょう」)、さあ次はどこに行こうと話し合います。
「はいはいー! あたし、VRいきたい!」
リンちゃんが提案しました。
「そういえば、ここのゲームセンターはVRが有名なんだっけ」
橙花ちゃんの言葉に、リンちゃんは大きく頷きます。
「そうそう! いきましょいきましょ!」
「あ、僕その前にトイレに行っていいかな?」
劉生君はそわそわします。
すぐに、行っておいでとみんなに促され、劉生君は早歩きでトイレに向かいます。
ささっと用を済ませて、ハンカチで手を拭きます。
VRゲームを遊ぶのが楽しみだったのでしょう、劉生君は「ヴイアール、ヴイアールー! 楽しみだなあ」と鼻唄混じりでスキップしています。
つまりは、はしゃいでいたのです。
そのせいでしょう。
横切ってきた男子高校生の列に、劉生君はぶつかってしまったのです。
「うぎゃあ!」「うおっ!」
高校生はコインをたっぷり入れたコップを持っていました。
劉生君がアタックしてしまったせいで、コップは地面に叩き落とされ、ひっくり返ってしまいました。
「なにしやがる!」
「ひいっ! ごめんなさい!!」
慌ててコインを拾いますが、何枚かマシーンの下に潜り込んでしまいました。
「ご、ごめんなさい……」
怯えたように高校生を見上げます。許してくれるかな、くれるといいなと思っていましたが、残念ながらダメそうです。
高校生たちは舌打ちをし、劉生君を怒りの眼差しで睨んでいました。
「ごめんなさいですめば、警察はいらねえんだよな」「子どもだからって、甘えてんじゃねえぞ」「弁償しろ、弁償」「そうだそうだ」
男子高校生は劉生君を囲みます。劉生君はもう縮こまります。もう涙目です。
「ううっ……。い、いくら出せばいいですか……?」
高校生たちは答えてくれません。
もうあるだけ出さねばならないのかもしれません。
劉生君は怯えたように財布を取り出そうとしました。
「ちょっと待った!」
ここで、助っ人登場!
リンちゃんが男性高校生を掻き分けて、来てくれました。
「リンちゃんっ……!」
劉生君は車イスからしがみつきます。もう涙が溢れてしまっています。
なだめるように劉生君の頭を軽く叩いてから、リンちゃんはキッと高校生たちを睨みます。
「何があったのかは知らないけど、自分より年下の子からお金をせびるなんて、男らしくないわよ」
車イスのリンちゃんに一瞬怯みましたが、ここで負けてられないと思ったのでしょう、謝ることもせず、むしろ噛みついてきました。
「お前には関係ないだろ。とっとと失せろ」
高校生は凄んできます。背丈も大きく、声がわりも済ませていますので、結構怖いです。劉生君なんて、怯えてリンちゃんにしがみついています。
一方で、リンちゃんは一瞬たりとも怯えません。まっすぐ高校生を睨み返します。
「関係大ありよ。リューリューはあたしの幼馴染みなんだから」
「……こいつ……!」
ああいえばこういう、こういえばああいうのリンちゃんに、高校生はわなわなと怒りで体を震わせます。
眼をつり上げ、彼は一歩前に踏み出します。
もしかしたら、力に頼って、リンちゃんたちを黙らせようとしたのかもしれません。
結局、彼が何をしたかったのかは分かりませんでした。
なぜなら、
「……」
橙花ちゃんが、無言で男子高校生の前に立ちはだかったからです。
「なんだ、お前は」
「……」
「次から次に……。どっか行けや。しっし」
「……」
「……んだよ、なにかいえや。喋れねえのか」
「……」
橙花ちゃんは、無言です。
ただただ、無言で、男子高校生を睨んでいます。
横で見ている劉生君も寒気がする眼光です。睨まれている彼らは堪ったものではありません。
威勢のよかった彼らも、徐々に言葉少なになり、ついには、
「へっ、なまいきな女だな!」
捨てぜりふを吐いて、ぞろぞろと去っていきました。
橙花ちゃんは小さくため息をつき、劉生君とリンちゃんを振り返ります。
「よかった。大丈夫だった?」
リンちゃんは安心してか、顔が綻びます。
「助かったわ。ありがとう!」
「とんでもないよ」
橙花ちゃんは首を横に振ります。
「劉生君やリンちゃんに詰め寄っていたときは心配したけど、話し合いで終わってよかった」
「あら、リューリューがあいつらに泣かされていたのも見てたの?」
否定してくれると思っていましたが、なんと、橙花ちゃんは素直に頷きました。
「うん、そうだね」
「……え!?」
これに驚いたのは、劉生君です。
「見てたの!」
「うん」
「……助けようとしてたけど、リンちゃんが来てくれたから、ちょっと待った、とか?」
「いや、違うよ」
こちらも即答です。
ならば、どうして橙花ちゃんは助けてくれなかったのでしょうか。
答えを、橙花ちゃんが教えてくれました。
「だって、劉生君なら、あんなやつら簡単に倒せるでしょ? 魔王相手にあそこまで立ち回りできていたんだからさ!」
「いやいやいや、できないってっ! 僕、まだまだ子供だよ!」
「またまたぁ」
橙花ちゃんは面白い冗談だとでも言いたげに、朗らかに笑います。
「そ、そんな……」
劉生君自身は危機一髪! 誰か助けて! と本心で思っていましたが、どうやら橙花ちゃんは劉生君だけでどうにかできるようになると考えていたらしい。
助けに入ってくれたのは、劉生君を助けるためではありません。リンちゃんを助けるためだったのです。
以前の橙花ちゃんなら、こうではありませんでした。
劉生君を含めて、みんなのことを守ろうと、ときには無茶なこともしていました。
それが変わってしまったのはどうしてでしょうか。
おそらく、橙花ちゃんと劉生君の最後の決戦が原因でしょう。
橙花ちゃんは、ミラクルランドの子供達の居場所を守ろうと、なりふり構わず戦っていました。
けれど、劉生君は、たった一人で魔王を味方につけ、橙花ちゃんを倒し、子供達を説得し、さらにはミラクルランドの魔法を逆手にとって、みんなをもとの世界に返したのです。
この時点で、橙花ちゃんの中では、劉生君は「守るべき対象」ではなくなっていたのです。
ですから、男子高校生に詰め寄られても、まあなんとかなるだろうと放置していました。
つまりは、信頼されているのです。
これはネタバレになってしまうのですが、後々、友之助君が劉生君たちに合流し、この話を聞いたとき、ちょっぴり悔しい気分になりました。
友之助君を含めたムラの子たち、そしてリンちゃんたちでさえも得られない、特別な思いで、橙花ちゃんは劉生君
をみているのです。
ですが、劉生君はそんなことあまりよくわかりません。
そもそも、劉生君の頭のなかでは、魔王や橙花ちゃんと戦うよりも、高い背丈の高校生の方が怖かったようです。
みっともなく、「助けてほしかった」とぐずぐず涙を流しています。
橙花ちゃんは悪びれる様子もなく、なんなら謝ることもせず、私は分かっている、劉生君ならできたんだと言いたげに、ニコニコ笑顔です。
「それじゃあ、みんなのところに戻ろうか。心配しているだろうからね」
「うう……。橙花ちゃんのいじわる……!」
リンちゃんは苦笑して、ハンカチを取り出します。
「泣かない泣かない怒らない! ほら、あそこのアイス買ってあげるから、機嫌なおして」
「……うん……」
ゲーセンでよく見かけるアイス自販機で、バニラアイスを買ってもらいました。
ペロペロとなめていると、劉生君はだんだん元気になってきました。
「うん、おいしい!」
「よかったよかった」
アイスをなめながら、劉生君たちは吉人君たちのもとに合流します。