5 咲音ちゃんとみつる君の、乗り越え方!
それぞれ購入して、お店から出ました。吉人君はるんるんで両手に飴を握ります。
「ではではっ! どこで食べましょうか? あそこのベンチはいかがですか!」
「そのことですが、」咲音ちゃんはいたずらっぽく微笑みます。
「実は実はですね、わたくし、橙花さんをおもてなししようと、お菓子を作ってきたんでしょ」
橙花ちゃんは「本当! 嬉しいなあ」と喜んでいます。一方、劉生君とリンちゃんは「……ほ、本当……?」と漏らしています。こちらの「本当?」は喜怒哀楽でいうところの「哀」です。
そんな二人に、みつる君がフォローをいれてくれました。
「大丈夫。俺も一緒に作ったから」
「本当!?」「嬉しいな!」
この変わりようです。吉人君、思わず苦笑します。
みんなは適当なテーブルに座ると、咲音ちゃんは持っていたバックから、タッパーを出しました。
吉人君は目を輝かせます。
「アイシングクッキーですか!? わあ、美味しそう!」
キツネ色に焼けたクッキーに、赤や青、ピンクで可愛らしい模様が描かれています。
みんなにそれぞれのイメージカラーに合わせたナプキンを配って、咲音ちゃんはクッキーを差し出します。
「どうぞどうぞ、お食べください!」
「わあ、いただきまーす!」
橙花ちゃんのために持ってきたといっていたのに、そんなことを気にしない劉生君が真っ先にドラゴンのクッキーを取り、かじりました。
「おいちい! おいちいよ、みつる君、咲音ちゃん!」
「ありがとうございます!」「橙花っちも食べて食べて!」
橙花ちゃんは青い鹿のクッキーをつまみます。
「それじゃあ、いただきます。……うん、さくさくで美味しい」
「んじゃああたしももらう!」
リンちゃんは適当に白い絵柄のクッキーをもらいます。
「あ、鳥のクッキーだ。サッキー、これ、何の鳥?」
劉生君も真ん丸なクッキーをパクパク食べながら、何気なくリンちゃんのクッキーを見て、
「……っ」
思わずクッキーを落とします。
クッキーで頬がいっぱいになっていますので、声は出せませんでしたが、心の中ではびっくりした声をあげていました。
クッキーに描かれた鳥は、白い体につぶらな瞳、くちばしは桜のような薄いピンク色です。
咲音ちゃんは柔らかい口調で正解を口にします。
「その子は文鳥です。わたくしか飼っていたピーちゃんをイメージして作りました」
「あっ……。そうなの?」
リンちゃんは慌ててクッキーをナプキンにおきます。
「ごめん、適当にとっちゃったから、気づかなかった。一度さわっちゃったけど、返すわよ」
遠慮するリンちゃんに、咲音ちゃんは目を大きく見開いてふるふる首を横に振ります。
「ああ、いいんですいいんです!食べてください。皆さんに食べてもらいたくて作ったんですから」
「でも……」
リンちゃんはためらっています。それもそうでしょう。
咲音ちゃんは、ミラクルランドに住むと決意するほど、ピーちゃんのことを愛していたのですから。
けれど、咲音ちゃんは悲しいそぶりも見せず、もう一度首を横に振ります。
「本当に構わないんです。今でも、ピーちゃんのことは大好きですよ。ですけど、好きすぎて、ずっと引きずっていても、ピーちゃんのためにならないって、ミラクルランドで気づけましたから」
咲音ちゃんは、劉生君をみて微笑みます。
「劉生さんのおかげ、ですね」
「そんなことないって! ピーちゃんが咲音ちゃんに呼び掛けてくれたおかげだよ」
ピーちゃんが生き続ける幻想の世界で、劉生君は無理に咲音ちゃんをもとの世界に連れ戻そうとしていました。
当然、咲音ちゃんは拒否。
夢の世界から、異物である劉生君を追い出そうと強行策をとりました。
その時に助けてくれたのが、彼女が愛した本物のピーちゃんでした。
そんな経緯がありますので、劉生君には、咲音ちゃんを助けたのは自分、という意識はこれっぽっちもありませんでした。
けれど、咲音ちゃんは「違いますよ」といって、にっこり笑います。
「劉生さんがわたくしを助けたいって願ってくれたおかげで、ピーちゃんがわたくしに姿を見せてくれたんです」
「そうなのかなあ……」
「ええ! そうに違いありません!」
咲音ちゃんは自信をもって頷きました。
ここで、みつる君がある絵柄のクッキーをつまみます。
「それに、この子も咲音ちゃんが笑顔になってほしいって思っているだろうからね」
クッキーには、グレーのお腹に白いほっぺ、黒の頭の小鳥が描かれていました。
「その子は?」
吉人君が尋ねると、咲音ちゃんが本当に嬉しそうにはにかみます。
「わたくしのお家で暮らしている文鳥さんです!」
咲音ちゃんいわく、公園で捨てられていた小鳥のようです。
あまり餌をもらえず、病院にも通っていなかったようで、かなり衰弱していました。
「最初は、一時的に預かるだけにしようとしたんです。わたくしにとって、文鳥といえばピーちゃんですから」
少し悲しみに顔を歪めますが、すぐに笑顔になります。
「ですが、そのときに思ったんです。ピーちゃんはこの子をわたくしに守ってほしくて、引き合わせたいのかな、って。ですから、わたくしに預かることになったんです」
咲音ちゃんは小さなバックからスマホを取り出します。
「見てください、この子です!」
カメラロールには、元気よく遊ぶ文鳥の画像がたくさん並んでいました。
可愛いね、とリンちゃんがほめると、まるで自分が誉められたかのように、いや、それ以上に誇らしげに胸を張ります。
「ええ!ピーちゃんも大好きですが、この子も大好きです!この子と出会えてよかったです。……本当に、みつるさんには感謝しかありません」
リンちゃんは「どうしてみつる君?」と尋ねると、みつる君は照れ臭そうに答えてくれました。
「実はね、小鳥を保護したのって、去年同じクラスだった子なんだ」
咲音ちゃんは満面の笑みで付け足します。
「その方は、公園で鳥かごと一緒に捨ててあった文鳥さんを見つけて、まず一番にみつるさんに声をおかけしたそうですよ!」
咲音ちゃんの話を聞くところによると、文鳥を拾った子は、特別みつる君と仲良くしていたわけではありませんでした。けれど、別に嫌っていたわけでもありません。単に話す機会がなかったので、親しくしていなかったのです。
そんなある日、とある授業で、家庭科で料理の授業がありました。
その子はあまり包丁の使い方が上手ではなく、不器用なタイプでしたので、玉ねぎの千切りに苦慮していました。
どうにも教科書に書いてあるように切れないわ、玉ねぎのせいで涙があふれてくるわ、もう嫌になっていました。
もう嫌になっていましたら、同じ班にみつる君が、優しくコツを教えてくれ、窮地を救ってくれたのです。
それ以来、彼はすれ違い様にみつる君に挨拶をしたり、声をかけたりするようになりました。
みつる君が眠り病にかかったときには、心配してお見舞いにも来てくれたようです。
「不思議だよね」みつる君は懐かしそうに微笑みます。
「俺、クラスでは孤立しちゃってるって思っていたのに、気にかけてくれる人がいたなんて。結局、俺が気づいてなかっただけだったんだね」
その子とは、クラスが変わったあとも仲良くしていました。
家の方向が同じでしたので、時間が合えば一緒に帰っていました。
その日の放課後も、途中まで一緒におしゃべりしてから、それぞれの家に帰宅していきました。
さあ今日も親の手伝いに励もう、とみつる君が意気込んでいたとき、後ろから、彼が慌ててみつる君を呼び止めました。
みつる君が振り替えると、彼は大きめの鳥かごを抱えていました。
かごの中には、小さな文鳥がぐったりとしていました。
咲音ちゃんは、くすりと笑います。
「その子、みつるさんが優しいから、きっと文鳥ちゃんをどうにかできるだろうと思って、呼び止めたんですよ!」
その子の見立ては正しく、みつる君はすぐに動物病院につれていき、薬をもらいました。
動物病院のお医者さんと、咲音ちゃんの助言をもらいつつ、警察に届け、看病しました。
結局、もとの飼い主は見つからず、これからどうしようかと、みつる君が咲音ちゃんに相談したのです。
「俺の家は、店と繋がっているから、小鳥がすむにはちょっと厳しいかなって。油ものも結構使うからね。だから、咲音っちの友達でいい人がいないか聞いてみたんだ」
「それで、わたくしが飼うことになったんです」
二人はそれぞれ文鳥のクッキーをかじりながら、微笑みあいます。
二人とも、ミラクルランドで抱いていた悩みは吹っ切れてくれたようです。
「……うん。それなら、よかった」
リンちゃんも、文鳥のクッキーをかじりました。バターの香りが口中に広がり、アイシングの優しい甘味がじんわりと心をいやしてくれました。