1 あの子との、出会い
キンコンカンコン。
午後三時のチャイムがなりました。
四年生の生徒にとっては、学校が終わる合図です。
生徒たちがざわざわ楽しげに騒ぎはじめますが、劉生君はお構いなく駆け出します。
担任の先生はまだ教室にいましたが、朗らかに劉生君を見守ります。
なんだって、今日はリンちゃんたちの退院日なのですから。
電車に揺られること、十分。大病院にたどり着きました。
さすがに病院では走れませんでしたが、できる限りの早歩きで進み、目的地につきました。
リンちゃんの後ろ姿をみた途端、劉生君はわっと涙を流して、後ろから抱きつきました。
「リンちゃん!!!!」
「うわっ! もう、リューリューったら。泣かない泣かない」
「だって、だって!」
二人の姿を、咲音ちゃんとみつる君は微笑ましそうに眺めます。
「仲良しですねえ」
「だねえ」
吉人君はわざとらしく手で顔をあおぎます。
「お熱いことですねえ」
余裕ぶった吉人君でしたが、次の瞬間、そんなこともいってられなくなりました。
劉生君は吉人君にも、ぎゅっと抱きついたからです。
「吉人君も、退院おめでとう!! よかった、よかったよ!」
「ちょ、お、落ち着いて、落ち着いてください」
「咲音ちゃんも! みつる君も! よかった、よかった!!」
四人全員次々とぎゅっと抱き締めます。
みんなに抱きついたあとは、顔をおおって、わんわん号泣しだしました。
周りの患者たちが何事かと注目しはじめます。なんなら看護師たちが裏から出てきています。
さすがにこれはまずいと、リンちゃんたちは必死に劉生君をなだめます。
「どうどう、リューリュー。リラックスリラックス!」
「えっと、えっと、劉生さん、お手! おすわり! ハウス!」
「咲音っち。赤野っちは犬じゃないんだから……」
「赤野さん、クイズをだしましょうか。」
四人の個性的な説得の甲斐があり、落ち着いたには落ち着きましたが、目元は真っ赤っかです。
「みんな、元気になってよかった……。これから、みんなで遊びにいこうっ! いっぱい遊ぼう!」
今にも駆け出そうとする劉生君ですが、ここでみつる君から残念なお知らせがあります。
「ごめんね、赤野っち。実は、まだ退院できないんだ」
「ええ!? 悪いところみつかったの!?」
「いや、色々手続きしなくちゃいけないみたいで……。それと、今日はお母さんとお父さんと一緒にごはん食べる約束しているから……」
よく考えてみれば、ごくごく普通のことです。劉生君はちょっと落ち込みますが、根が明るいので、すぐに立ち直りました。
明後日はちょうど休日でしたので、明日みんなで遊ぶこと、帰りはリンちゃんと一緒に帰ると約束しました。
まだまだおしゃべりしたかったですが、退院前の精密検査とやらをしなくてはならないらしく、離れなくてはならなくなりました。
「うう……。みんな、絶対だよ! 絶対、明後日遊ぼうね!!」
「はいはい。どっかで時間つぶしておきなさいよー」
さて、どこかで時間を潰すにしても、まだまだ劉生君は子供ですから、ちょっとカフェでお茶でも、なんて発想はありません。
どうしようかと歩きながら悩んでると、ちょうど目の前に、エレベーターの扉が開きました。
「……」
ミラクルランドから帰ったあと、公園のエレベーターは改装工事をはじめ、次に見に行ったときには、ただの小綺麗なエレベーターになっていました。
きっと、試しに乗ってみても、もうミラクルランドに行くことはありません。
いえ、工事をする前だとしても、もう行くことはできないのでしょう。なぜだかわかりませんが、劉生君にはそれが事実として理解できていました。
理解してはいましたが、ミラクルランドから帰って以来、劉生君は極力エレベータを避けるようになっていました。
エレベーターは、ミラクルランドでの楽しい思い出を見せてくれましたが、その反対に、苦しい思い出も、たくさん見せつけてきたのです。
そのせいか、エレベーターを見ると、劉生君の心臓がぎゅっとつままれたように痛くなり、つい階段に足を向けてしまうのです。
今回も、普通でしたら、劉生君はエレベーターを避け、階段を使っていたことでしょう。
けれど、どうしてだか、今の劉生君はエレベーターに乗らなくてはならない、と感じていました。
「……そこのエレベーター、待ってください!」
劉生君ははや歩きでエレベーターに乗りました。
誰かいると思っていましたが、エレベーターのなかには誰もいません。なのに、エレベーターは劉生君を乗せると上へ上へと上がっていきました。
エレベーターのボタンをみると、一番上の階数ボタン「R」が光っています。
エレベーターは特に激しく揺れることもなく、ぐんぐん上に上っていきます。
階数がひとつ、ふたつと増えていくにつれて、劉生君の心のドキドキが増していきます。
ちん、と軽い音とともに、エレベーターがひらきました。劉生君は迷いなく、エレベーターの外に飛び出します。
予想通り、そこは屋上でした。居心地の良さそうなベンチがいくつもならび、こじんまりと花壇も作られています。
患者さんの憩いの場なのでしょうが、先客は一人しかいません。
彼女はベンチに腰掛け、空を眺めます。真っ黒な髪の毛は風にたなびいています。
劉生君は、オレンジ色のパンジーが植えてある花壇の横を通って、彼女の隣に座ります。
彼女はちらりと劉生君を見ると、少し驚いた顔をします。ですが一言も言葉を交わさず、また空を眺めます。
空は徐々にオレンジ色に染まり、劉生君たちを橙色に染め上げます。
二人の間に、沈黙が流れます。
気まずい沈黙ではありません。むしろ心地のよい、穏やかな静けさです。
まるで静かな庭で、ししおどしが優しい音色を奏でるように、彼女は口を開きました。
「……ねえ、劉生君」
彼女は、微笑みます。
「夕日って、こんなに綺麗だったんだね」
そういって笑う彼女の笑顔は。
まるで、花が咲くような、微笑みでした。
ほうかごヒーロー!をお読みいただき、誠にありがとうございました。
本編はこれにて完結でございます。
次話からは、番外編を載せます。舞台は現実世界、本編終了後の劉生君たちのお話です。もしご興味がほんの少しでもありましたら、一読して頂けると、作者は飛んで喜びます。
番外編をお読みにならない方は、ここでお別れになります。
重ね重ねになりますが、ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
またどこかでお会いいたしましたら、よろしくお願いいたします。