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ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
9章-6 他人思いな少女の、たった一つの願い事
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4 君の心に触れて、君の記憶に触れて


「くっ……!」


 橙花ちゃんの左肩から、血が滝のように滴り落ちます。さすがの橙花ちゃんも、苦悶に顔を歪めます。


 続けて、劉生君は橙花ちゃんの心臓あたりを狙って、剣を突き刺します。躊躇はありません。そんな悠長なことをしていては、逆に橙花ちゃんにやられてしまいます。


 けれど、橙花ちゃんだって負けていません。劉生君の技を予測して、すぐにナイフを構えます。


 残念ながら、劉生君の攻撃は当たりませんでした。橙花ちゃんに防がれてしまったのです。


 ナイフに触れてしまい、劉生君は悔しい気持ちをわずかに感じました。それでもすぐに剣を引いて、すぐに次の攻撃に移ろうと考えていました。


 ですが、劉生君はすぐに次の行動をとれませんでした。


 なぜなら、劉生君の頭に、ぽん、とある光景が浮かんだからです。


 浮かんだ光景には、男女の大人と、二人の子供がいました。


 大人は親のようです。年上の男の子と、年下の女の子がごっこ遊びをする様子を、優しい眼差しで眺めています。


 仲むつまじい家族です。


 しかし、次に見えた光景では、暖かな家族の様子が一変していました。


 怒鳴る父親、泣き叫び土下座する母親、立ちすくむ兄、震える妹。


 父親は母親を軽蔑の眼差しで睨み、娘を異物を見るような目で見ます。


 ひどく歪んだ父親の口は、娘に向かって、こう動きました。「お前は、俺の娘ではない」、と。


 その映像は断片的でした。しかし異様な映像に、劉生君の手が止まってしまいました。

 

 橙花ちゃんならば、その一瞬の間に、劉生君に攻撃していたのも可能だったでしょう。


 ですが、不思議なことに、橙花ちゃんは仕掛けてきませんでした。橙花ちゃんも橙花ちゃんで、劉生君と同じタイミングでぴたりと固まっていたのです。


 我に返ったのは橙花ちゃんの方が先でしたが、本気の攻撃はしてきません。武器も杖のままで、劉生君を牽制するように振ったのみです。


 劉生君は一旦橙花ちゃんから距離をとります。『ドラゴンソード』を構え、橙花ちゃんの動きに警戒してしますが、劉生君の頭のなかは、さっき映像のことでいっぱいでした。


 今まで、散々魔王や魔神から過去の記憶を勝手に送り込まれていた劉生君ですので、あの映像は過去の記憶なのだと確信していました。


 けれど、だったらあの映像は、誰の過去でしょうか。


 ……思い当たる節が、あります。


 お兄ちゃんの方は見覚えがないようなあるような、どこかテレビで見たことあるかもしれないような、そんな感じの印象を覚えました。


 けれど、妹さんの方は、顔を見ただけではっきりと誰か理解できました。


 不安そうに揺れる瞳は、利発さと優しさと、底知れぬ暗闇を秘めていました。


 小さな手は、近くにいる兄にすがろうとして、しかし躊躇して宙をかいていました。その様は、誰にも頼らず、一人だけで魔王に挑もうとしていた彼女に重なります。


 そうです。あの小さな子は、まさに橙花ちゃんでした。


ですので、あの光景は、橙花ちゃんの過去に違いありません。


 では、橙花ちゃんが意図的に劉生君にみせたのでしょうか? 

 そういうわけでは、なさそうです。


 橙花ちゃんも青い光の塊を放ってきてはいますが、技の威力は<ファイアーウォール>で守るほどでもなく、劉生君なら余裕をもってかわすことができます。


 ずっと固まったままだった彼女の表情も、わずかに困惑の色をのぞかせています。


「むう……?」


 橙花ちゃんの技をかわし、時には『ドラゴンソード』で切りながら、劉生君は首をかしげました。


 なぜ橙花ちゃんの過去を見てしまったのか、疑問に感じていた劉生君でしたが、考えるより動く方が得意な劉生君でしたので、すぐに悩むのをやめました。


「えいえいやー! <ファイアーバーニング>!」


 剣に炎をまとい、橙花ちゃんに切りかかります。


 火力も魔神の力が入っているおかげで、以前よりも凄まじい勢いです。


 橙花ちゃんもすぐに武器をナイフに変え、青い光をまとわせます。


 光は純度を増し、劉生君の『ドラゴンソード』と負けず劣らず煌々と輝きます。


 ナイフを両手に持ち、劉生君の<ファイアーバーニング>を受け止めました。


 赤い光と、青い光がぶつかりあい、混じりあい、まばゆく輝きます。


 そのときです。


 またもや、劉生君の頭に、ある映像が浮かんだのです。


 前の映像とは、部屋が違います。より小さく、狭く、ぼろっちくなっています。


 映像の中には、嫌悪に満ちた父親や、戸惑う兄、泣き叫ぶ母親もいません。


 ただただ、女の子が、小さい頃の橙花ちゃんがいるだけです。


 彼女を囲むのは、ごみ、ごみ、ごみ、ごみ袋ばかり。


 心なしか、彼女の体も汚れています。


 しかし、橙花ちゃんは周りの状況など、自分なぞに見向きもしません。もうこれが彼女にとって「普通」なのでしょう。


 ただただ、彼女は一心不乱に何かをかじりついています。


 それは、菓子パンのようです。よくスーパーで安売りしているパンです。


 はじっこのあたりが黒くなっていますが、それでも彼女は食べています。


 嬉しそうに、美味しそうに、むさぼりついています。


 ここで映像は終わりました。


「い、今のって……」


 あまりにも衝撃的な光景に、劉生君は放心してしまいました。


 戸惑っている暇はありません。橙花ちゃんの攻撃はまだ続いています。どうにか心を圧し殺し、橙花ちゃんの攻撃を剣で受け止め、弾き返し、再び攻撃を仕掛けます。


 心の迷いがあるからでしょうか、橙花ちゃんに容易く受け止められます。

 

 劉生君の剣と、橙花ちゃんのナイフが触れた途端、


 再び、劉生君の脳裏に景色が浮かびました。


 あのごみだらけの部屋に、橙花ちゃんはまだ座っていました。けれど、今度は彼女だけではありません。もう一人、橙花ちゃんに寄り添うように、一人の男性が座っています。


 男性は、橙花ちゃんのお兄さんのようです。ボロボロと涙を流して、橙花ちゃんの小さな手を包み込みます。


「俺が、お兄ちゃんが橙花を守る。だから、心配しないで」

「……でも、お兄ちゃんの迷惑になっちゃう」

「そんなことはないっ! そんなことはない……! 父親が違ったとしても、俺と橙花は兄妹だ。たった一人の妹なんだ。例え、俺の命に代えようとも、お前を守る。絶対にだ」


 強い決意を固め、橙花ちゃんを抱き締めます。兄の温もりに触れ、橙花ちゃんはすがるように兄に顔を埋めます。


 しかし、橙花ちゃんの目には、悲しみが宿っていました。


 橙花ちゃんが兄に向かって口に出した、「迷惑をかけたくない」という言葉。


 その言葉に、橙花ちゃんの悲しみが凝縮しています。


「……」


 劉生君は、剣を振ります。


 橙花ちゃんも、これに応えます。

 

 攻撃がまじりあい、お互いの全力がぶつかり合うと、また劉生君の頭に、橙花ちゃんの過去が浮かびます。


 橙花ちゃんは真っ白な病室で一人、ベッドに寝ていました。


 劉生君はひやりとしました。リンちゃんたちがずらりと眠るベッドの光景を思い出したからです。


 しかし、橙花ちゃんは眠り病にかかっているわけではないようです。薄く目を開いて、天井をぼんやりと眺めています。


 ドアの向こうから、誰かの声が聞こえてきました。橙花ちゃんは顔だけそちらを向きます。


 ドアの向こうには、二人いるようです。一人の女性は、怒っているようです。


 彼女は、こう言いました。


 家族の世話も必要かもしれないが、仕事をもっと重視してほしい、今は大事な時期だ、誰かメイドでも雇えばいいではないか、と。

 

 男性は、反論します。


 自分は妹のために生きると決めた、橙花が病気で入院するなら、毎日でも看病するのは兄として当然のことだ、と。


 女性は嘆息します。


 普通の兄妹はここまでベッタリしない、もはや共依存だ、お互いのためにはならない、距離をとるべきではないか、と。


 男性は、冷たく切り捨てます。


 依存だとしても構わない、仕事がどうなっても構わない、妹と一緒にいるためなら、どんなことだってする。


 男性は乱暴な足音を立てて、去っていきました。ヒールの軽い音が後に続きます。


 部屋の中は、静寂につつまれました。


「……」


 橙花ちゃんはベッドから降りました。兄がりんごを切るために持ってきた果物ナイフを手に持ちます。


 一人になれる場所を放浪して、彼女はエレベーターに目をつけました。


 昼でも夜でもない、半端な時間でしたので、三台あるエレベーターは一台も動いていません。


 橙花ちゃんはエレベーターを呼びました。階の指定もしませんでした。


 もしここで動いてしまえば、今回はやめにしよう、もし誰かが来たても、やめにしよう、と思いましたが、エレベーターは閉まり、その階に止まってくれました。


 橙花ちゃんはほっと安堵のため息をつきます。


 一瞬、躊躇はしました。けれど、それもわずかな時間。ほんのわずかな時間だけです。


 橙花ちゃんは息を吸い、吐いて、果物ナイフを握りしめます。


 そして、彼女はそのナイフを……。


「もっと戦いに集中した方がいいよ、劉生君」


 思ったよりも近い、橙花ちゃんの声に、劉生君はハッとしました。

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