7 良い子は帰る時間です
「うさぎおひし かのやま
こぶな つりし かのやま
ゆめは いまも めぐりて
わすれがたき ふるさと」
ふるさと。
劉生君のいう、「五時になる」歌です。
楽しげな歌い声は、観客席に座らされた子供達にも届きます。
ぼんやりと靄がかかっていた子供達の頭に、劉生君たちの思いが伝わります。
帰ろう。
帰ろう。
みんなで帰ろう。
楽しい時間はもう終わり。
遊びの時間はもう終わり。
放課後は、もう終わり。
みんなで帰ろう。
お家に帰ろう。
ごはんを食べて、ゆっくり寝て、
また明日、遊ぼう。
放課後に、遊びにいこう。
だから、今はみんなで帰ろう。
「……」
友之助君は、口を開き、合唱に混ざります。
みおちゃんも、聖奈ちゃんも、李火君も、幸路君も、他の子供達も、次から次へと歌を歌います。
気づけば、みんなが歌を歌っていました。
ある子は、十分に遊び尽くした満足感とともに、遊びが終わる寂しさを歌にのせて、歌います。
またある子は、明日また遊べるワクワクした期待をこめた、高らかな歌声です。
それぞれの思いを込めた歌は、それでいて不思議とまとまっています。
「……これは……。まさか、」
橙花ちゃんはハッとして、時計塔の時計を見上げます。
時計塔の時計は、三時のまま動かなかった時計の針は、
――動きだしました。
三時一分、二分、五分、十分、二十分、三十分、四時、
秒針はくるくると回り、分針も負けじと回転し、時針ものんびりとあとに続きます。
「……そんな、」
みんなの思いで止まった時計が、動き出したのです。
「そんな、そんなことって……!」
橙花ちゃんは動揺します。あまりにも唐突で、予想外の展開だったからでしょうか、力が抜け、その場にぺたりとしゃがんでしまいました。
それに気づいた劉生君は、歌うのをやめて、彼女に近づきます。
「橙花ちゃん。一緒に帰ろうよ。みんなも帰りたいって歌っているよ」
「……けど、けど……、ボクは、戻れない。戻っちゃいけない。戻っちゃいけない。だって、私が戻ったら、お兄ちゃんが……」
彼女らしくない、弱々しい声色で、首を横に振ります。目の力も弱く、捨てられた子猫のように、体が震えています。
一方の劉生君は、のほほんとした、変わらぬ満面の笑みです。
「僕は橙花ちゃんのお兄ちゃんじゃないから、よく分からないけど、橙花ちゃんがあっちに戻ったら、僕はすっごく嬉しいよ!」
劉生君はワクワクしながら、腕組みをします。
「公園でおいかけっこもできるでしょー? デパートでお買い物もできる。そうだ、一緒に『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』も見れる! 僕んちにおいでよ!」
だから、といって、劉生君は橙花ちゃんに手を伸ばします。
「帰ろう、橙花ちゃん」
みんなが歌にのせた思いは、橙花ちゃんにも伝わっていました。
信じたくないと耳を塞いでも、もう彼女の心に伝わってしまっているのです。
みんなはもう、ミラクルランドへの未練を捨てています。
残るのは、自分だけ。
橙花ちゃんだけです。
「……」
橙花ちゃんは劉生君を見上げます。
一人で魔王を倒すと宣言した自身を、必死に引き留めて、共に戦ってくれた、劉生君。
もうミラクルランドに来るなと突き放したのに、自身を含めたみんなを助けたいと願った、劉生君。
そして、橙花ちゃんは魔神の記憶を通して、劉生君と、未来の劉生君の姿を見てました。
未来の劉生君が復讐をすべきだ、蒼を殺せと訴えたのを、劉生君は間髪いれずに切り捨ててくれました。
「……」
このときの判断は、後の橙花ちゃんもよく首をかしげています。
どうしてあんなことをしたのか、血を流しすぎて頭がぼーっとしていたせいかと、よく悩んでいます。
実際、このときの橙花ちゃんが何を思って、どう感じていたのかは分かりません。
ですが、事実はひとつ。
橙花ちゃんは、腕をあげ、
劉生君の手を、握りしめました。
時計の秒針は分針と重なり、時針は誇らしげに5の数字を指し示しました。
時計塔は、白い光に包まれ、
そして――。