3 VS橙花ちゃん! わっくわくどきどき!
「思いの、力だから……」
「ん?」
「橙花ちゃんのあの技は、時計塔が集めた、子供達の思いで出来た力だから、ここでしか使えない、……んだと、思う」
みつる君は尊敬するような眼差しで、劉生君を見上げます。
「すごいね、どうして気づいたの?」
「……うーん、分からないけど、そんな気がしたの」
これも、魔神の力でしょうか。
橙花ちゃんも否定せず、杖に青い光をともします。
「だったら、みんなの思いのこもった、この力で、君たちを倒してあげるよ」
劉生君はぷくりと頬を膨らませます。
「僕は橙花ちゃんに負けないもん。絶対に勝って、みんなでもとの世界に返るんだもん」
咲音ちゃんは本を抱えて、劉生君の横にたちます。
「わたくしも、お助けいたします!」
リンちゃんたちも咲音ちゃんのように構えますが、劉生君はゆるく首を横に振ります。
「ううん、いい。僕一人でやるよ」
吉人君は驚いて眼鏡がずれてしまいます。
「そんな、一人なんて、危ないですって!」
しかし、劉生君は思い付きで言っているわけではありません。
ニコッと笑って、劉生君は言います。
「だって、橙花ちゃんも一人だもん。なのに、僕ら全員で戦ったら、ずるいもん」
「ですが、蒼さんはとんでもなく強いんですよ。みんなで戦った方が、」
説得しようとする吉人君を、リンちゃんが制止します。
「ヨッシー。今のリューリューには、何を言っても無駄よ」
「ですけど、」
「大丈夫。リューリューならやってくれる。ね、そうでしょう?」
劉生君は迷いなく、大きく頷きます。
「うん、もちろん!」
「……わかりました」
劉生君とリンちゃんがそこまで言うなら、と、吉人君は一歩後ろに下がりました。他のみんなも、劉生君の気持ちを重んじ、後ろに退きます。
劉生君はみんなよりも数歩先に進み、橙花ちゃんに向かい合います。
無表情な橙花ちゃんとは異なり、劉生君はニコニコ笑顔です。
「はじめて戦うね!楽しみだなあ。僕、頑張って勝つからね、とうかちゃ」
風が吹いたかと思うと、劉生君の頬に痛みが走り、血がたらりと顎につたいます。
はっとして後ろをみると、地面には青く輝くナイフが刺さっていました。ナイフは青い光となって消えると、橙花ちゃんの手元に戻りました。
ナイフを杖へと変え、橙花ちゃんは冷たくいい放ちます。
「橙花って呼ぶの、やめてくれないかな?」
以前、橙花ちゃんは「自分の意思で、杖からナイフに変えることはできない」と話していましたが、時計塔の中だからでしょうか、どうやら自身の意思で変化できるようになったようです。
激烈な殺意を向けられた劉生君ですが、ひるむこともなく、悲しむこともなく、笑顔のままです。
「橙花ちゃんは橙花ちゃんだよ。すごくいい名前だよね!」
「……」
橙花ちゃんは眉間にしわを寄せます。
「……そうだったね。劉生君は、口で言ってどうにかなる子じゃなかったね」
「えへへ、照れるな」
「なら、……正々堂々、戦おうか」
橙花ちゃんは杖を力強く振りました。青い光が五個ほど宙に浮くと、外で劉生君たちを襲った、あの片角の魔物が出現しました。
「いけ、劉生君を倒しなさい」
魔物は一斉に劉生君に飛びかかりました。
外で倒した魔物たちとは違い、橙花ちゃんが指導していますので、動きが組織だっています。
あの強さで、連携のとれた動きです。みつる君なんかは本当に劉生君一人で大丈夫なのかと、不安になってしまうほどです。
「わあ、いっぱいいる! けど、今度は負けないんだからね!」
劉生君は剣を持ちます。
あんなに強敵だった魔物ですが、不思議と、劉生君は落ち着いています。
魔物がすぐそこまで迫ってきました。
「……今だっ!」
劉生君の目がきらりと赤く輝きます。よくみると、彼の頭についた牛の角もまばゆく輝いています。
劉生君は地面を蹴りました。技をかけていない通常のジャンプのはずですが、魔物の身長をはるかに越える高さまで飛びました。
そのまま、劉生君はその赤く燃える剣を振り下ろしました。
たった一度の、攻撃。しかも通常の攻撃です。
しかし、五体の魔物はぴたりと固まると、青い光となって消えたのです。
咲音ちゃんは息をのみ、感激します。
「すごい、すごいです、劉生さん!」
さすがの橙花ちゃんも、この強さは想定外だったようで、目を見張っています。
五体もの魔物を倒し、着地すると、すぐに橙花ちゃんのもとへと走りだします。
橙花ちゃんはすぐに杖を構え、呪文を唱えます。
「時よ、<トマレ>」
劉生君の足が、一瞬、停止しました。すぐに術は解けましたが、その一瞬を見逃す橙花ちゃんではありません。
すかさず、橙花ちゃんは青い光の塊を劉生君にぶつけます。
「があっ!」
劉生君は吹き飛ばされてしまいます。なかなかの痛みですが、難なく着地して体勢を整えます。すぐに攻勢へ打ってでようとする劉生君ですが、橙花ちゃんはそれすらも予期していました。
劉生君に放った青い力の塊を、二発、三発、五発、十発、二十、三十、百と、とんでもない量を浴びせました。
花火が幾百も打ち上がるかのような爆音に、台風のような爆風です。
みつる君と咲音ちゃんは縮こまっていますし、吉人君は顔を青ざめ、リンちゃんが声にならない悲鳴をあげます。
けれど、橙花ちゃんは表情を崩しません。勝ち誇った笑みを見せてもいいのに、深刻な顔で劉生君がいる場所、技を集中砲火させた場所を睨んでいます。
橙花ちゃんは、察していたのでしょう。劉生君がこの程度でやられる子ではないことを。
橙花ちゃんの予想通りでした。もくもくと立ち上る煙を、劉生君の手が払いました。
劉生君は安心したようにほっと吐息します。
「ふう、このくらいですんでよかった」
服は汚れていますが、傷はついていません。強化された<ファイアーウォール>で難をしのいだのです。
「じゃあ、次は僕の番ね!」
軽やかに走り、橙花ちゃんに剣を振りました。橙花ちゃんも、杖をナイフに持ちかえて、応戦します。
ナイフとはいえ、橙花ちゃんの魔力のおかげでしょうか、劉生君の剣の連撃にも難なく応えています。
「ぐぬう、さすが橙花ちゃん! 強いね!」
嬉しそうな劉生君とは裏腹に、橙花ちゃんの表情は固まったまま、淡々と剣を弾きます。
むしろ、劉生君がみせたわずかな隙を見逃さず、懐にしのびより、ナイフを突き立てます。
「っ!」
劉生君の肩に、ぱっくりと傷ができました。劉生君はわずかに眉をしかめますが、すぐに反撃します。
下から上に、突き上げるように『ドラゴンソード』で切りつけると、見事に命中しました。