1 魔王たちも、劉生君たちのことが気になるようです
「じゃあ、いってくる。魔王を倒してくるね」
そういって、彼女は去り行こうとしていた。
みんなのために、彼女は自らを犠牲にしようとしていた。
止めたかった。
自分も一緒に行きたい、一緒に魔王と戦いたいと、呼び止めたかった。
けれど、できなかった。
……できなかった。
小さくなる彼女の背中を、僕はただ見ることしかできなかった。
ただ、
見ることしか、できなかった。
○○○
ここはミラクルランド。願いをこめれば、なんでも叶う、異世界です。
時計塔は綺麗さっぱりなくなり、妙に大きな広間だけが残されています。
そんな場所に、五つの影がありました。
一匹は、くんくんと地面をかぎ、尻尾を軽く振りました。
『異常はなし。本当に時計だけが消えたようだな』
大きく伸びをして、たてがみをわさわさと揺らします。
彼と若干離れた場所で、一羽の孔雀もいました。孔雀は眠たそうに目を細めます。
『あの妙な魔力もなし。元通りになったみたいだね』
二匹の間にいた大きなエイ、ギョエイさんはほっとしたような笑顔になります。
『子供達みんなももとの世界に戻れたみたいだね。うん、よかったよかった』
ほのぼのとした空気のなか、オオサンショウウオのザクロはぶうっと不機嫌そうに頬を膨らまします。
『でもさー、一緒に戦ってくれる子供がいなくなって、オレは寂しいよ』
ライオンの王様、リオンは呆れたようにザクロに渇をいれます。
『本来、ミラクルランドには子供なんかいなかっただろ。もとに戻っただけだ。気にする方がおかしい』
小バカにするように鼻を鳴らします。トトリは羽繕いをしながら、ちくりとリオンを攻撃します。
『おかしいなあ。国王様は子供がいなくなって意気消沈しているって聞いたんだけど』
『……そんなわけないだろ。なんだ? オレを侮辱したいのか?』
『これだから野蛮なライオンさんは……』
『なるほど。オレと戦いたいわけか』
両者、にらみ合いをはじめました。これ以上揉めぬよう、ギョエイは慌てて二匹の間に割ってはいります。
『せっかく平和になったのに、喧嘩しちゃいけないですよ。ねえ、レプチレスさん』
同意を得ようと、レプチレス社長に話を振ります。けれど、さっきまで自分の背中に乗っていたはずの小さな蛇はどこにもいません。
『あれ? レプチレスさん? どちらへ?』
『ここですよ』
ザクロの両足の間から、にょろにょろと蛇が顔をだしました。ザクロはぎょっとしてジャンプします。
『うわっ! ワタシの足から出てこないでくれ』
脳筋ザクロは、頭脳タイプのレプチレス社長のことが苦手でしたので、何となくギョエイのそばまで逃げます。
レプチレス社長はいたずらっこのようにニヤニヤ笑みを漏らします。
『オレはともかく、お前らは向こうの世界の子供と随分仲良くしていたからな。寂しかろう?』
『ふん、誰が寂しいか』
リオンはそっぽを向きます。ですが、彼のたてがみはどこか元気がなさそうにしおれています。
他の王たちもそうです。
トトリは『最近、トリドリツリーは静かすぎて、逆に眠れない』といって、眠たそうに目を細めていますし、ザクロも素直にレプチレス社長に頷いています。
子供が大好きなギョエイだって、うつむいてしまいました。
『子供達の本当の居場所は、間違いなくあっちの世界だ。だから、あちらの世界にみんなが戻れたことを喜ぶべきなんだと分かってはいるんだ。分かってはいるんだけどね……』
ギョエイは大きくため息をつきます。
『せめて、向こうで元気にしているってわかれば、安心できるんだけどな』
ぽつりと呟いたギョエイの言葉に、レプチレス社長は目を輝かせます。
『その言葉を待っていました』
レプチレス社長はにゅるにゅると地面を這ってくると、鏡を持ってきました。
『そんなあなたに、こちらの商品! 元はうちの会社にいた山崎李火が作った鏡でございます。ですが、職人の手によって、なんとなんと、子供たちの世界を覗き見ることができるようになりました』
『なんと!』
『五百万円でいかが?』
『買った!』
リオンは『買うのか……』と呆れています。トトリも悪徳商人に騙された被害者を見るような目でギョエイを眺めています。
けれど、二人の呆れた、あるいは可愛そうなものをみる視線なんて気にも止めず、ギョエイは鏡をのぞきこみます。
『どうやったら向こうの世界が見えるのかな? 呪文を唱えればいい?』
『いや、願いをこめて見れば映るよ』
『わかった! どれどれ……?』
鏡は水面に石が投げ込まれたかのように揺らぎます。波が収まると、鏡の向こうに、ある光景が浮かんできました。